中里のトラップで、悪夢の時間
次の日の朝。
俺は教室で、自分の席に座っていた。
見た感じ、教室に来ている生徒の数はまだ2/3程度だ。
玲奈はすでに来ていて、俺の横で机の上においた鞄の中から教科書やノートを取り出していた。
のんちゃんはいつもの事だが、まだ来ていない。
今までならこんな時、玲奈は何か話しかけてきたりしたものだが、ここのところ無視されている。
あの日、タイムカプセルから取り出したラブレターを見て、玲奈との間に春が来ると思い浮かれていた時が懐かしい。
「はぁぁ」
思わず、一人ため息をついてしまった。
「どうしたの?」なんて、声をかけてもくれない。
玲奈は俺のため息なんか、気にもしてくれず、机の上に置いていた鞄のチャックを閉じ、机の横にかけた。
そんな時、教室の前のドアからのんちゃんが入って来る姿が見えた。
今やすっかり、のんちゃんが俺の心の安らぎかも知れない。
俺の視線がのんちゃんの姿を追っていると、中里が立ち上がるのが目に入った。
中里は自分の席を離れて、歩き始めた。
自分の席に向かおうとしているのんちゃんと、ぎりぎりのところですれ違い、俺のところに向かってくる中里。
まあ、俺のところに来る理由は無い。
中里が向かう先は、玲奈のところだろうが、理由は何なんだ?
そう思って見ていると、中里の顔に不気味な笑みが浮かんだ。
視線は玲奈ではなく、俺に向けた状態で。
何か悪い事が起きる。そう思ったのと、中里が口を開いたのはほぼ同時だった。
「玲奈。そう言えば、昨日、秋本と一緒に帰ったらと言ってあげたのに、一緒に帰らないから、あの超美人の小嶋先輩と秋本、帰っちゃったじゃない。
腕まで組んで、でれでれと」
中里にロックオンしかけた視線。
今、中里を見ている場合じゃない。
慌てて、のんちゃんに視線を向けた。
のんちゃんは、驚いた顔つきで、後姿の中里を見つめている。
どうして、そんな事をここで言う必要があるんだ?
しかもだ。腕組んでいたなんて言う必要ないだろ。
それに、俺はでれでれではなく、困惑顔だったはずだ。
横にいる玲奈も目が点になっている。
「あ、秋本。あの後、小嶋先輩と二人で、どこか寄ったの?
駅に行く途中から、二人の姿見えなかったもんね。
羨ましいぞ!」
中里が俺が置かれている立場など関係ないかのように、ハイテンションで言った。
困惑顔ののんちゃんが、俺のところにやって来た。
「まーくん。今の話、どう言う事?」
いやあ。また、やきもち? うれしいじゃないか。なんて、余裕はない。
のんちゃんの表情は怒っていなさそうではあるが、気分的には親に怒られている子供の感じだ。
どう弁解するか?
「いやまあ。たまたま、偶然?」
意味不明の疑問形で終わらせてみる。
「何が?
意味分かんないよ」
のんちゃんは追及の手を緩めてくれそうにない。
こら、中里! 責任とれよ。と叫びたいところだが、そんな事言っても、何の解決にもならない。
それどころか、中里はすでに自分の席に座ろうとしているじゃないか。
あのタイミングと言い、これは完全に俺を陥れるトラップとしかいいようがない。
「帰り道、たまたま会ったから、一緒に帰ったって事なんでしょ」
玲奈がのんちゃんに冷たい視線を向けて言った。
のんちゃんはちらりと玲奈を見たかと思うと、突然、怒ったような表情をした。
「そんな分かった風な口、聞かないでくれる。
江崎さんは関係ないんだから」
そう玲奈に言ったかと思うと、すぐに俺に向き直った。
「他の女の子と一緒になんか帰らないでよ」
好きだからの独占欲?
うれしい気持ちが全くない訳じゃないが、ちょっと困惑してしまう。
これが、恋愛している者たちが味わう不自由ってやつか。なんて事を思って、恋をしているんだから仕方ないと自分を言い聞かせてみる。
「そ、そうだな。分かったよ」
のんちゃんはまだ不機嫌そうな顔。ちらりと玲奈に視線を向けると、横目で俺を見ていた視線を正面に戻して、これまた不機嫌そうな表情。全く、ついていない。そう思ってしまう。
「絶対だよ。今日は一緒に帰るんだからね」
「今日も、部活の日だろ?」
「行かない」
「そ、そ、そっかぁ。じゃあ、一緒に帰れるね。
うれしいなぁ。はははは」
最後の俺の笑いが少しぎこちなかった気がした。
朝から、それも授業はまだ受けてもいないと言うのに、俺の疲れはMaxだ。
一体全体、中里はどう言うつもりだったんだ?
昨日、小嶋さんと過ごした楽しいひと時。
あれが夢のようなひと時だったとすると、今のは悪夢の時間だった。
それも、長く感じられた。




