百一話
「は……っ!」
「グァアァ!!」
フェイと黒い精霊。
狭い廊下で、既に五分以上対峙していた。
魔力の放出を持ち前の魔力制御で極力抑え、無駄な消費を抑える。
そうして、フェイは息を荒げながら接近しては相手の攻撃を回避し、接近してはを繰り返す。
だが、そうして攻撃の機会を窺えども、黒い精霊は一向に隙を見せてはくれない。
ちらりと、フェイは後ろを窺う。
もうすでに結構な時間が経っているのにもかかわらず、エリスは一向に戻ってこない。
(もしかして、向こうでも何か起きているのか……?)
そんな嫌な可能性が浮かび上がり、後ろを何度も見てしまう。
そんな注意散漫なフェイに攻撃が当たらないわけがなかった。
「がはっ!」
鞭が腹部に完全に入り、その反動でフェイは地面を跳ね転がる。
痛みに耐えながら、フェイはすぐさま立ち上がり、炎の壁を展開して黒い精霊の放った黒い矢のような攻撃を防ぐ。
「くそっ、お前に構っている時間はないんだ!」
人目がない今なら大丈夫だろう。
何より、エリスたちが気がかりだ。
「速攻で決めさせてもらう……」
今まで抑えていた魔力を一気に解放する。
そして紡ぐ。
『――我は汝と契約せし者 汝の力全ての行使を認められ、委ねられし者』
フェイが詠唱の一節を紡いだ瞬間、黒い精霊が目の色を変えて、先ほどまでとは比較にならない量の攻撃を放ってくる。
それを炎の壁を何重にも展開することで防ぎながら、フェイは続ける。
「ぐっ……、『我は傲慢にして不遜 その力を以て、我に降りかかるあらゆる厄災を祓う者なり!』」
建造物の狭い廊下の中で、フェイの魔力が黒い靄を吹き飛ばすように、吹き荒れる。
『我は水の執行者 与えられるは氷雪の剣』
『触れる者全ては氷へと転じ、あらゆる氷を統べる帝剣よ 今此処に、我はそれを求めん!!』
詠唱を終える。
フェイの目の前の空間が裂け、氷のかけらが溢れ出る。
そこにフェイは、迷うことなく右腕を突っ込み、その剣の名を呼ぶ。
「【アイスソード】!」
透明で、青く、穢れなき一本の剣。
フェイはそれを力強く握ると、目の前の敵を、黒い精霊を睨む。
そして息を吸い込み、吐きだすと、フェイは炎の壁を解除して、突っ込む。
「……!」
フェイの左太ももに攻撃が当たり、ズボンが裂ける。
それに構わず、フェイは一気に魔力を身体強化に注ぎ込み、さらに加速する。
鞭を躱し、放たれた攻撃を斬る。
そうしているうちに、間合いに入った。
「ハァァアァァ!!」
フェイは地面を蹴って高く跳躍すると、天井すれすれの位置から振り下ろした。
振り向きながら、黒い精霊を見る。
一刀両断。
右半身と左半身がわかれる。
その傷を塞ごうと、黒い靄が集う。
だが、氷帝剣はそれを許さない。
氷帝剣が斬った場所が凍り始め、やがてそれは黒い精霊の全てを凍てつかせる。
そうして、黒い精霊だった氷はそのまま粉々に崩れ去った。
それを見送ると、フェイはすぐさまエリスの向かった奥へと走り出した。
◆ ◆
「エリスさん、避けてください!」
レイラの叫び声に反応してエリスは後ろへ跳ぶ。
そこに、レイラは風の矢を放つ。
「グガァッ!」
エリスを踏みつぶそうとした巨人の足に当たる。
が、それは見て取れるダメージは与えられていない。
「やはり、魔法は通じないようですね……」
レイラが悔しげに呟く。
既に、今いる部屋のいたるところが窪み、へこんでいる。
ガラス管は割れ、中で死んでいた精霊は空気に触れたせいかは定かではないが、砂のようになっていた。
「グアァ!」
叫び声とともに巨人がグレンに殴りかかる。
それに水の壁を展開することで応じるが、布きれ同然のように突破され、殴られたグレンは壁まで飛ばされ、全身を打ち付けた。
「かはっ!」
グレンは血を吐きながらそのまま地面に倒れる。
「……ッ! 【ウォーターランス】!! セシリアさん!」
「分かっています!」
水の槍を数にして十五本。空中に現出させながらレイラはセシリアに指示する。
そのままレイラは水の槍を巨人に向けて放ちながら、セシリアをグレンの救出に向かわせた。
パラパラと、攻防を続けていくなかで、天井にもダメージがいったのか。建物の建材が欠片となって、時には巨大な瓦礫となって落ちてくる。
「このままだとまずいですね。ここは海の中。建物が壊れては戦えない……」
いつの間にか結界を発動させていたアルナ鉱石も壊れたのか、建物の隙間から水が入ってきている。
「うぁぁああぁぁ!!」
ブラムが狙いも定めず、乱暴にただただ火の玉を放ち続ける。
魔力を無駄に失う、愚かな行動だ。
そんなブラムに、巨人が狙いを定める。
「ヒッ……!」
逃げ腰のブラムは巨人の視線が自分を向いたのを見て、すぐさまエリスを探す。
そしてそのままエリスの所へと走り出した。
「エリス、防御だ!」
「え……?」
「早くしろ!」
「……っ、【ウォーターウォール】!!」
自分の後ろに隠れたブラムの指示通りに、エリスは水の壁を展開する。
だが、巨人の攻撃を防げるものでないことはエリスが一番分かっていた。
振り下ろされる拳。
反射的に目を閉じる。
その瞬間、唐突に爆発音が響き渡り、一向に自分に衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、そこには息を荒げながら魔法を放つフェイがいた。