戸惑いの中に消えたキスのチャンス
玲奈の事はわだかまりを抱いたままだったが、今、俺は春である。
のんちゃんと言う彼女がいる。
約束通り、日曜の今日は初デート。
女の子とのデートは初めてだ。
昨日の晩から、俺は必死でスケジュールを考えてきた。
まずは無難な線で映画。
その後、食事をして、ぶらぶらは街を歩いた後、ケーキでお茶。
うまくいけば、帰りは送って行って、キス。
いきなり、押し倒す事を想定する訳にはいかんだろうからな。
初デートとしては、こんなもんだろう。
行動面はこれでいけるとして、問題は話を続けられるかどうかだ。
一緒に下校してはいても、その時間なんか1時間かそこら。
デートとなるともっと長い。映画の話で時間を稼げるとしても、それだけと言う訳にはいかない。話のネタも色々と考え込んできた。
おかげで、ちょっと寝不足気味。
俺はこの街一番の繁華街にある駅の改札を出たところで、壁に寄りかかって大きな欠伸をした。
ちらりと、携帯を取り出して、時刻を確認した。
約束の10時にはまだ10分ほどある。
学校では同じクラスで、いつも会っているようなものとは言え、デートとなると話は別である。
鼓動が高鳴り、緊張しているのが自分でも分かる。
初デートに本当にのんちゃんは来るのか? と言う小さな不安も、もたげてくるが、それは杞憂に過ぎないはず。俺は告られた方なんだから。
改札から、どっと人が出てくる。
日曜の繁華街。
多くの人は着飾っていて、その表情も楽しげだ。
俺と同じように人を待っていると思われる人たち。
改札口から待っている相手が現れると、にこやかな笑顔で、その相手のところに向かって行く。
俺がそれを演じるのは?
そう思っていると、改札口を抜けて出てくる人ごみの中に、のんちゃんを見つけた。
背中まで伸びたストレートの髪を、今日はポニーテールにしている。
明るく淡い青のカーディガンの下は白っぽくて、えりの大きなブラウス。
俺を見つけて、小走りで駆けてくると、スカートのすそが揺れる。
私服姿ののんちゃん、かわいいじゃないか。
「ごめん。待った」
これだよ。これ。お約束の言葉を俺も言ってみたかった。それを言う時が来た。
「いや。俺も、今来たところ」
本当は30分は待っていた。それもそれも、のんちゃんより早く来て、これを言うためだ。
「本当?」
にこりと微笑むのんちゃんはかわいいじゃないか。
「じゃあ、行こうか」
そう言って、俺が何気に右手を差し出す。
「うん」
のんちゃんが俺の右手に自分の左手を重ねた。
恋人つなぎ。
むふふな気分で、のんちゃんに目を向ける。
少し照れ気味の笑顔ののんちゃん。
春だぜ。春。浮かれ気分で、俺は歩き始めた。
俺の入念な計画通り、映画を見て、食事をして、街をぶらぶら。
そして、ケーキでお茶。
会話も心配していたが、何とか話題をつなぎ、盛り上げられた。
そう自分では思っている。
そして、最後の仕上げはのんちゃんの自宅の前まで、送っていく事だ。
のんちゃんの家は駅から続く住宅街の外れ近くにある。
車2台がなんとか対向できる道幅の両側には、戸建て住宅が連なっている。
東の空には少し陰りが見え始めているが、まだまだ青い空の光に照らされた道路に、俺たち二人以外の人影は見えない。
もう数十mで、のんちゃんの家と言うところで、おもむろに立ち止まった。
のんちゃんとつないだ手に力を込めると、のんちゃんの動きは俺に縛られて、俺より半歩ほど前で立ち止まった。
うん?そんな表情で、俺を見た。
「今日はありがとう」
そう言ってみる。だが、そんな事を言うためだけに、ここに立ち止まった訳じゃない。
「ううん。こちらこそ、ありがとう。すっごく楽しかったよ」
のんちゃんの言葉も上の空で聞き流し、辺りの様子をきょろきょろとうかがう。
今日の最後を締めくくるのは、キス。うまくいけば。
辺りに人気は無い。
チャンスだ。今、抱き寄せて、キス。
さすがに舌を入れてからませるなんて事はできそうにない。
軽い、軽いキス。
そう思って、のんちゃんを引き寄せようとはするが、心のどこかがブレーキをかける。もしも、嫌われたらどうするんだと。
「どうかした?」
のんちゃんが、うん? と言う表情で、首を傾げた。
やるしかない。
のんちゃんから告ってきたんだ。
ここでキスをしても、嫌われたりするはずはない。そう心に決めた。
「あのさ」
そう言って、のんちゃんを抱き寄せようとした時、車のエンジン音が近づいてきた。
慌てて、俺は一歩引き下がり、のんちゃんとの間に距離を空けた。
のんちゃんも車の気配に振り返って、道路の端に寄る。
俺達の目の前を大きな黒のワンボックスカーが通り過ぎて行った。
「何?」
通り過ぎた車にまだ視線を向けながら、のんちゃんが言った。
「いや。まあ。また今度もデートしような」
俺は意気地なしだ。
突然の車が、俺に思いとどまれと言ったかのように、頭の中で理由づけして、俺は今日のキスを諦めてしまった。
「うん。絶対だよ」
そう言ったのんちゃんの笑顔はかわいすぎる。
「もちろん」
俺の返事に、のんちゃんは右手の小指を差し出した。
差し出されたのんちゃんの指に、俺の指をからませた。
「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本のーますぅ。指切った」
二回目の指きりだ。相変わらずのんちゃんはかわいい声だ。
初デート成功。
俺とのんちゃんの関係は、キスにはいたらなかったが、一歩進んだ。そんな感じだ。




