強引な誘い
次の日。俺の気分はそわそわだ。
学校の中で告る機会はそうない。
とは言え、教室の中で怜奈の席は今は偶然、俺の隣の席だ。
怜奈から告られるのは今か、今かと待ちながら、昼休みになってしまった。
怜奈は自分のお弁当を持って、立ち上がった。
俺の机のところに? なんて、期待をほんのわずかだけしてみたが、俺の横を通り過ぎ、教室の前近くにある怜奈の友達のところに向かって行った。
そこで普段通りの笑顔で、友達の中里未生とお弁当を広げ始めている。
俺への気持ちは変わってしまっていたのか?
確かに中学3年間、接点がめっきり薄らぎ、高校になって同じクラスになってからも、昔のようにしょっちゅう一緒にいると言うような関係には戻っていない。
暗い気分になりそうな俺の前に、石橋明輝が椅子を引きずってやって来た。
どかっと、自分のお弁当箱を俺の机の上に置く。
「何か暗くね?」
「そんな事ねぇよ」
力を込めて返すと、お弁当の卵焼きを箸でつかむ。
「今日さ。俺んち来いよ」
自分のお弁当を開きながら、石橋が言った。
はっきり言って、石橋の家は俺の家とは逆方向。喜んで行く場所じゃない。
「エフ・ベックのアナログ盤手に入れたんだぜ。レコード。
俺んち来て聞こうぜ」
返事を返さない俺に督促するかのように、話を続けた。
エフ・ベック。世界的なギタリスト。
石橋は中学の頃から、ギターをやっていて、その手の事に関しては詳しい。
俺もそんな石橋の影響で、小遣いをはたいてギターを手に入れはしたが、まだまだ弾けるとは言い難いレベルである。
エフ・ベックだって、石橋と知り合う前は、アニメの“映音部!”の中で、その名前を聞いたくらいしか知識は無かった。
エミー・ペイジ、エミー・ヘンドリックスと並んで名前が出てきた。もっとも、実在の人物とは思ってもいなかった。
「ダウンロードできるこの時代に、レコードかぁ?」
ちょっと白い目を向けつつ言ってみた。
「お前、分かってないなぁ。ああ言うデータは不可逆圧縮されててだなぁ。元には戻らないんだ。つまり、情報を元に戻した段階ですでに劣化してる訳。だからだなぁ」
しまった。と思ったが、もう遅い。石橋は音楽にはうるさい。しかも、うんちくが好きだ。とりあえず、聞いているふりだけをしておく。
「と言う訳だ」
「なるほど」
最後は納得したふりで終わらせる。
「で、今日はお前を俺んちに連れて帰るからな」
「何で、そこまで強引?」
石橋はにやりと笑った。何かある。そう感じずにいられない。
なんだ?
思い当たるようなものはない。
「今は言えないが、悪いようにはしない」
「なんだ、そりゃあ?」
何か詐欺にかかっている気になってしまう。
「速弾きの練習に付き合ってやっから」
石橋が俺の肩をぽんと叩いた。
速弾き。
この言葉の響きには弱い。
やっぱ、ギターの速弾きできるとかっこいいじゃねぇか。
女の子にも、かっこいいところを見せれるし。
そう思いつつ、もう一度、玲奈に目を向けてみた。
玲奈は同じ教室に俺がいると言うのに、俺の事などいないかのように、中里と楽しげにお弁当を食べている。
それはタイムカプセルから、あの手紙を取りだす前となんら変わっていない、ある意味普通の光景なのだが。
今の玲奈は俺に何の興味も無いのかも知れない。やはり、気が移ってしまっていると考えるべきだろう。
ちょっと、がっくし気分だ。なら、速弾きを俺はとる。
「マジだな?」
真剣な表情で、石橋を見た。
「ああ。
じゃあ、今日は俺んちで」
石橋が箸でタコさんウインナーをつかんだ。男子高校生がかよ?
と思わない訳でもないが、いつもの事なので何も言わずに、俺はお弁当箱の中のうさみみリンゴに箸を突き刺した。
って、俺もかわいいもの好き?