パトカーも来た事件?
俺の家は共働きである。
母親も正社員で、早い日でも帰宅するのは19時頃である。それだけに、ほとんどの場合、俺の方が家に帰るのは早い。
大学生の姉貴もいるが、これまたバイトに励んでいて、夜にならなければ帰って来ない。
玲奈を送って行った余韻に浸りながら、一人リビングのソファに寝転んで、TVに目を向けている。
TVでは夜のニュースをやっているが、はっきり言って頭の中には入って来ていない。
「ありがとう」
「それは私もだよ」
「ばか」
色んな玲奈の言葉が頭の中に甦って来る。
今日の俺はかっこよかった。
玲奈が昔抱いていたであろう俺への好意が、玲奈の胸の奥に甦ったんじゃないだろうか。
そんな事を考えると、ちょっとむふふとなってしまう。
まあ、のんちゃんがいる今の俺の身の上では、玲奈と付き合ってしまうと、二股と言う事になってしまうので、それはできないのだが。
そんな妄想を描いている内に、玄関のドアが開いた。
「ただいまぁ」
母親の声だ。
「おかえり」
起き上がりソファに座りなおして、廊下に目を向けた。
バッグと買い物のビニール袋持って、母親が廊下を歩いて、リビングに向かってきていた。
「はあ。外は大騒ぎだったわよ」
母親はリビングの床にバッグを置き、今夜の食材が入っていると思われるビニール袋を持って、キッチンに向かいながら言った。
「何かあったの?」
ソファからキッチンに目を向けるため、上半身をねじって、キッチンに顔を向けながら言った。
「パトカーとかも来ててね。ちょっと騒然とした雰囲気だったわよ」
かなりの事件らしい。
が、そんな状況ではなく、そうなった原因の方を知りたい。
「うちも佳奈ちゃんがいるから、心配だわ」
食材を冷蔵庫に入れようと、冷蔵庫の扉を開けながら言った。
佳奈。俺の姉貴で、大学生だ。
その名前が出たと言う事は、どうやら女の子に関係する事件らしい。
考えられるのは、女の子を狙った犯罪だ。
玲奈に付きまとったストーカーのような奴の姿が脳裏に甦った。
似たような事件、もしくはもっと大きな事件があったのかも知れない。
自分より弱い女の子を狙うなんて、卑怯すぎる。
そんな事を思っている内に、母親が話をつないだ。
「女の子につきまとっていた男の子が、その女の子を強引にどこかに連れて行こうとして、逆に女の子に取り押さえられたらしいのよ。
女の子は無事だったみたいで、何よりだわ」
自分より弱い女の子。
訂正だ。女の子の方が強かったらしい。
女の子が無事で何よりだ。
そして、自分より弱いと思っていた相手に、取り押さえられたんだろうから、その男は間抜けとしか言いようがない。
と、思った瞬間、俺の脳裏に一つの仮説が浮かび上がった。
母親は「男の子」と言った。
うっかりしていたが、玲奈は実は柔道の達人なのだった。
あの後、玲奈が再び家を出て、まだあのストーカーのような奴がどこかに潜んでいたとしたら。
「なぁ、男の子って言ったよな。
どうして、男の子なんだ?」
「ああ、その事。
お母さんが通りかかった時には、その男の子は警官に事情をきかれていたのよ。
制服着てたからね。高校生だと思うわ」
「制服の色、覚えている?」
「黒じゃなくて、青かったわ。珍しいわね。どこの学校か知ってる?」
「その高校生の背は大きかった?」
「そうねぇ。雅志くんより、大きそうだったわ」
「相手の女の子は?」
玲奈だとしたら、母親は気づくはずなのだが。
「女の子は見ていないわ。周りの人たちの話しでは、女の子はパトカーの中で事情を聞かれているらしかったけど、本当かどうかは分からないわ」
母親は冷蔵庫の前で、少し顔を上にあげて、思い出そうとしているような仕草をしていた。
やっぱ、玲奈のような気がする。
さっきまで、ちょっと得意になっていたが、逆効果だったかも知れない気がする。
「だから、あんな事しないで。いい?」
「ばか」
あれは本心だったのかも知れない。
怜奈が大声で助けを呼んだのも、俺は単なる足手まとい。
俺がいるとかえって邪魔。
あるいは、俺の男としてのプライドを気遣っての事かも知れない。
それも分からないのかと言う、「ばか」。
そんな気がしてくる。
まだ母親が言う事件が、玲奈とあのストーカーのような奴と決まった訳ではないが、ちょっとがっくし気分で、俺は再びソファに倒れ込んだ。
次の日、学校で玲奈は「昨日はありがとう」ともう一度礼を言ってくれた。
それと、「大丈夫だから、一緒に帰らなくていい」とだけ付け加えてくれた。俺としては、「分かった」としか返せなかった。




