ゆりもどし?
駅を出て、俺はあたりを警戒しながら、玲奈の家を目指しはじめた。
手をつないで歩いたりしたら、ストーカーのような奴を刺激して、すぐに俺の目の前に現れるんじゃないかと考えたりもする。
それを口実に、玲奈と手をつなぐ。
なんてのはどうかなと考えてもいたりする。
大きくなってからは、玲奈と手をつないだ事などない。
つなぎたい。恋人つなぎで。
玲奈の閉じた指を割って、俺の指を。などと不埒な事を考えると、ちょっと、むふふで、わくわくな気分になれたりする。
そんな俺の気分はすぐに打ち破られた。
手をつないでもいないと言うのに、玲奈をつけていると思われる男が、俺たちの前に姿を現した。
「お前、邪魔」
口にピアスとか、金髪とか言うような、ワル風体ではなかったが、目には怒りの火を灯した大男。
俺より10cm以上は大きく、がっしりしている。
しかもだ。着ている濃い青色の学生服は県内一の不良校。
はっきり言って、俺では勝てそうにない。
俺が一人だったなら、逃げるが勝ちだ。だが、今は玲奈がいる。
女の子を置いて逃げる訳にはいかない。
男は勝てないと分かっていても、逃げ出せない時がある。
それが今だ。自分の大切なものを守るためには戦わなければならない。
玲奈を俺の背後に回し、顔だけ後ろに向けて一言。
「ここは俺に任せて、逃げろ」
「でも」
「いいから。でなきゃ、俺がここで戦っている意味がないだろ」
怜奈を後ろに下がらせるため、後ろ手で玲奈を押した。
お腹の辺りにあたったのか、少し柔らかい感触。
女の子って、いいなぁ。そんな事思っている余裕はない。
「生意気だな。そこをさっさとどかないと、怪我じゃすまないぞ」
ずいっと、一歩踏み出して来た瞬間だった。
「きゃあー。助けてぇー」
背後から聞こえてきたのは玲奈の悲鳴。
ここは住宅街。
周りの住宅の中には、人がいる可能性もある。
いや、それ以上に、俺たちがいる通りにだって、離れた場所とは言え、人通りはあった。
歩いている人は俺たちに目を向けて、立ち止まった。
近くの家の二階からは、俺たちの様子をうかがう人もいた。
「ちっ」
そう言い残して、そのストーカーのような男は走り去っていった。
「ありがとう。まーくん」
背後で玲奈の声がした。
振り返ると、玲奈が心配そうな、申し訳なさそうな表情で立っていた。
「いや、結局、俺は何もしなかった訳だし」
結果として、守れたかも知れないが、何もできなかったとしか思えない俺の方が申し訳ない顔つきになった。
「ううん。まーくんがいてくれたからだと思う」
そう言って、玲奈は頭を下げた。
そんなにしなくてもいいのにと思う時間だった。
玲奈が頭を上げた。
胸のあたりを覆っていたストレートの髪をかきあげ、背後に回した。
やっぱ、玲奈はかわいい。
玲奈を諦め、言い寄ってきたのんちゃんに傾き始めていた心に、揺り戻しが来た気がした。
でも、玲奈にこだわっていては、俺に春が来ないのも事実だ。
いや、待て、待て、これで点数を稼げたかも知れない。
とりあえず、かっこつけよう。そんな気になった。
「いや、まあ。無事で何よりだ」
そう言って、俺はきらりと微笑んで見せた。
「でも、無茶しないで」
何だか、優しいじゃないか。玲奈らしくない。まあ、状況が状況だしな。
「なんで、できもしないのに、私を助けようなんてするのよ!」なんて、普段の口調でそんな言い草を放ったりしたら、人として問題ありだもんな。
「じゃあ、行くか」
その言葉に玲奈が大人しく頷いた。
並んで歩く、近づく夕暮れの気配の空の下。
もうちょっと玲奈に近寄ろうか? だしたら、ふれあえるかも知れない。
今なら、たとえ触れ合っても、許してくれるんじゃないだろうか?
ちょっとだけ、足を玲奈の側に向けた。
制服がかすかだが、すれ合った。
もうちょっと。そう思った時、玲奈が距離を置いたのを感じた。
残念。残念。玲奈に避けられた。
のんちゃんなら、手をつなげるのに。
近寄ったのはわざとじゃないよ。
そう思わせるため、玲奈から少し離れ気味に足を踏み出した。
沈黙のまま、玲奈の家の前までたどり着いた。
「ありがとう」
玲奈は自分の家の門扉を背にして、もう一度頭を下げた。
「いや、玲奈の事」
好きだし。と言いたいところだが、これでは人として人格を疑われてしまう。
「大切だからな」
玲奈はすぐに返事をしなかった。
「それは私もだよ。だから、あんな事しないで」
そう言われて、引き下がる訳にはいかない。と思っていると、俺がそう言葉にする前に、玲奈は右手の人差し指だけを立てて、右手を振りながら言った。
「いい?」
俺は言い聞かされている子供のようじゃないか。
俺は子供じゃない。うん。と頷ける訳がない。
「そう言う訳にはいかない。俺は玲奈を守るためなら、どんな危険な場所にだって、飛び込める」
言ったぜ。決まったぜ。と、ちょっと自己陶酔。
「ばか」
玲奈はそう言って、俺に背を向けて、家に入って行った。
ちょっと、目が点な俺。
マジでばかと言ったのか?
いや、照れだな。照れ。
俺はそう納得して、一度頷いてから、玲奈の家の前から離れはじめた。




