百話
「【エンチャントボディ】」
小さな声で呟く。
白い魔力がフェイの全身から溢れ出る。
黒い精霊と、丁度対極。
「ふっ――!」
地面を蹴って、黒い精霊の懐に飛び込む。
距離を取って魔法を放っても、魔力が減るばかりだとフェイは直感した。
だから、肉弾戦をとるしかない。
「ハァ!!」
身体強化された蹴りが精霊に直撃しようかと言うところで、形の掴めないそれは縄のようなものを放ってきた。
「――っ」
びゅんびゅんと、回避しながらフェイの耳朶を風切り音が打つ。
「いっつぅ」
最初は拘束の為かと思ったが、その縄が頬を掠め、血がにじみ出る。
鞭のように、奴はそれを攻撃に使ってきた。
「はぁ、はぁ……くっ、【エンチャントボディ】」
再度、【エンチャントボディ】をかける。
(この靄は、【エンチャントボディ】に使っている魔力すらも奪い取っていくのか)
纏う魔力も徐々に、いつもとは比にならない速度で減少していく。
とはいえ、【エンチャントボディ】がなければ相手の攻撃を避けらえない。
「ウグゥ……ウググアァァア!!」
精霊が雄たけびを上げる。
「苦しんでいる……?」
頭を抱えている、ように見える。
闇に覆われし精霊。
その姿形も、この空間では完全に見えない。
だがそれでも、立ちはだかるというのなら倒すほかない。
(氷帝剣なら、斬れる……)
でもと。
他人の目がある以上、使う訳には。
逡巡するフェイに、黒い精霊は鞭のような攻撃を再度放ってきた。
フェイはそれを回避しながら、攻め手を決めあぐねていた。
◆ ◆
「はぁ、はぁ……お姉さま!」
「エリス!? どうしたの!」
息を荒げて、エリスはレイラたちの所に辿り着いたところで両ひざに手を置く。
そして息が整わないうちに、エリスは事情を説明する。
「……! 会長!」
「ええ、すぐさまフェイ君のところに向かいましょう」
エリスの説明を受けて、レイラたちは血相を変える。
丁度部屋を出て、この建造物から撤退しようとしていたところだったので、誰も異論をはさむ者はいない。
ただ一人、ブラムは僅かに表情を歪ませていたが。
そうして、部屋の出口に辿り着いたところで、唐突にレイラたちの耳に鎖の音が入って来た。
「……? この音は?」
眉を顰めながら、レイラはグレンたちに確認する。
「鎖、の音ですね。奥の方から聞こえてきます」
グレンが眼鏡を上げながら、部屋の奥を睨む。
ジャラン、ジャランと、その音は確かに近づいてくる。
身構える一同。
そして唐突に、それは現れた。
「ウガガァァアァア!!!!」
「!! 散開!」
何かが出口にいる自分たちに飛びかかってきた。
それを視認した瞬間に、レイラたちは【エンチャントボディ】を発動しながら散らばる。
脅威を回避したと同時に、今さっき自分たちがいた出口付近へと自然に視線を向けた。
「これは……!」
自分たちが立っていた地面は抉れ、ひしゃげ、穴が出来ている。
そしてそこに立っているのは……
「何だ、何なんだ、あれは!」
ブラムが震えた声で叫ぶ。
巨人。鎖を全身に纏い、紅の双眼に、黒い肌。
三メートルを超える巨体がそこにはあった。
「あれは、精霊……なのですか?」
レイラが、冷や汗を浮かべながら巨人を見て呟く。
あの巨人もまた、ガラス管に入っていたのと同様に精霊だ。
だが、やはり自分たちが契約している精霊とは決定的に何かが違う。
街で出会った黒い精霊とも違う。
あれは、もっと異質で、強大な何か。
「……!」
振り返った巨人は、その紅い瞳でレイラ、ブラム、エリス、セシリア、グレンを見る。
そして次の瞬間――
「グルァァアァ!!」
跳躍し、その勢いをそのままにレイラに向かって拳を振り下ろした。
「くっ!」
魔法では防げないと判断したレイラは転がるようにして避ける。
そして起き上がると同時に跳躍し、距離を取る。
「皆さん、精霊を……!?」
言いながら、レイラ自身も精霊を顕現しようとしたところで、息をのむ。
精霊が、顕現することを拒否したのだ。
その瞬間に、レイラは他の者に視線を移す。
その視線を受けてグレンたちは頷く。
つまりは、精霊を顕現できないということ。
レイラは唇を噛みながら、巨人を見る。
「皆さんは先にこの場から離脱してください」
「!? 会長、それは……」
囮宣言を受けて、セシリアが目を見開く。
「早くしてください。あの巨人はどうやらまだ完全に力を制御できている感じはしません。今のうちに撤退を」
「しかし……!」
「ウグググァァア!」
「「!?」」
巨人が出口の方へと跳躍する。
退路を、絶った。
「どうやら、あの巨人は誰も逃がさないつもりみたいですね……」
セシリアの頷きに、レイラを含む全員が表情を歪める。
「と、とにかく、精霊魔法が使えない以上魔法で応戦するしかありません。何とか隙を作って、逃げましょう!」
その一声で、各自魔力を放出し、魔法を放つ。
今まで精霊魔法に頼り続けてきた彼らが、果たしてどこまで食らいつけるか。
魔力がごっそりと減っていく中で、四人は一斉に攻勢に出た。