恋人つなぎ
「まーくん」
解放感からざわつく放課後の教室の中、かわいらしい声がした。
俺にはのんちゃんが、俺に呼びかけている事くらい分かるが、石橋を除く、教室の中のみんなには分かっちゃいない。
それだけに、興味津々で声のした方向に視線が集まった。
鞄を持って、嬉しそうな笑みを浮かべ、机の間を縫って歩いているのはのんちゃん。
のんちゃんがどこに向かうのか、その視線の先はどこに向いているのか。クラスメートたちの興味が集まっている。
「おう。のんちゃん。今日は部活ないの?」
椅子から立ち上がり、机の上の鞄のチャックを閉じる。
「おぉー」
教室に歓声が起きた。
「お前ら、いつからそんな仲になったんだ?」
「お前ら、できちゃったの?」
「まあ、そう言う訳」
少し照れ臭そうに、頭をかきながら、のんちゃんのところに向かい始めた。
「何がまーくんに、のんちゃんよ」
ちょっと、とげとげしい声がすぐ近くから聞こえてきた。
声がした方向にふりむくと、玲奈が頬杖つきながら、不機嫌そうに口先を尖らせて、俺を見ていた。
目線が合った瞬間、玲奈は「ふん」と言って、顔をそらした。
玲奈は不機嫌さ全開みたいだ。
どうしてなんだよ?
俺は聞きたいところだ。
「どうしたの?」
玲奈に視線を向けている俺にのんちゃんが、怪訝な顔つきでたずねてきた。
「あ、いや。
帰ろっか」
俺の言葉に、のんちゃんが頷いた。
初めて、女の子との下校。
どきどきじゃないか。
それと、ちょっとした優越感。
二人並んで歩く廊下。
並ぶ二人の間に隙間はほとんどなく、時々制服の袖がすれ合う。
この距離でも楽しいが、本当はもっと引っ付きたいところだ。
腕組み。手をつなぐ。どれもいいじゃないか。
まあ、今はまだ学校の中だ。
先生に見つかると、何を言われるか分からない。
それは学校を出てからの楽しみにしておこう。
一人頷いて、先を目指す。
階段を下りて、下足箱。
一度俺たちは離れ離れになったあと、その先の校舎の玄関で一緒になる。
そこから、校庭、通学路。駅までの間、二人の時間。
何を話していいのか分からなくなって、沈黙が訪れる。
校舎の中にいた時よりも二人の距離は接近していて、時々ふれあう手。
どきっとするが、その手を取って、つなぎたい。
その衝動を抑えられずに、触れ合った瞬間。
俺はその手を掴んだ。
のんちゃんから、嫌がるような反応はなかった。
俺がぎゅっと力を込めてみる。
のんちゃんも、ぎゅっと掴み返してくる。
うれしいじゃないか。
ちらりと、横を向いてみた。
のんちゃんも俺に方にちらりと目を向けた。
にこりと微笑み合う二人。
サイコーじゃないか。マジで俺にも春が来た。
「あのさ、今度の日曜。どこか行かない?」
「うん」
俺の誘いに、嬉しそうな笑顔を返してきた。
俺は掴んでいた手を少し緩め、のんちゃんの手の中で、少し位置をスライドさせた。
のんちゃんの指の間に俺の指がある。
ここで、握りしめれば、のんちゃんの指を割って、俺の指が入る。
少しいやらしい気分だ。
力を込めてみる。
のんちゃんの指と指の間はあっさりと割れて、俺の指がその間に入った。
割って、開いてやった。
そんなちょっといやらしい気分を悟られていないか、ちょっと気になった。
もう一度、のんちゃんに視線を向けた。
のんちゃんも、俺を見て照れ気味に微笑んだ。
恋人つなぎ。
その呼び名が醸し出す雰囲気に、のんちゃんはうれしいのかもしれない。
でも、俺はその裏にちょっといやらしいイメージを抱いているが、のんちゃんはそんな事は考えてもいないのだろう。