九十六話
合宿三日目も二日目と同様のトレーニングを行い、そして四日目に突入した。
五日目は自由時間なので、実質鍛錬を行うのは今日で最終日となる。
レティスはまだ魔法を行使し始めて二日しか経っていないというのに、初級魔法を使えるまでに成長していた。
その成長の速さにフェイは驚きながらも、己の責任の大きさを痛感していた。
レティスは、正しく魔法を教えればきっと国でもトップレベルの術師になるだろう。
そして現状彼女の師である自分は、彼女の才を潰さないように気を配らなければならない。
そう気負えば気負うほどに、フェイは周りに気を配る余裕がなくなる。
レティスとのトレーニングばかりに目を止めてしまう。
勿論、二日目の夜。浴場でのゲイソンの言葉を忘れたわけではなく、極力ゲイソンたちとも関わろうとしている。
とはいえ、ゲイソンの言いたかったことはそういうことではないのだが。
と、そんなこんなで四日目も午後のトレーニングにさしかかっていた。
◆ ◆
「では殿下、昨日の復習を」
「ええ。えーっと、【ファイアーボール】!」
魔力がレティスの体内を駆け巡り、突き出された手の先に集中していく。
そしてそこから放出された魔力が空気中に出ると同時に、すぐさま火へと転じていく。
すぐにそれは球状になり、空気中に浮いた。
「いいですね」
「でしょ!」
フェイの言葉でレティスはぱっと笑顔を浮かべて、それと同時に空中に浮遊していた火の玉は消滅した。
「フェイ、次は中級魔法を教えて!」
「え、中級魔法ですか……?」
「そう! 初級魔法も使えるようになったんだから、いいでしょ?」
「あー……」
どこか気まずそうにフェイはレティスから目を逸らした。
確かに、たったの二日で下級魔法を習得したのは凄い。
凄いのだが……
「中級魔法は、ひとまず今日はまだお教えできません」
「えー、何でよ!」
「いや、何でと言われましても……」
正直言いにくい。
だが、レティスに誤魔化しても意味はないだろう。
ごくりと唾を飲みこんでから、フェイは正直に言う事にした。
「えっと、確かに初級魔法自体は使えていますが、魔力の練りがまだまだ甘いので、中級魔法をお教えする前に、もう少し魔力操作を身に着けてからにしないと。確かに【エンチャントボディ】も最初の一回目で使えていましたが、あれは魔力を多く内包しているからであって、まだ完全に魔力を制御できているわけではありません。無駄が多いです」
「…………」
レティスは黙したまま耳を傾ける。
「ですので、ひとまず今日はもう少し魔力制御を身に着けてもらおうかと」
「魔力の練り?」
「そうですね……【クレイシールド】。あそこに【ファイアーボール】をぶつけてみてください」
「え、いいの?」
「大丈夫ですよ。あれは僕の魔法なので壊れても問題ありません」
そもそも、この部屋の素材は魔法耐性があるので多少のことでは壊れませんがと付け加える。
レティスはフェイの創った土の壁に右手をかざす。
そして――
「――【ファイアーボール】!!」
一個の火の玉が放たれる。
それは五メートルほどしか離れていない土の壁に直撃し、そしてなんの衝撃もなしに霧散した。
「あれ、思ったよりこう何というか、爆発的なのはないのね」
「それは、殿下の魔力の練りが甘く、魔法に込められた魔力量が少ないからですよ」
そう口にしながら、フェイは右手をかざす。
そしてゆっくりと魔力を放出し、凝縮し、圧縮し、炎の玉と創り出す。
そこに込められた魔力の量は誰の目から見ても歴然で、フェイの言わんとしていることがレティスはこの時察した。
「【ファイアーボール】!」
名唱とともに放たれる。
そして土の壁に直撃すると同時に、爆発音が轟きながら、土の壁が削れた。
「――こんな感じで、込められた魔力の量によってその魔法の威力も変わってきます。なので、殿下も取りあえず今日は初級魔法をさらに極めてもらいたいと」
「す、すごいわフェイ!」
「……へ?」
「分かったわ! 中級魔法はまた今度教えてね!」
「は、はあ……、分かっていただけたのなら何よりです」
キラキラと目を輝かせるレティスの態度に、フェイは思わず照れ、彼女から目を逸らしながらそう答えた。
「それで、どうすればいいの?」
「えーっと、基本的に【ファイアーボール】を使う実戦は速さが命なので今日お教えすることはそういう意味ではあまりためになりませんが、ひとまず殿下には魔力を凝縮して魔法を行使することを掴んでいただきたいので……そう、魔力をまずは少しずつ放出してください」
「こう……?」
レティスの手先から白よりの、灰色の魔力が放出されていく。
そしてそれはレティスの手先にどんどん溜まっていく。
「そうです。それがもう少し溜まったら、点にするようなイメージで、凝縮してください」
「点……」
フェイの言葉を反芻しながらレティスは魔力をぎゅぎゅっと集めていく。
凝縮しては放出し、凝縮しては放出しを繰り返し、ようやく凝縮しきれなくなったところで、レティスはそれを火の玉へと変換する。
「【ファイアーボール】!!」
「……!」
火の玉が直撃したところが、崩れ落ちる。
「はは……っ」
フェイは思わず乾いた笑みを漏らした。
まだ三日目だ。三日目でこれほどの威力。
「やっぱり、殿下は天才ですよ……」
「そんなことないわよ。フェイの教え方がいいのよ」
「ありがとうございます……」
引き攣った笑みを浮かべて、フェイはそう返す。
「でも、まだまだなんでしょ?」
「え?」
「だから、フェイを超えるには、私はまだまだなんでしょ?」
「いや、そんなことは……」
「別に気を使わなくていいわ。さすがに私だって分かるわよ」
レティスの言葉にフェイは困惑する。
彼女は何を求めているのか。
何のために魔法を習うのかが、分からないからだ。
「ん?」
「……いえ、何でもないです。次は、今の要領で魔力の放出を抑えつつ【エンチャントボディ】を行使してみましょう」
ふっと微笑み、フェイは次なる指示を口にした。
彼女が魔法を習う理由など、どうでもいいのだ。
自分だって、何のために術師になったのかなんてことを聞かれても、答えられるかどうか自信はないのだから。