タイムカプセルの中のラブレター
前作は純な女の子。
今回はちょっと純でない男の子です。
読んでいただければ、うれしいです。
よろしくお願いします。
俺 秋本雅志は、はっきり言って平凡な高1。
背の順で並ぶと、真ん中あたり。成績も学年順で、真ん中あたり。
顔立ちも真ん中あたりのごく普通、いや、ちょっとはイケメンより。と自分では思っている。
そんな俺は今、幼馴染でクラスも同じの江崎怜奈の家の前に来ている。
俺の左手には、濁り始めた透明の部分のそこら中に、赤茶けた錆の汚れがこびりついたビニール袋が握られている。
その中に入っているのは、怜奈が小5の時にタイムカプセルに入れた手紙だ。
タイムカプセルを小学校の校庭の片隅のイチョウの木の根元に埋めたのは、今が高1なので、もう5、6年前の事だ。
理由は知らないが、数年前から枯れ始めたそのイチョウの木は完全に枯れてしまい、危険だとかで、急遽伐採する事になってしまった。目印のイチョウが無くなっては、タイムカプセルの場所が分からなくなる。その前に、と言う事で、今日俺を含めた5人ほどで、タイムカプセルを掘り出して来たのだ。
ビニール袋の中の手紙に何が書かれているのかは知らないが、怜奈がもう一枚タイムカプセルに入れた手紙の内容は知っている。
何しろ、俺宛だったんだから。
そこには、こう書かれていた。
「私、まーくんの事好きなんだ。
何年後かな? タイムカプセルを開けた時、私の気持ちは変わっていないはず。
その時、勇気を出して大好きだって、言うからね」
怜奈。身長は150cm前半と小柄で、黒いストレートヘアは背中の中ほどまである。
ぱっちりした目とくっきりした鼻立ちの顔は、アイドルグループの中にもいそうな感じのかわいらしさ。
それでいて、ちょっと気がきつい。いや、だが、その内面は優しい。
この手紙だってそうだ。
自分の気持ちを直接俺に言えず、こんな事をきっかけに告ろうとしていたなんて、普段の怜奈からはちょっと想像しにくい。
俺はそんな怜奈の事が昔から好きだ。
中学の三年間はクラスが離れ離れで疎遠な関係となり、想いは薄らいだりしてはいたが、高校に入ってから同じクラスとなって、また怜奈への想いは盛り上がり始めていた。
何しろ、かわいさだけでなく、体もむふふふな気持ちにさせるくらい成長していたのだから。
俺は感激に満たされている。
いよいよ、俺にも春が来る。
くぅぅぅ。っと、胸のあたりで右手のこぶしを握りしめ、空を見上げた。
一呼吸おいてから、怜奈の家の門扉の横にあるインターホンを鳴らした。
「はい」
長い間、怜奈のうちには来ていないとはいえ、その声が怜奈のお母さんである事くらい分かる。
「秋本です」
「まーくん? どうぞ、入って来て」
「お邪魔します」
門扉を開けると、金属がきしむ甲高い音がした。
昔、よく来ていた頃にはそんな音はしなかったはずだ。それだけ、二人の間に時間が流れてしまったと言う事か。
だが、今、俺たち二人は。むふふふふ。と、ちょっといやらしげな笑みを浮かべながら、玄関のドアの取っ手に手をかけた。
「どうして、まーくんを入れるのよ」
ドアの向こうから聞こえてきたのは怜奈の不機嫌そうな声。
あれ? 何で俺を入れた事で、不機嫌なんだ?
今日、俺のところに春が来るはず。
俺の事を喜んで迎え入れてくれるんじゃないのか?
「こんにちは」
そう言って、ドアを開けて、玲奈の家の中に目を向けた。
怜奈の家は玄関から続く廊下の先にリビングがある。リビングの真ん中あたりに置かれたソファの背中が見えている。
たった今まで、ソファに座っていたのか、ソファをぐるりと回って、こちらにやって来ようとしている怜奈の姿が目に入った。
黄色のトレーナーに、下は黒っぽい色のジャージ。
はっきり言って、色気がない。
いや。訂正。
トレーナーはどちらかと言うと、きっちりめのサイズらしい。胸が予想外の大きさに見える。
この胸も、もうじき俺のもの?
そんなちょっといやらしい想いを心に秘めながら、怜奈がやって来るのを待つ。
「何よ? こんな土曜日に」
さっき、ドア前で聞こえてきた声以上に、なんだか怒っていそうな感じ。
休日に突然、訪れた事でちょっと不機嫌なのかも知れない。
好きな男の子が突然来たのなら、少し嬉しそうにしてくれてもいいはずだ。
俺の事が好きだったのは、もう過去の事なのか?
いや、あまり気にしないでおこう。
玲奈は昔から、こんな感じだった。そんなところも俺としては好きな訳だし。
「これ、持ってきたんだ」
手にしていたビニール袋を差し出した。
その小汚さに怜奈の表情は一瞬怪訝さを浮かべ、今は不機嫌さ全開になっている。
「何なのよ、それ」
「これはだな。小5の時に埋めたタイムカプセルの中に入れた怜奈の手紙だよ」
「タイムカプセル?」
怜奈の小首が傾いた。視線はちょっと斜め上にして、天井あたりをさ迷っている。
すぐに思い出せなくても、仕方ない。
俺もすぐには思い出せなかった。
あれは小5の時だった。
クラスで一番威張っていた黒木が漫画か何かの影響で、タイムカプセルを埋めるぞとか言って、金属のカンを学校に持ってきた。
黒木といつもいる奴らは当然、それに大賛成したが、クラスには他にも面白いとその計画に乗る奴らがいた。その中の一人が俺だ。
俺がタイムカプセルに手紙を入れると知った怜奈が、自分も参加すると言って、ビニール袋にくるんだ手紙を置いた。
しかも、その時は気づかなかったが、怜奈は自分あてと俺あての二通の手紙を入れていた。
「はっ! 何かとんでもない手紙を」
怜奈の瞳は大きく見開いたかと思うと、真っ赤な顔になって、俺の手からビニール袋をひったくるようにして奪い去った。
そうそう。とんでもない物が入っていたぞ。その手紙の中身は知らないが。
にんまりしそうになる表情を引き締めるため、顔に筋肉に力を込めた。
「何よ。まだ、何かあるの?」
表情は照れと言うのとはほど遠く、お怒りモードのようだ。
およ? そんな反応? 予想外だ。
怜奈はあの手紙の事を忘れてしまったのか、それとも、やっぱ、もう俺に興味がないと言うことなのか?
「ねぇ。キスしよ」
えっ?
一瞬、怜奈の声かと思ったが、声が違うし、遠いところで声がした気がした。
「うん。いいよ」
声がしたのは、リビングの奥の方。
俺が覗き込むようにして、そこに目を向けた。怜奈の顔が一瞬にして、真っ赤になった。
リビングのテレビにはアニメが映っていて、女の子同士のキスシーン。
目が点になった。怜奈って、こんなのが好きだったのか?
「あ、あ、あれは弟が見てるんだからね。私じゃないからね」
「弟?」
怜奈には弟はいるが、見える範囲にはいそうにない。
「いつまで、いるつもりよ。早く帰ってよ」
怜奈が子犬でも追い払うような仕草をした。
俺は追い出されるかのようにして、怜奈の家を後にした。
怜奈の家に来た時は春の予感を感じて、空を見上げたものだが、今はがっくし気分で地面に目を落している。
いや。怜奈が俺あての手紙の内容を忘れているんだとしたら、今手渡した手紙を読んで思い出すはずだ。
これをきっかけにして、俺に告ろうとしていた事を。
そして、すでに俺の手に、そう書いた手紙があるであろう事を思い出すに違いない。
だとしたら、怜奈は恥ずかしいからなんて、迷っていても無意味だ。告る以外の選択肢は無い。
なら、明日だな。
うん。
もちろん、玲奈の気持ちが変わっていなければの話だが。
俺は大きく頷いて、明日に期待をつなぐことにした。