普通の、デートすらできない!
この世には伝説の生物達、“カップル”というものが存在するらしい。
それはいいとして、高校生になったばかりの、少女が走っていた。
さらさらと日の光の中で艶めく黒髪ロングヘヤーの、黒い石のペンダントをした少女である。
彼女は焦ったようにかけて行く。
彼女の名前は、月影桜子、高校一年生、16歳である。
ちなみに彼氏に“さっちゃん”と呼ばれている。
お化粧は元の素材が良いのだろう、しているとしてもナチュラルメイク程度の美少女だった。
しかもきめ細やかな玉のようなで肌で、普通の人よりも白いせいか、ミニスカートと黒いニーソの間の絶対領域が眩しい。
そんな彼女は息を切らせながら頬を染めて、階段を二段飛びに駆け上がる。
そして駅の改札口前に優男といった平凡な黒髪黒目の、白い石のペンダントをした穏やかそうな男がいる。
彼の名前は雪野光、桜子と同じ高校一年生、16歳である。
ちなみに彼女には“みっくん”と呼ばれている。
そんな彼に満面の笑みを浮かべて桜子は手を振る。
すると手を振られた光も、嬉しそうな顔をして手を振る。
そしてそのまま桜子は改札口を出て、光に走りより、
「みっちゃん……ごめん、五分前にしか来れなかった」
「いいよ、俺もそんなに待ったわけじゃないし」
「何分前に来たの?」
「二十分前かな。さっちゃんに会いたくてたまらなくて、ちょっと早めに来ただけだから、大した事ないよ……さっちゃん?」
頬をかいて照れくさそうに言う光だが、そこで目の前で桜子がぷるぷると震えた。
そしてすぐに涙目で光を見上げて、
「大した事だよ! だって……そうすれば後、十五分、みっちゃんと長くいられたんじゃない! 本当は三十分前にここに着く筈だったのに、悪戯で緊急停止ボタンが押されて電車が遅れて、乗り換えの関係で……うう」
そう悲しげに呻く桜子に、今度は光が怒ったように、
「そんな! そんな事をしたら、俺がここに来た時、後十分さっちゃんといられたって嘆かないといけないじゃないか!」
「それは……うう、でも、私だって少しでもみっちゃんと一緒にいたいんだもん!」
「さっちゃん……俺だってそうなんだ!」
「みっちゃん!」
「さっちゃん!」
お互いがお互いを見やり、頬を染めながらひしっと抱き合う。
服越しに体温を感じて桜子は幸せだなと思う。
大好きな光ともっと一緒にいたいなと、桜子は心の中で愛してると呟いた。
一方抱きついてきた桜子の可愛さと温かさと、そして胸の柔らかさに少しどきどきしていた光は、このまま時間が止まってくれれば良いのに……おっぱいと思っていた。
本当になんでこんなに可愛いんだろう桜子は、と熱に浮かされるように光は心の中で桜子愛していると呟いた。
そこで、周りの人たちがささっと目を背ける様子に気づいて、桜子と光は慌ててお互いの体を離す。
二人とも顔を真っ赤にして、そしてお互いの顔が見れないくらいに胸の鼓動が高鳴って、そこで桜子は、
「みっちゃん、一つだけお願いしていいかな」
「な、何かな、さっちゃん」
「手、繋ぎたい」
はにかむようにおねだりしてくる桜この様子に、光は桜子可愛い桜子可愛い桜子可愛い、といった言葉で埋め尽くされて即座に桜子の白い手を握り締めた。
光よりも小さな桜子の手に、あ、女の子なんだとか、守ってあげたいとか、傍にいたいとかそんな想いが怒涛のように押し寄せて来て光は一杯一杯だった。
そこで、二人の持っているペンダントがちかちかと光る。
さあっと二人の顔から血の気が引く。
そして同時に二人が発光した。
人の姿がかろうじて分る程度のシルエットを残して煌々と輝く。
同時に、かちっかちっと歯車がかむような音がして、それが暫くすると、目の前にイカのような怪物が。
「はっはっは、この私は火星に住むイカイ火星人だ! この地球は我々のものだ!」
その怪物は、大きな声で叫んであたりを見回す。
「あれ、ここは何処だ?」
駅の改札口前。
休日なので人が結構いたのだが今は完全に居なくなっている。
完全に人の避難が完了したのだろう。と、そこで、イカの怪物に対して二人の人影が蹴りを加えた。
吹き飛んで、壁に追突してめり込むイカの化け物。
苦悶の表情を浮かべながら、
「ぐへぇえええ。いきなり何を……お前達はカップルヒーロー共!」
「うるさい、デートの邪魔しやがって! このイカ野郎! 炭火で焼くぞ!」
そう、人の形をした白いマネキンのような物が男の声で叫んだ。
だがその白いマネキンに向かってイカのような何かは、
「ふ、カップルヒーロー・ホワイト。何時から火星人がタコだと錯覚していた」
「錯覚もしていないわ、どうでも良いのよそんな事。一番私達が怒っているのはこのささやかな一分一秒というデートの時間を、お前ごときに潰されている事よ」
そこで、白と同じく黒いマネキンの形をしたカップルヒーロー・ブラックが女の声で言い放つ。
それにイカは、目を丸くして、
「お、お前達は、この地球に住む何千何億の人々を守るために戦うのではないのか!」
そのイカの怪物の前で、カップルヒーロー・ブラックとホワイトは顔を見合わせてから鼻で笑った。
「そんな良く分らんものよりも俺達は今この一瞬を好きな人と過ごす事の方が大切なんだ」
「だからそれを邪魔する奴らは許さない……ふふ、でもそういえば、そのイカの気ぐるみ対地球用の兵器服で遠隔操作しているのよね……だったら容赦なく、ぼっこぼこにしてくれるわ!」
「ひ、ひいいいいい、ち、近頃の若い者はぁあああ」
と叫ぶイカの怪物をぼこぼこに袋叩きにすると、暫くしてピシッと亀裂が一筋入ると共にさらさらと灰色の砂になっていく。
そして灰色の砂の山が出来上がった所で、ようやく歯車のかみ合う音が消えて、そこでカップールヒーローホワイトは光に、カップルヒーローブラックは桜子に変わる。
疲れたと、大きく深呼吸する二人。そして敵だったその砂の山を見て、すぐに周りを見回す。
そこに現れたのは、見慣れた人物だった。
「灰川女史……」
「ご苦労様お二人さん。とりあえず研究所で、どの程度恋愛ゲージが溜まっているのか確認するから、これから来てもらおうかしら」
「あの、俺達デート……」
「後になさい」
きっぱりと言い切る灰川女史に、そこで桜子が噛み付いた。
「ひ、酷いです、毎回毎回デートの邪魔をして……は! まさか灰川女史は光の事を狙って!」
「残念、私、明日結婚するから」
「……エイプリルフールはもう終わりましたけれど」
「ふふ、残念ね。お先に」
そう、結婚指輪を灰川女史は桜子に見せ付けてくる。
それを、桜子は悔しそうに見て、すぐに光の手を握った。
「く、くぅう……みっちゃん、私達も結婚しよう!」
「いや、駄目だって」
「なんで! みっちゃんは私の事が嫌いなの!」
「……俺の歳だとまだ日本の法律じゃあ結婚できないんだ」
「……なぜ私達の前にはこれほどの大きな壁が幾つも立ち塞がるのか! こんなに、私こんなにみっちゃんの事を愛しているのに!」
「それは俺だって同じさ! 何でこんなにさっちゃんの事を愛しているのにこんな……でも、俺は負けない!」
「私もよ、みっちゃん!」
「さっちゃん!」
光と桜子はひしっと抱き合った。
そんな二人を灰川女史は、塵取りと箒で先ほどの怪物の砂を集めながらビニール袋に入れて、
「さあ、あんた達、集め終わったから行くわよ」
「「いやぁあああ、デートするうううー―」
「問答無用! 二人とも来なさい」
淡々と告げて灰川女史は二人の手を掴み、歩き出したのだった。