やって来た玲奈と中里
俺の部屋は石橋の部屋とそう変わりはない。
本棚と机にベッドがあるだけ。
それにエレキギター。
本物のペンダーのプトラトキャスターは高価過ぎて手が出ないので、プトラトのコピーモデルが、部屋の片隅のギタースタンドに立てかけている。
アンプは小さいが、一応サーシャルのアンプ。まあ、安いのだが。
一応、洋室風に使ってはいるが、畳敷きの和室だ。
畳の上に直接座るのは疲れるので、ベッドに石橋と並んで座って、玲奈と中里がやって来るのを待っている。
背後にはエフ・ベックの曲が流れている。石橋が言うところの音が劣化した圧縮されたデジタルデータだが。
石橋は持参してきた自分のギターで、曲に合わせて一人練習に励んでいる。
ギターの練習で気を紛らわせて、どきどき高鳴る胸を鎮めようとしているに違いない。
そんな時、階下でチャイムが鳴った。
俺の両親は共働きで、今はいない。俺はおもむろに立ち上がると、一人一階を目指した。
「はあい」
大きな声を階段の上から叫んで、どたどたと階段を駆け下りる。
玄関で靴なんか履くのは面倒だ。何も履かず、玄関のドアの前まで行き、かかっている鍵を開けて、ドアを開いた。
「こんにちはぁ」
玲奈がにこりとした笑顔で、ドアの前に立っていた。
その背後に立っている中里は真面目な顔のまま、ぺこりとお辞儀をした。
中里はここに来る事になった理由を聞かされていない。なんで、私がと思っているのかも、知れない。
「どうぞ。上がって、上がって」
にこやかな表情で、二人を誘う。
「お邪魔しまぁす」
二人が俺に続いて、家の中に上がった。
「ギター聞かせてくれるって?
どんな曲なの?」
「石橋の速弾き。なにしろ、あのエフ・ベックの曲だぜ」
「エフ・ベック?」
「知らんか? まあ、そうかもな」
俺だって、ちょろっと知っている程度だしな。
二階にたどり着いた俺は、自分の部屋に目を向けた。
どうやら、俺は慌てて自分の部屋を飛び出してしまったらしい。部屋のドアが開いたままだ。
開いているドアを全開して、二人を先に部屋に入れた。
「や、や、やあ」
そのぎこちない言葉から、石橋の緊張が伝わってくる。
「石橋、速弾き、聞かせてくれるんだって?」
玲奈が明るく言った。
「お、お、おうよ。
俺、速弾き得意なんだ」
「早速、弾いてみてくれよ」
まずはかっこいいところを見せてくれ! そんな思いで、俺が石橋に督促しながら、部屋のドアを閉じた。
石橋がストラップを肩からかけて、立ち上がった。
オリンピックホワイトのボディに、濃い茶色のローズウッド指板。
プトラトは3カラーサンバーストだろと思っている俺だが、意外とこれもかっこいい。
石橋がギターのアウトプット・ジャックにアンプにつながったシールドケーブルをつないで、アンプのスイッチを入れた。
アンプのスピーカーから、ノイズが漏れてくる。
石橋が深呼吸しながら、左手で指板を、右手でピックを持って、構えた。
ノイズが消えて、静かになった。
「じゃあ、聞いてくれ」
そう言って、石橋はギターを弾き始めた。
アンプのスピーカーから、歪んだエレキギターの音が流れ出す。
ハンマリング・オン、プリング・オフを組み合わせた16ビートが、こぎみのいいリズムを刻む。
玲奈の体もリズムを刻みながら、揺れ始めた。
なんだか、その瞳が輝いている気さえしてくる。
やっぱ、ギターうまくなるとモテるだろうな。と思いながら、まだまだうまくない俺は、ちょっと残念な気分だ。
今日のもう一人の主役が中里だと言う事を思いだして、中里に目を向けた。
玲奈に比べればノリが悪い気もするが、とりあえず体は揺れている。
一曲弾き終った。
俺が拍手をすると、玲奈たちもつられて拍手をし始めた。
3人の拍手ではささやかだが、石橋にとっては中里の拍手さえあれば、千人、万人の拍手にも勝るかも知れない。
「どうだった?」
「すごく上手だったわ。
ねぇ?」
玲奈がそう言って、中里に目を向けた。
「そうね。上手だったわ」
感激度が玲奈より、低い気がする。後は、石橋自身に頑張ってもらおう。それしかない。
「玲奈、おやつ、買いだしに行きたいんだけど、一緒に付き合ってよ」
俺はそう言って、立ち上がると、ドアの前に立った。
「あ、うん」
怜奈も立ち上がって、俺のところまで来た。
「じゃあ」
その言葉を残して、俺と玲奈は部屋を出た。
石橋の顔には緊張感が、中里の顔には怪訝な表情が浮かんでいた。
そんな事、気にしてられない。
二人は俺の部屋のドアを閉じると、階段を下りて、玄関を目指した。




