12 「巨人の孤独とにぎやかな世界」
世界が熱さと寒さと深淵との混沌の渦から抜け出たとき、そこにはひとりの巨人と牝牛がいました。ひとりの巨人は牝牛の乳を飲んで育ちましたが、長い間、それはそれはずっと長い間、牝牛のほかには誰もいない世界を憂いていました。
「お前がせめて、もしも話ができたらなあ」
牝牛に向かって愚痴を言う巨人は、とても寂しそうでした。牝牛はぺろりと慰めるように巨人の涙を舐めました。
「おおい、おおい。誰かいないかあ!」
巨人は混沌から抜け出たばかりの世界に向かって叫びました。しかし返事はありません。
そんな日々が長い間、とても長い間続いて、ひとりの巨人はついに年老いて死にました。
「一度でいいから、にぎやかな世界が見たかったなあ」
それが巨人の最期の言葉でした。
するとどうでしょう!
巨人の大きな大きな体から、さまざまな存在が生まれました!
空が生まれ、大地が生まれました。天上の星々、そよぐ風やそれに流される雲。
そして、木々が生まれ、花が咲き、虫や鳥やけものが次々と地に満ちてゆきました。
そうして長い間、本当に長い間が経った時、世界にはヒトという、あの巨人をとてもとても小さくしたような者たちが生まれました。
ヒトは世界で特別な立場にありました。この世界の鳥や虫やけものたちは自分たちが巨人から生まれたことを知っていましたが、ヒトだけは巨人から生まれたというのに、自分たちは自分たちだけが生んだ存在で、生き物のなかで一番偉いのだと勘違いしていました。
ヒトは最初、とても残酷でした。豊かだった木々を切り倒し、海や山を汚し、肉を食らい、お金というヒトにしか価値のないものを作り上げて、その多さ少なさでヒトの良しあしを決めていました。
長い間が経つと、ヒトのなかにそれではいけないと警告する者が現れました。
彼は言いました。
「僕たちは誰しも、ひとりの巨人から生まれたのです。お互いに優しくありましょう。生き物たちを大切にしましょう。僕たちに与えられた生き物に対する権威は、ひとりひとりが好き勝手に扱っていいものではありません。できるだけ、鳥や虫やけものや、木々や草花が喜ぶことをしましょう。僕たちの手で、汚れた世界を元通りにしていきましょう」
ヒトは皆、彼の言葉を聞いて自らを恥じました。
巨人の死後にできたこの世界が壊れる寸前だったことに気づき、ヒトはようやく世界の管理者としての良きふるまいが必要であることを知りました。
良いふるまいを行いつつあるヒトと世界との長い付き合いが始まった今を見て、死後の世界に旅立っていたひとりの巨人は、彼が残した世界でついに自分の願いが叶ったことを知りました。
世界はとてもにぎやかに、続いています。
数年ぶりの「世界のお話」の更新になりました。
北欧神話風に、世界の成り立ちを描いてみました。本来の北欧神話だと、新しい神々にこの巨人は殺されてしまうので、そこは「寂しい孤独死」に変えてみました。
「牝牛はどこへ行った?」というのは私も聞きたいです。神話はときにものすごくアバウトなのです。




