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全てはモトサヤ

 結局研究所をでてデートを再会した二人は、食事をとる事にした。

 近くにあったパスタのお店に入って、桜子は茄子とトマトソースのパスタを、光はアサリのクリームスープパスタを注文する。そして、

「みっくん、このトマトパスタ美味しい、味見する?」

「うん、どれどれ……本当だ、美味しい」

「でしょでしょ!」

「でも、さっちゃんに食べさせてもらうんだったらどんなものでも美味しいよ」

「もう、みっちゃんたら……大好き!」

「俺もだよ、さっちゃん! 所で俺のパスタも味見するか?」

「うん!」

 周りの席で、別のカップルがひそひそとその様子を話しながらも、自分達も桜子と光を習って相手に食べさせてあげたりする。

 カップルのいちゃいちゃは伝染するという格言が、あるとかないとか。

 それはいいとして、こういう事をやっているから“恋愛ゲージ”が溜まってしまうのである。

 けれどこのカップルはそういう事をするのが当たり前で、それこそ空気と同じなために二人には当然の行為であり、そしてなくては死んでしまう状態だった。

 だからいちゃいちゃを止める事が出来なかったのだ!。

 やがて食事を終えて、桜子と光は会計を済ませて近くの公園を歩き出す。

 さわさわと揺れる木々の葉が濃い緑へと変わり始める初夏。

 汗ばむような暖かい夏の香り。

「……熱くなってきたね、みっくん」

「そうだな、さっちゃん。俺達が出会って、初めての夏がこれから来るんだな」

「夏はみっくんと海に行きたいな」

 そうふふと笑う桜子。

 そしてもうちょっとダイエットして、可愛い水着を着るんだと心の中で誓う。

 一方、光はさっちゃんの水着姿とどきどきしながらも、海でデートもいいなと幸せに思った。

 そこで不意に会話が途切れてしまう。

 沈黙しながら歩を進める二人。

 静かに二人並んで歩いているだけでも、傍に大好きな相手がいるだけで二人は幸せだった。

 でも、あと少しだけ我侭を言ってみたくて、桜子は光に、

「……みっくん、あの、一つだけお願い、いいかな?」

「な、何?」

「手、繋ぎたい」

「……うん」

 光は桜子のその可愛さに頭が沸騰しそうになりながらも、平静を装って頷いた。

 そしてお互いが手を伸ばして、手を握った瞬間!。

 ちかちかと首から提げていたペンダントが光り、

「がっはははは、この世界はイカイ火星人のものだ!」

 イカのような形をした、火星人が現れたのだった。 


 公園のベンチに座りながら、桜子と光は深刻な表情で黙っていた。

 ちなみに、先ほどのイカイ火星人は、砂と化してから灰川女史が現れて、

「一応忠告したからね。本当になんでこんなにすぐ変身するんだか」

「俺達が知りたいです! どうして俺達にはこんな試練が……」

「“いちゃいちゃ”しすぎるんでしょう、貴方達が。まあ、歯を食いしばって我慢して諦めないでいれば、なんとかなるんじゃない?」

 光の嘆きに、適当に答える灰川女史。

 けれどその適当さと、灰川女史の性格かららしくないと思ったのだろう、桜子が、

「ちなみに灰川女史は、歯を食いしばって我慢して、諦めないでいるんですか?」

「さっさと諦めるわね。苦痛による精神的ダメージの方が大きいもの」

「……普通は『諦めないでするものだ』って言う場面じゃありませんか?」

「諦めきれなくたって、どうにもならない事が多いし、そういう事言う人間が真っ先に人に責任押し付けて逃げるもの。まあ、ようは『お前がやれ、自分は逃げるがな』ていうのが現実だからね」

 そんな灰川女史の苦労の忍ばれる発言だが、それに桜子は半眼で、

「将来のある若者に何てこと言うんですか」

「歯をくいしばってでもやれ、若い力に全て任せよう、なんて丸投げするよりはいいでしょう?」

「その正直な所は好きですけれど、もう少しこう……」

 言い方ってものがあるんじゃないかと桜子も思うし、それに同感らしい光も首を縦に振っていた。

 その二人の様子に、灰川女史はむっとしたように、

「じゃあ貴方は、それで光さんを諦めきれるの?」

「無理です! だって私、みっちゃんがいないと生きていけない」 

「それで、そっちの光さんはどう?」

「無理です、さっちゃんを諦めるなんて」

「だったら、変身して戦うと諦めていりゃいちゃするか、いちゃいちゃを減らして少しでも多くのデート時間を作るかしなさい」

 いうだけ言って、灰川女史は帰っていった。

 そして現在に戻って、二人は深刻そうに灰川女史の言葉を考えていた。

 そこでふと、光が呟く。

「……俺達、別れようか」

「みっちゃん……」

「だってそうだろう! さっちゃんがすぐ傍にいるのにいちゃいちゃが出来ないなんて、そんな、『このお年玉、大きくなったらあげるからそれまでママが預かっておいてあげるわね』みたいな物じゃないか」

「みっちゃん、その例えはちょっと違う気がするよ……」

「いや、欲しいのに手に入らない点では同じだ!」

「そう言われれば確かにそうかも……でも、別れるの?」

 二人の間を沈黙が支配する。

 空に薄暗い雲が敷き詰められてきて、吹く風も何処か肌寒さを感じる。

 その風の冷たさに体をぶるっと震わせる二人。

 そこでようやく桜子は口を開いた。

「……うん、そうだね、やっぱり私達出会うべきじゃなかったんだ」

「そんな、俺は……」

「でも私、みっちゃんと会えて楽しかったよ、とっても」

「さっちゃん……」

「何で、みっちゃんが泣きそうな顔をしているの?」

「さっちゃんこそ泣きそうな顔をしているじゃないか」

「してないもん」

「してるって」

「……お互い背を向けない? 私、みっちゃんの顔を見ていると、みっちゃんの事を諦めきれない」

 悲しげな声で告げる桜子がいつもよりも儚く見えて、光は抱きしめたい衝動に駆られる。

 でも駄目だと光は自分の衝動を抑える。

 こうやって懸命に桜子は自身の心を殺してまで別れようとしているのだ。

 そもそも光が言い出した事だというのに、こんな未練がましい事は良くない。

 潔く、光も思いを断ち切らなければと思った。

 そしてお互い背を向ける。

「……さよならだ、さっちゃん。俺、さっちゃんの事凄く好きだった」

「……私も、みっちゃんの事凄く好きだったよ。いままで、楽しい思い出をありがとう」

 そう桜子が呟くと同時に、お互いの胸に桜子と光の楽しかった思い出が去来する。

 出会ったあの桜の木下で、まるでこの恋の終わりを予感させるような儚い春を忍ばせる桜の香りに包まれて、お互い一目惚れをしたのだ。

 それから休み時間のたびに一緒にお弁当を食べたりして、帰り道も一緒に帰った。

 休みの日のデートは、桜子はどんな服を着ていったら光が喜ぶだろうかと延々と一時間迷って、結局光の好きな漫画のキャラクターの服を着ていって。

 一方光はどんな風な格好がいいか友人にメールした所、冗談で書かれた黒い皮のジャケットやらごつい腕輪やらペンダントやら、その他諸々アクセサリーを付ける羽目になって(ちなみに友人はこんなもの家にあるわけないだろう、の連発だったらしい。そして後日、物凄く光に謝ったらしい)その格好で外を歩いた。

 お陰で警官に職質を受けて、そして呆れられてしまった。

 そんなささやかな初デート。

 だから次は普通の私服で、でもいつもの制服姿と違ってお互いどきどきして、映画館に行った。

 その時見た映画は恋愛ものだったけれど、それはそれで好きな相手と見るには切なさがこみ上げてくる内容で、その分お互いが傍にいることに幸せを感じられた。

 ちなみに桜子はホラー系の映画が大好きで、光はアニメ映画が好きだった。

 次に行ったのは、遊園地。

 ジェットコースターに二人で乗って、光が絶叫しているすぐ隣で桜子はきゃはははと笑い声を上げていた。

 そのジェットコースターに疲れた光の提案で観覧車に乗った二人。

 白く整った町並みを見下ろしながら、何処までも青い空へと登っていく観覧車。

 この時は既にこの観覧車の一番上でキスをすると幸せな恋人同士になれると、光も桜子も知っていた。

 やがて一番高い所まで来たけれど、どちらも言い出す事が出来ずにキスは無しになった。

 けれど代わりに外に出て光と桜子は手を繋いで歩き始める。

 お互いがいればそれで良いと、満足だと、満たされた温かい気持ちが溢れる。

 そんな、楽しかった出来事が思い出されて、数歩歩んだ所で光と桜子は同時に振り返った。

「諦め切れないわ私!」

「俺だって諦められない!」

 叫ぶと同時にひしっと抱き合う二人。こうしてお互いがなくてはならないと桜子と光は自覚したのだった。


 ちなみに木の影から灰川女史が心配していたのだが、はたから見ると、別れようといって一分も経たないうちによりを戻しているように見えた。

「心配して損した……もう放っておこう、あのカップル」

 と頭を抱えたのだった。


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