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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
三章 縋りついたその先に
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九十九話

「あそこは……?」


 先頭を進んでいたレイラが疑問を含んだ声色で声を漏らした。

 地下に入ってから一層警戒をしていた一同は彼女のその声で身を固くしつつ、レイラの後ろから前を覗き見た。


「明かりが漏れていますね。もしかしたら、あそこに誰かいるのかもいれません」


 フェイの冷静な声にレイラは頷く。


「我々の任務はあくまで調査です。もし何かと遭遇しても戦う必要はありません。ただちにこの場を離脱してください」


 恐らくあの先にこの建造物に来た理由があると、そう確信したレイラは念のためと再確認の意味を込めてそう口にした。

 それにフェイたちは頷きながら、後方の安全を確認し、魔力を徐々に、薄らと放出させる。

 いつでも瞬時に戦闘態勢に入れるようにだ。

 やはりこの辺りはアルマンド王国の精霊学校の生徒会、そして公爵家の跡取りたち。

 そこらの術師とはその実力は群を抜いている。


「フェイ君とエリスさんは後方の安全確保のため、ここに残っていてください。グレン君たちは私の後に続いて。いつでも魔法を行使できるようにしておいてください」


 一同はレイラの指示に頷く。

 フェイとエリスは、何かあの先で異変が起き、撤退を余儀なくされた時のために逃げ道を確保しておくことだ。


 フェイはエリスに目配せし、その場で立ち止まり後ろを振り返る。

 そんな二人を見ながら、レイラたちはその先に進んだ。


 ◆ ◆


「こ、これは……」


 明かりが灯された部屋に入った途端、レイラたちは一様に驚きと、そして困惑の声を上げた。

 緑色の光が溢れた一室。

 そこには、ガラスの筒が数十本置かれている。

 その中には……


「これは、精霊?」


 正確には、精霊だったものがそこに閉じ込められていた。

 干からび、黒ずんだかつての精霊。

 広い部屋に所狭しと置かれているガラス管の中全てに低級が主とは言え精霊が封じ込められ、そして死に絶えていた。

 それも辛うじてこの中にいるのが精霊だったと分かったのは、自身の契約精霊、死んでいる同胞たちを見て反応し、それが契約者たるレイラたちに伝わったからだ。


 精霊が閉じ込められて殺されている光景。

 今まで目の当たりにしたことのないそれが広がっていた。


 精霊は、契約者のいる場合は死にかけると魔力のような粒子となって契約者の中に戻り、そして万が一契約者が死ぬとその精霊も死ぬ。つまりは消える。

 契約者のいない精霊も、外敵によって殺されたときは光となって自然に還る。

 だから、このように形をとどめたまま死んでいる精霊を見ることはあり得ない。

 それはつまり、この部屋で残虐かつ非道な何かが行われていたということだ。


 黒い精霊。

 街でレイラたちが出会った精霊。今回ここへ調査に来た理由。

 干からびてはいるものの、黒く姿を変えてこの場に死に絶えている精霊たち。

 そして黒い靄。

 全てが繋がった。

 ここで何かしらの実験が行われ、そして精霊を強化、あるいは暴走させる何かの成果を何者かが得た。

 この結論に辿り着いた瞬間、レイラは指示する。


「撤退を。この場にこのままいるのは危険です。すぐさま地上に戻り、学園長と共に結界を張りましょう」

「はい!」


 それを受けて、ブラムはすぐさま逃げの体勢を取る。

 彼とて分かったのだ。

 この場にとどまっていると、きっとよからぬことが起こると。


 部屋の真ん中から、出口へ向かおうとしたちょうどその頃、部屋の最奥。レイラたちが見ていないところに一体の異形な姿の精霊が鎖に封じられていた。

 その黒き精霊は、その瞳に紅い光を宿し、静かに活動を始めた。


 ◆ ◆


 レイラたちと別れた直後。

 フェイとエリスは無言で黒い靄が漂う長い廊下のような場所に立っていた。

 エリスはちらり、またちらりとフェイを見てはぎゅっと胸の前で両手を握る。

 フェイはと言えば、真っ直ぐ鋭利な眼差しを先へと向けていた。


「あの、フェイお兄様……」

「どうかしましたか? エリスさん」


 沈黙が耐えられなくなり、口を開いただけのエリスにその先の言葉はなかった。

 ただ、フェイの口調に俯きながら、それでも話題をと頭をフル回転させて、続く言葉を口にする。


「えっと、レイラさんたち、大丈夫でしょうか」

「大丈夫でしょう。あそこにいる四人全員が精霊術師。それも、七公家の血縁ですから」


 言われてみればそうだ。

 レイラはマレット家の。ブラムとセシリアはボネット家の。グレンはマーソン家の。

 いずれアルマンド王国を背負っていく七公家の跡取りたち。

 そうそうたる顔ぶれであった。


「それよりも、問題はむしろ僕たちにあると思いますよ」

「え……?」


 不穏なことを口走りながら、見る者の目を奪う高純度の魔力を放出するフェイ。

 黒い靄の渦巻く空間に白が現れる。

 そんなフェイの動きを見てエリスは思わず困惑する。


「先ほどから、あの先で何かが蠢いています。エリスさんも注意してください」

「え……?」

「――ッ、【ファイアーウォール】!!」


 エリスがフェイの注意を聞き、魔力を放出するよりも先に、黒い靄に紛れて黒い何かが飛んできた。

 フェイはそれを炎の壁を展開して防ぐ。

 突然の攻撃に思わずへたり込むエリスを横目に、フェイは目を細めた。


(おかしい。魔力の消費がいつもの数倍激しい……。っ、この靄が原因なのか?)


 中級魔法を行使しただけで、ごっそりと魔力を失う感覚をフェイは抱いた。


「エリスさん、今すぐ精霊を顕現させてください。あいつは先日の黒い精霊と同じ、危ない感じがします。最初から全力で行かないと死にますよ!」

「は、はい!」


 フェイの叱咤を受けてエリスはびくりと立ち上がり、そして精霊を顕現させようと詠唱を始めたところで、え……? っと困惑の声を上げて。


「どうかしましたか?」


 それを訝しみながらフェイはエリスに聞く。


「せ、精霊が、精霊が私の中から出ようとしてくれないんです……」

「!? それは、どういう――」


 詳しい事情を聞こうとしたところで、再び攻撃が放たれる。

 エリスを守るように先ほど同様に炎の壁を前方に展開しながら、エリスに再度聞く。


「どういうことですか」

「それが、精霊が怯えているんです……」

「怯える?」

「はい。あそこにいる敵と言うよりも、この先にあるもの。いえ、この空間自体に……」

「…………」


 この空間。他とは違ってこの空間にだけあるもの。

 それは黒い靄だ。


(この靄は、魔力を奪うばかりか精霊の顕現を阻害してくるのか? いや、あそこにいる精霊は大丈夫だ。……、もしかしたら、この靄に触れると精霊はあの黒い精霊になってしまうのか!?)


 街で暴れた精霊は倒れると同時に、その身から黒い靄が溢れ出た。

 フェイのこの仮定は否定しきれない。


「っ……、エリスさん、今すぐ会長の元に向かって事態の報告をしてきてください」

「え、でもお兄様は……」

「あいつ一体くらい、僕一人で何とかできます。それより、はやく!」

「で、でも……」

「エリス、早く行け!」

「は、はい!」


 びくっと肩を震わし、フェイの後ろ、レイラのいる方へとエリスが駆けだしたところで、フェイは先程から静かにこちらを見る黒い精霊へと視線を向ける。


「街で襲ってきた精霊には、僕の魔法は一切通じなかった。【エレメンタルコントロール】で何とか事なきを得たけど、あの精霊には契約者がいない。つまり、今回もあの時と同じようにはいかない、か」


 フェイの前に佇む精霊は、周りの靄から力を得ている。

 契約者のいない以上、【エレメンタルコントロール】は使えない。


(全く、どうして僕はこんなことを)


 この場でまた盛り返すわけではないが、自分はエリスが嫌いなはずだ。

 だというのに、なぜ自分は彼女を生かそうとしたのか。


「僕は、僕自身の行動が全く分からない……」


 苛々と、吐き捨てるように呟きながら、フェイはさらに魔力を解放し、黒い精霊と対峙した。

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