初めて告られた!
しばらくの沈黙。
心臓の音なのか、この部屋の掛け時計の秒針が刻む振動なのか分からないが、そんな脈打つ感覚だけが、俺の脳を刺激する。
まだかよ? 石橋が戻って来ない。
「あのさ」
藤田の声がした。
沈黙。
そんな空気を打ち破ってくれた。
俺は救われた気分で、藤田に視線を向けた。
「あのさ、秋本って、休みの日は何してるの?」
「えっ? 休みの日? ギターの練習かな」
ギターの練習をしていると言うほど、一日の大半を費やしている訳ではないが、練習しているのも事実だ。
まだ弾き始めたばかりで、人様に聞かせられるものではない。とは言え、そう言った方が、ちよっとかっこいい気がした。
「えーっ、かっこいい」
両方の手のひらを顎近くで合わせた藤田の大きな瞳が、さらに大きく広がった。
そう言ってもらおうとした訳ではあるが、こう期待通りの反応が返ってくると、ちょっと戸惑ってしまう。
「いや、まあ。それほどではないんだけど」
「聴かせてほしいなぁ」
「おう。今度またな」
変に期待させてしまった気がした。
だが、まあ、俺の部屋にでも来ない限り、そんな機会はあるまい。
今日、これから石橋と速弾きの練習を予定していたが、これはパスしなければならなさそうだ。藤田を前にギターの練習をしたら、俺のギターがまだまだのレベルだと言う事を露呈してしまうじゃないか。
「絶対だよ。約束だよ」
藤田が右手の小指を差し出してきた。すらりとした白く細い指。
女の子のかわいい手。それと直接の接触。ちょっとうれしい気分。
緊張しながら、俺は自分の小指を藤田の小指に絡み付けた。
「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本のーますぅ。指切った」
藤田のかわいい声。
かわいい笑顔。
エフ・ベックの曲は俺の耳から消え去っていた。
「あのさぁ」
藤田が言葉を続けた。
何? そんな表情で、俺が藤田に目を向ける。
俺から視線を外し、一度天井に目を向けてから、俺に視線を戻した。
「秋本って、好きな子とかいるんだよね?」
うっ! 俺の心の中が見透かされている?
いや、いるのが普通か。一瞬、動揺しかけた心を、そう思って落ち着かせることにした。
だが、どう答えるべきか?
藤田は一体どう言うつもりで、こんな事をきいて来たんだ?
もしかして、こ、こ、こ、これは告白?
俺は生唾を飲み込みながら、ベストな答えを考え始めた。
俺が好きなのは、玲奈。
あのタイムカプセルの中にあったラブレターで、玲奈と俺は両想いになれるのかと妄想を抱いたが、どうやら玲奈の気持ちは変わっていたようだ。
とすると、もう玲奈と両想いになる事はないだろう。
それに、ここで「いる」と答えても、何の得にもならない。
「いない」と嘘をついても、嘘だとばれる訳もない。
どちらをとる?
藤田に恋愛感情は抱いてはいなかったが、俺のストライクゾーンのど真ん中に近いのは確か。
もしも、これが藤田の告白だったとして、藤田と付き合う事になっても不服はない。
いや、玲奈がだめなら、こちらからお願いするのもありなくらいかも知れない。
俺の答えは決まった。
「いや、いないけど」
「本当にぃ?
よかったぁ」
藤田は満面の笑み。
やっぱ、俺の推測は当たっていた。とすると、今日のこれは、石橋が仕組んだ事なんだろう。
もしかすると、奴はしばらく戻って来ない気かも知れない。
「私、私ね」
藤田はそこまで言ってから、俯いて、膝のあたりで両手の指を意味不明に絡ませたり離したりしている。
もじもじ。って、これかぁ。かわいいじゃないか。と思わずにいられない。
「何?」
分かっているのに、その言葉を聞きたくて、藤田に催促する。
藤田が顔を上げて、俺を見つめた。
「あの、あの、あのね。私、私ね」
俺が優しい笑みを作って、頷いて見せる。
「秋本の事が好きなんだ」
勢いをつけて、早口で言った藤田。
俺は心の中で、ガッツポーズを作った。
生まれて初めて女の子の告られた。
それも、こんなかわいい子に。飛び上がりたいところだ。