九十二話
合宿を直前に控え、生徒会のメンバーと学園長であるジェシカ=フリエルたちは王城にいた。
精霊学校に所属する生徒たちが大人数で移動する際、国に報告する必要がある。
過去、他国で精霊学校の生徒が反乱を起こしたことがあり、以来慣習になっているのだ。
とは言え今回の事をいえば国王であるアルフレドから調査依頼を、そしてそれを誤魔化すために合宿を行うように言ったわけでする必要がないといえばそうなのだが、これも他国を警戒してのことだ。
そして今、彼らはアルフレドの前で跪いている。
「マレット領東部への移動を許可する」
アルフレドの言葉でジェシカは軽く頭を下げた。
「それと、調査についてだが……」
「なるべく迅速に行います。早朝、まだ陽の昇っていない時間に遺跡に向かい、魔法と精霊魔法にて結界を破壊、潜入します。もし万が一、危険なものを発見した際は……」
「うむ。結界を張り直し、すぐさま撤退せよ。ことによっては軍を動かすのも致し方ない」
ジェシカとアルフレドの会話をフェイたちは頭を下げたまま聞いていた。
危険なもの。
フェイの脳裏に先日の暴走した精霊がよぎる。
あれに近しいものが遺跡内部にあったなら、間違いなく危険だ。
「そなたたちに、わしからこれを授けよう」
アルフレドの傍らに控えていた大臣が、黒い箱をジェシカに手渡した。
「これは……?」
「王城に仕える宮廷術師の魔力をこめたアルナ鉱石だ。結界を張るときに力になってくれるだろう」
箱の中には、透明な鉱石――アルナ鉱石が十数個入っていた。
しかもその中に込められているのはアルマンド王国でも選りすぐりの術師、宮廷術師の魔力だ。
「あ、ありがとうございます……」
頭を下げるジェシカ。
この場での話は、それで終わった。
◆ ◆
「はぁ~、疲れたぁ……」
アルフレドの前から下がり、手配された部屋に戻ったフェイたち。
その中で、特に貴族ではない者たちからは緊張から解放された衝動で、弛緩した声を漏らす。
とりわけグラエムやセリアがそうだ。
「結局、俺たちがいる必要なかったんじゃねえのか?」
そのまま、グラエムはそんなことを言った。
「精霊学校の生徒が集団で移動するときには、学園長と生徒会の全員が国王の前でそれを報告するのが慣習なんだからしかたがないでしょ?」
彼の幼馴染であるセリアが呆れ交じりに返す。
「でもよ、俺たちは補佐会なんだぜ?」
「あーもう、ぐだぐだうるさい! 王城に来るなんて滅多に味わえない貴重な経験よ? 男なら少しはしゃきっとしなさいよ」
そんな二人の会話にフェイが耳を傾けていると、唐突に扉が開かれた。
「フェイ様。レティス殿下がお呼びです」
「へ? 僕……?」
侍女の言葉にフェイは思わず驚きの声を上げる。
そして、自分を見てくるグラエムやジェシカ、レイラやエリスたちの視線に居心地の悪さを覚えながら、フェイは侍女の指示に従い部屋を後にした。
「それでレティス殿下、何かご用でしょうか」
レティスの部屋に来るまでの道中でずっと考えていたが結局何も思いつかなかった。
先日、マレット家を訪れた後に会った時、最後に不機嫌になっていたが今は大丈夫らしい。
特にこれといって何か怒っているようには見えない。
「フェイは今日、合宿を行うことの報告に来たんでしょ?」
「ええ、そうですけど……」
頻繁に顔を出しているせいか、その都度何のために来ていたのかを忘れてしまいそうになる。
「会長の、レイラさんの領地の東部で行います。海沿いで行うとか」
「マレット領!? 海!?」
途端にフェイにかみついた。
「他に誰が行くのっ!」
「え、えーっと、生徒会と、あとはクラスメートたちです。と言っても暗黒大陸に近いので校内で行く人は僅かですが」
「クラスメート……、もしかして女の子もいるの?」
「それはもちろん」
フェイが即答すると、レティスはむっとする。
「フェイ……」
俯きながら、レティスは口を開く。
「フェイ、私もその合宿に行くわ」
「……、いや、でもそれはまずいかと」
「私に魔法を教えてくれる約束をしたでしょ! 合宿ならより効率よく出来る!」
「いや、だからって……」
一国の王女が生徒に混じって合宿に参加はまずいだろうとフェイは冷や汗をかく。
万が一のことがあったら。
いくら約束したかと言って、駆け出しの一貴族が頷けるわけがない。
(でも、殿下は時々変に強情なところがあるからなぁ)
どう説得しようかと思案し出すフェイ。
だが、それは不要だった。
「構いませんよ」
「……!?」
突然、ドアから声がして振り返ると、そこには学園長のジェシカがいた。
「え、学園長!? か、構いませんって……」
何を簡単にと、異論を唱える。
「落ち着いてください。陛下からたびたび言われていたのです。レティス殿下の魔法を鍛えてほしいと。でもそれを殿下が頷いてくれなかったのですが、今回合宿にいらっしゃるとあれば、陛下も喜んで首を縦に頷いてくださるでしょう」
「で、ですが……」
レティスがむっふんと両手を腰に当ててフェイに満足げな表情を見せる。
ジェシカが構わないといったのだ。
一生徒であるフェイが口を挟む道理はない。
結局、何があっても知らないですよとうな垂れるしかなかった。
この後、フェイは部屋に戻るとレティスとの関係について質問攻めにあうのだった。