俺の横に?
「待てよ。勘違いすんな」
ドアを閉じようとする俺の耳に、石橋の声が届いた。
石橋は慌てて俺のところに駆け寄ってきた。
「いや、しかし」
「しかしも何もない。それはお前の誤解だ。
さっさと入れ」
石橋が俺の腕をとって、部屋の中に引きずり込んだ。
「まあ、そこに二人座れや」
俺を石橋が自分のベッドの中ほどに座らせた。カーペットから藤田が立ち上がって、一人分のスペースを空けて、俺の横に座った。
女の子とは言え、藤田が座った振動が、ベッドのマットレスを通して俺の体をゆすった。
「あー、これはどう言う状況?」
藤田の方には視線を向けず、石橋にたずねた。
「ああ、藤田もエフ・ベック聞きたいって言うから来てるだけ。
変な勘繰りして、誤解すんなよ」
石橋がアルバムのジャケットから、レコードを取り出しながら言った。
その言葉は真実なのか?
俺には分からない。
そもそも、藤田はマジでエフ・ベックを聞きたいのか?
藤田との直接の付き合いは浅いので、俺には判断するだけの材料がない。
石橋がレコード盤の上に、針を落とした。
プツと言う音に続いて、レコード盤と針がこすれる音がスピーカーから聞こえてきた。
何度か石橋の家で、レコードを聞いているが、俺はこれがデジタルとの大きな差だと思っていた。
やっぱ、俺はデジタルの方が好きだ。そう言おうかと思って、石橋に目を向けると、部屋から出て行こうとしていた。
ドアのところで一度立ち止まり、石橋は振り返った
「何か持ってくっから、自由にしてて」
そう言い残して、部屋を出て行った。
残された部屋の中で、俺は藤田と二人。
部屋に流れるているのはムーディな音楽な訳がないエフ・ベック。
もっとも、恋人同士でもない二人にムーディな音楽なんて、そもそも不要な訳だが。
石橋はすぐに戻って来るんだろうな?
そもそも、藤田も呼んでおいて、出て行くとはどう言うことなんだ?
こんな時、俺は藤田にどう接すればいいんだ?
そんな事を考え始めたが、それは全く無用の事だった。
藤田には視線を向けず、石橋が出て行ったドアに視線を向け、時間を稼ごうとしていた俺のお尻は微妙な振動を感じた。
藤田がベッドのマットレスから、一度体を離したようだ。
二人っきりの状況に何か危機を感じ、俺から離れたのかと俺は思った。
確かに、藤田は魅力的だ。
だからと言って、俺が突然、この状況で押し倒すなんて事をするわけがない。
ちょっと、むっとした気分で、藤田がどこに移るつもりなのかを確認しようと、顔を横に向けようとした時、俺のお尻は新たな振動を感じた。
藤田はさっきよりも俺に近づいた位置に座りなおしていた。
なんで、近づいてきたんだ? いや、それは俺の思い過ごしか?
単に座りなおしたときに、場所がずれただけ?
その真意がわからぬまま、藤田に視線を向けた。
正面を向いたままの藤田の横顔。
まつ毛が長い。
二重のまぶたはくっきりしていて、瞳は大きい。
少し視線を下に向けると胸もやっぱでかい。
スカートの先にのぞく膝先は揃えられていて、そこから細い足が外に広がり足全体でX字を描いている。
いい感じだ。
見ている事を悟られまいと、視線を正面に向けようとした時、藤田が俺に振り向いた。
「いい曲だよね」
「あ、ああ。だな」
藤田はマジで、この手の音楽を聞くのか?
だからと言って、エフ・ベックに関しては詳しくはない俺は、この話題を引っ張っていくネタもない。俺の言葉はそこで終わってしまった。