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南部は、斎賀の言った言葉に驚きを通り越して得体の知れぬ不気味ささえ感じていた。


どんな人間であろうが、ヴァンパイアは恐怖の対象の筈だ。


例え斎賀が、光牙と正式に契約を交わしたファミリアでなかったとしても、光牙は夜の眷族の長である闇御前の息子であり次期当主に成る御方である。


しかも現時点で、人間共の政財界や闇社会にも多大な影響力を持つ“帝都グループ”の実質的支配者だ。


例え光牙の正体を知らぬ者であったとしても、皆恐れおののき媚びへつらうのが普通なのに、光牙が闇御前の息子だと知りながら尚、“光牙”などと呼び捨てにするとは、この斎賀と言う男、余程の馬鹿としか思えない。


しかも今、秘かに光牙が目指している所を知っている筈なのに、その光牙を軽んじる様な発言をするとは……。


そしてそれは、夜の眷族の一員として、そして今まで光牙の側近として支えてきた南部の誇りと尊厳を大いに傷付ける物であった。


「貴様、一体何様のつもりだ! 多少腕に覚えがあるからと言って、たかが人間風情が、我ら夜の眷族の長と成られる光牙様に対して呼び捨てにするなど万死に値する暴言だぞ!」


南部は、怒りに顔を赤らめ怒鳴った。


それと共に禍々しい怒気が、南部の全身から立ち上っている。


更には怒りで髪が逆立ち、額や顳顬、更には顔中に蒼黒い血管を浮かび上がらせ、目は白目の部分が紅く充血し、口許からは長い犬歯が牙となって伸びた。


正しく吸血鬼然とした形相だ。


“シャーッ!”


南部は、獣の様に鋭い呼気を吐いた。


怒気は最早殺気へと変わり、雨が瞬時に蒸発してしまいそうな熱を孕んでいる。


「そんな物か……」


南部が、ぼそりと呟いた。


悪鬼の様な南部の姿を見ても、斎賀の表情は小揺るぎもしていない。


「何!?」


「そんな物かと言ったんだ」


斎賀は、相変わらずの無表情のままで、何の感情も抑揚も無い言い方で言った。


「何だと貴様!」


南部の殺気が更に膨れ上がった。


既に妖気と化している。


「お前、俺を殺すよう光牙に言われたのか?」


再び斎賀が訊いた。


「そうだ! 貴様を殺せば、俺の失敗の罪は問わぬと言われたのだ! 要するに貴様は光牙様に切り捨てられたのだ!」


南部は、目一杯愉悦に満ちた表情で叫んだ。


更に、


「俺は夜の眷族の一員で、光牙様の側近だ。貴様のような愚かで弱い人間などではない。光牙様は俺を取り立て、貴様を切り捨てたのだ!」


南部は、追い討ちを掛けるように捲し立てた。


その顔には、下卑た笑みすら浮かべている。


「フッ、フハハハハハハハハ……」


無表情だった斎賀が、然も面白そうに腹を抱えて笑った。


全ての感情を失っていたかの様な斎賀が、怒りならともかく、笑うと言った感情を持ち合わせているとは、流石に南部も怒りを通り越して唖然とした。


「馬鹿な奴だ。まだ気付かないのか? 光牙に捨てられたのはお前の方だ」


ひとしきり笑った後、再び表情を消し去り斎賀がぼつりと言った。



「何ぃ?」


南部が声を荒げる。


「お前の様なゴミに俺が殺せる訳が無い。光牙は、それを知っていながらそう言ってお前を焚き付け、逆に俺にお前の始末をさせようとしたのだ」


斎賀が、この男にしては饒舌に語った。


「な、何だと! 貴様何を言っている。貴様の様な人間に、夜の眷族であるこの俺を殺せる筈が無いだろう! それに、俺は光牙様の側近だ。それを貴様……」


思いがけぬ斎賀の言葉に、南部は僅かに動揺を見せた。


「本当に馬鹿な奴だ。じゃあ見せてやろう……。俺の本当の姿を……」


斎賀はそう言うと、全身に気を巡らし始めた。


すると、斎賀の身体に変化が起こった。


 最初からゴツゴツとした岩の様な身体の筋肉が、急に無機物から有機物に変化した様にボコボコと蠢き、まるで皮下に別の生き物が目を醒ましのたくっているかの様に見える。


 小柄だった身体が、一回り大きくなった様だ。


 瘤の様な筋肉が更に盛り上がり、骨格まで変形している。


 異常なまでに膨張した胸の筋肉が、Tシャツを破り飛び出した。


 更に太さを増した腕には、蒼黒い血管が不気味な紋様を描き、爪が血肉を絡め長く伸びている。


 全身の毛穴から、まるで虫が這い出て来るかの様に、灰色の長い獣毛がぞろりと生えて来た。


 斎賀の全身からは、禍々しい妖気が立ち上ぼり、更に勢いを増していった。


南部は、驚愕のあまり攻撃する事も忘れ、ただ茫然と事の成り行きを見守っている。


南部が茫然としている間にも、斎賀の変化は続いていた。


 ゴツゴツと四角張った顔の頬骨が浮き上がり、目が白目を剥いている。


 両耳の先が“ニュ~ッ”と伸び、ゴツい上顎と下顎が同時に前へ迫り出して来た。


 完全に顔の骨格が変化している。


 上下の顎が迫り出切ったと思えた次の瞬間、斎賀が迫り出た口を大きく開いた。


 耳元まで裂け、大きく開いた口の中では、顎が前へ伸びた分だけ隙間の空いた歯の間から、鋭く尖った牙が血肉を絡めながら生え始めたのだ。


 血で紅く染まった鋭い牙は、血と歯茎の肉を絡めながらどんどん伸びて行く。


降りしきる雨が溢れ出る血を洗い流し、斎賀の競り出た胸をピンク色に染めて行った。


だがその血すら再び雨が洗い流して行く。


 顔の毛穴からぞろりと生えた灰色の獣毛も、直ぐ様雨にぐっしよりと濡れていた。


 剥いていた白目に黒目が戻り、禍々しい相貌が南部をギロリと睨んだ。


“グルルルル……”


斎賀は、不気味に喉を鳴らした。


「じゅ、獣人か……」


南部は、呻く様に声を絞り出した。


その禍々しき姿は、紛れもなく獣人その物であった。


十八年に夜の眷族が絶滅させた筈の獣人が、今こうして目の前に立っているのだ。


しかも、絶滅させた張本人である光牙に付き従っていたとは、あまりの驚きに南部は石の様に固まった。


「な、何故獣人が……」


南部の声は、驚きと恐怖に震えていた。


獣人は魔力こそ持っていないが、肉体を駆使しての戦闘力は貴族すら上回る。


唯一獣人に優るのは魔力の有無のみだが、南部は屍鬼である為に持てる魔力と言えば“誘眼”位のものだ。


斎賀の自信の源はコレだったのだ。


斎賀が光牙を呼び捨てにしたのも、今までの南部の攻撃が全く通用しなかったのも、全ては斎賀が獣人だったからである。


斎賀は、背中を丸め体勢を低く身構えると、獣人特有の臨戦態勢を取った。


“ガルルルルルル……”


斎賀が唸り声を上げる。


獣人とまともに闘り合って勝てる筈が無い。


だが、南部も夜の眷族の一員としての矜持がある。


南部は、覚悟を決めた。


幾ら相手が獣人でも、決して不死ではない。


痛みも感じれば血も流す。


今まで光牙の側近の中でも栄えある親衛隊を勤め、夜の眷族の中でも少しは知られた男だ。


相討ち覚悟で闘り合えば、勝機を見出だす事も十分可能な筈である。


不死性や再生能力であれば、貴族や生成りには及ばずともそう容易く死ぬ身体ではない。


脳や心臓以外は致命傷にならないのだ。


南部も、腰を落とし低く身構えた。


依然雨は激しく降り続いている。


“ガウッ!”


“ジャッ!”


二人は短く鋭い呼気を吐くと、一気に彼我の間合いを詰めた。


南部が、絶妙な間合いで仕掛ける。


この間合いならば、南部にとっては有効でも、斎賀にとっては間合いを一歩外した距離だ。


身長差を計算に入れた、巧妙な攻撃である。


南部は、斎賀が同時に仕掛けて来るのを見極めた上で、斎賀の顔面へ鋭く爪の伸びた右手刀を走らせた。


先程までの様な、不様に掴み取られる様な生易しい突きなどではない。


この突きであれば、斎賀の爪が南部の身体に届く頃には、斎賀の顔はただの肉片と化している筈だ。


仮に斎賀の爪が届いても、頭を吹き飛ばされた後での攻撃など、屍鬼である南部にとって毛程のダメージにもならない。


まさしく斎賀の動きを読んだ上での、必殺の一撃だ!


“!?”


ーー手応えが無い!


南部が放った必殺の手刀は、何故か落ちてくる雨粒を切り裂いたのみであった!


目の前から、斎賀の姿が忽然と消えている。


“ぞくり!”


南部の背中に冷たい物が走った!


下から、禍々しいモノが一気に延び上がってくる!


「チイィィィーーッ!」


南部は、突き出した右腕を瞬時に畳むと、そのまま下から迫り上がってくるモノへ肘を打ち下ろした!


ヴァンパイアならではの、凄まじい反射神経と身体能力だ。


「グアッ!」


だが、激痛に呻いたのは南部の方であった。


何と、斎賀の頭を打ち抜く筈であった南部の肘が、大きく迫り出した斎賀の顎門に噛み止められていたのである。


「グアァァァァッ!」


南部が絶叫した。


あまりの激痛に顔を歪め、慌てて斎賀の牙を振り解こうと滅茶苦茶に腕を振るが、牙は更に深く食い込むばかりで一向に離れる事がない。


“ガツン!”


次の瞬間、 南部の腕が肘の部分から上下に噛み千切られた!


「ギャアァァァァーーッ!」


魂切る絶叫が駐車場に響き渡った!


南部は、二の腕を押さえ激痛に全身を震わせている。


噛み千切られた部分から夥しい量の赤黒い血液を迸らせ、襲い来る激痛に顔を歪ませていた。


地面に溢れ落ちる赤黒く粘性を帯びた血液は、降りしきる雨に次々と洗い流されていく。


斎賀は、少し間合いを外した場所で、噛み千切った南部の腕を、大きく迫り出した顎門に咥えたまま“にやり”と笑った。


笑うと言っても、あまりにも顔が変形している為に巧く表情が作れないのか、耳まで裂けた口の端を僅かに吊り上げただけである。


だが、“ソレ”は確かに笑っていた。


そして咥えていた南部の腕を、濡れた地面に“べっ”と吐き捨てた。


幾ら屍鬼であっても、噛み千切られた傷は早々に癒される筈もなく、夥しい出血も止まる気配が無い。


南部は、激痛を堪えながら凄まじい形相で斎賀の顔を睨んだ。


唇を強く噛み締めている為に、伸びた犬歯が下唇を噛み破っている。


“グッグッグッ”


凄まじい形相で睨む南部に対し、斎賀はくぐもった声で笑った。


「おのれ~っ!」


南部は、燃え滾る憎悪と妖気の炎を巻き上げ、斎賀との間合いを詰めた。


斎賀の左太股へ鋭いローキックを放つ!


“ビシィッ!”


“バシッ!”


激しく肉と肉がぶつかり合う音が、ほぼ同時に二発響いた!


斎賀が、左脚を上げて南部のローキックを受けたのである。


南部は、ローキックを止められた瞬間に脚を畳み、そこから最短の軌道で斎賀の頭部へハイキックを放った!


動きに一切の無駄も淀みも無い下段と上段への二段蹴りだ。


驚異的な反射神経と身体能力を有するヴァンパイアが放つと、二段蹴りではなく同時に二発蹴りを放った様にしか見えない。


だがその芸術的とも言える二段蹴りも、斎賀には通用しなかった。


渾身の力を込めて放った二発目のハイキックが、斎賀の左腕と右手でガッチリと受け止められていたのだ。


次の瞬間、南部が脚を戻すより速く、斎賀が南部の膝に右手を掛けると、上から押さえる様に一気に叩き折った!


“バキィィッ!”


「グエェェェーーッ!」


凄まじい絶叫と共に、南部は地面に転がった。


見ると、右脚の膝から先が有らぬ方向へ曲がっている。


南部の膝は、完全に砕かれていた。


“あががががががが”


南部は、地面で翻筋斗を打った。


右腕の肘から下を喰い千切られ、今また右脚の膝を砕かれたのだ。


南部は、あまりの激痛に全身を痙攣させていた。


幾らヴァンパイアとは言え、痛みを感じるのは人間と同じだ。


しかもこれ程の損傷を負えば、再生どころではない。


戦闘力が違い過ぎる。


獣人とは、これ程の物であったのか……。


南部は、完全に戦意を喪失していた。


「たっ、助けてくれ……。頼む……」


南部は、激痛に震える声を絞り出すように命乞いをした。


だが斎賀は、南部を見下ろしたまま何の反応も示さない。


「た、頼む……」


更に南部が懇願する。


“ガヒューッ”


斎賀が大きく息を吐いた。


纏っていた妖気が、急激に萎んで行く。


全身にびっしりと生えていた獣毛がずるりと抜け落ち、濡れた地面に小山を作った。


 迫り出していた上下の顎も、徐々に元の形へと戻っていく。


だが人間の姿には戻ったとは言え、元々無表情な上にゴツゴツと角張った顔に細い爬虫類を思わせる目付きで、異様な迫力を持った男ではあったが、髪の毛や眉毛、睫毛に至るまで全ての体毛が抜け落ちてしまった為に、更に不気味で人間離れした顔に見える。


Tシャツは胸の辺りから縦に裂け、ブルージーンズも腿から膝に掛けて裂けていた。


しかも降りしきる雨でぐっしょりと濡れ、肌にべったりと張り付いている。


地面に蟠っていた体毛も、雨に流され辺りに散らばっていた。


ただ噛み千切られた南部の腕だけが、ごろりと足下に転がっている。


斎賀が無表情のまま平然と南部を見下ろしているのに対し、南部はずぶ濡れで地面に転がったまま、怯えた表情で斎賀を見上げていた。


「たっ、助けてくれるのか……?」


南部は怯えながら訪ねた。


「さあな……」


斎賀は、にべもなく答えた。


そして地面にままの南部に向けて、ゆっくりと一歩踏み出した。


「まつ、待て! 待ってくれ!」


南部は、慌てて叫んだ。


叫びながらも、“ずりずり”と自由の利かない身体を引きずる様に後退っている。


斎賀が無表情のまま更に一歩踏み出した。


「待て! な、何故、何故獣人が光牙様に付いている? 獣人族の隠れ里を襲い、貴様の仲間を滅ぼさせたのは、他ならぬ光牙様なんだぞ!」


少しでも時間稼ぎをする為、南部が必死に叫んだ。


その甲斐あってか、斎賀の歩みが止まった。


「何故俺が、光牙に付いているかだと?」


斎賀が表情を変えずに言った。


相変わらず口調に抑揚が無い。


「そ、そうだ! 貴様とて獣人族が滅んだ経緯を知らぬ訳ではあるまい!」


「ふっ、何も知らないのはお前の方だ」


斎賀がぼそりと言った。


「何?」


「光牙に村を襲わせたのは、実は俺なのだ。十八年前、村に真の八尺瓊勾玉が有る事を教えたのも、光牙に村を襲うよう進言したのも俺だ!」


斎賀は、何故か憎悪に満ちた表情で、思いもよらぬ言葉を吐いた。


同族を裏切る……。


南部には、些か信じがたい話であった。


「だが……、何故同族を裏切るような真似を……」


南部は、襲い来る激痛を堪えながら、息も絶え絶えに訪ねた。


既に、少し“渇き”の症状も出始めているらしい。


「何故だと? お前には関係無い事だ。だがまあ良い、冥土の土産に教えてやろう。俺は……、俺はあの村が嫌いだった……」


斎賀がしみじみと言った。


そして嫌な過去を思い出すかの様に、普段の無表情とは違い苦い表情で先を続けた。


「俺は、幼い頃からこの顔のせいで酷い虐めにあった。獣人族でありながら、この爬虫類の様な細い三白眼とエラの張った四角い顔。そして何より、俺は獣人と人間との混血だったからだ……」


「獣人と人間の混血……」


「そうだ。俺は獣人の母親と人間の父親の間に生まれた混血だ! 俺の母親は、人間の男と駆け落ちして村を捨てた。だが俺を産んだ後、男は母親の前から姿を消した。後で聞いた話だが、他に女が出来たかららしい。それで母親は、当麻家の奴等に説得され、生まれたばかりの俺を連れて村に戻った。だが村の奴等は冷たく、母親は男に裏切られた悲しみと、村の奴等から受けた仕打ちの為に自殺した……。だがそのせいで、俺が周りからどんな目で見られ、どれ程辛い思いをしてきたか分かるか!」


斎賀は、滾る憎悪で顔を歪め、怒りに拳を震わしながらいつになく感情的な話し方で語った。


「そ……、それが理由か……?」


南部は、弱々しい声で訪ねた。


「それが理由かだと!? 確かにそれも理由の一つだが、そんな事で俺は同族を裏切ったんじゃない。俺を残し自殺した女の事などどうでも良い。たが、周りから虐められていた俺に、いつも優しくしてくれた一人の女が居た……。その女は、村長の娘で名前は“沙耶”と言った。沙耶は、こんな人間と獣人の混血で醜悪な顔をしている俺に、いつも優しく接してくれた。だから俺は、守部の一族でもないのに、沙耶を護れる男になる為必死で自分を鍛え上げた。そしていつか、沙耶を嫁にするつもりだった……。そうだ、あの男が村に来るまでは!」


「あの男……?」


「そうだ! あの忌々しい“御子神恭介”が来るまでは!」


斎賀は、唾棄する様に言った。


「み、御子神……恭介……だと……」


「そうだ! 約二十年前のある日、あの男は突然村にやって来た。貴様らヴァンパイアに追われてな……。奴がどうやって知ったのか知らないが、奴は村に真の三種の神器の一つ、真の八尺瓊勾玉が在る事を知っていた。そして貴様らヴァンパイアが、真の三種の神器を探している事を村長に知らせたのだ。それから奴はヴァンパイアのクセに村で暮らすようになり、事もあろうに沙耶を、生涯でただ一人、俺が惚れた女を奪いやがった! だから俺は、同族を裏切ったのだ。母親を自殺に追いやり、俺を虐げた村の奴等と、俺があれ程愛していたのに俺を裏切った沙耶、そして俺から沙耶を奪ったあの御子神恭介へ復讐する為に。その為に貴様らヴァンパイアを利用したのだ!」


「そ……、そんな事の為に……」


「そんな事だと? お前に俺の気持ちが分かる訳がない! 俺は、真の八尺瓊勾玉が村に在る事を光牙に教えてやった。帝都グループが、貴様らヴァンパイアのダミー会社である事も、その実質的な支配者が、貴様らヴァンパイアの総帥である闇御前の息子だと言う事も知っていたからな。光牙の奴は直ぐに話に乗って来たよ。だから俺は、まず防人である当麻の一族を皆殺しにして、それを獣人族の仕業に見せ掛けた。そして光牙が裏で政府を抱き込み、奴等が送り込んだ強化人間共を手引きしたのも俺だ。そして、一番殺したかった御子神恭介には逃げられたが、沙耶は、俺を裏切った沙耶は、俺がこの手で殺した。どうせ手に入らないのなら、俺がこの手で殺すしかなかった……。そして俺は、沙耶を喰らった……。沙耶の乳房……を、沙耶の女陰を……、沙耶の手足を……、沙耶の肉全てを喰らったのだ。そうして俺は、やっと沙耶を手に入れる事が出来たのだ!」


斎賀は、血の涙を流していた。


叩き付ける様な雨が、斎賀の頬を伝う赤い涙を洗い流して行く。


斎賀は、これ以上涙が流れぬ様に空を仰いだ。


依然空一面を分厚く覆った雨雲からは、大粒の雨が溢れ落ちて来る。


“グルルルル……”


その時、下から獣が喉を鳴らす音が聞こえた。


見ると、南部の形相が一変していた。


顔に青黒い斑模様が浮かび、目が赤く充血している。


しかも目の焦点が合っていない。


牙が更に長く伸び、全身で呼吸するかの様に呼吸が荒くなっていた。


“渇き”だ!


しかもかなりの進行状態である。


最早理性は無論の事、自我さえ失っているらしい。


“ガアァァァァァッ”


南部が、獣の様に吼えた。


凄まじい形相だ。


まさしく悪鬼である。


斎賀が自らの事を語っている内に、どうやら“渇き”に支配されてしまったらしい。


この雨のせいで気が付かなかったが、恐らく斎賀に噛み千切られた傷から流れ出た血の量が予想外に多量だった為、早い段階で規定値を超えてしまったのであろう。


既に痛みを感じていないのか、また“渇き”のせいで意識と痛覚が切り離されてしまったのか不明だが、南部は折れ砕かれた膝のままで、ゆらりと幽鬼の様に立ち上がった。


膝が砕けている事でどうやら踏ん張りが利かない様だが、それでも揺らぎながら何とかバランスを取りながら立っている。


腕の出血は既に止まっていた。


南部は、ゾンビの様な緩慢な動きで、のっそりと斎賀に近付いて来る。


本来であれば、“渇き”に支配されたヴァンパイアはリミッターが切れた様な素早い動きを見せるのだが、南部の場合は出血の量があまりに多量であった為、その状態すら超えてまさに動く屍の状態になってしまったらしい。


腕の出血が止まったのは、ヴァンパイアの再生治癒能力に因るものではなく、どうやら身体を廻る血液そのものが流れ出てしまったからのようだ。


「不様な……」


斎賀はぼそりと呟き、南部に向けて鋭く踏み込むと、凄まじい突きを南部の顔面に打ち込んだ。


“グジャ!”


肉と骨が砕ける湿った音を響かせ、南部の頭部が柘榴の様に弾け飛んだ。


粘性を帯びた血と肉、そして夥しい脳漿を地面に撒き散らし、南部は“どっ”と後ろに倒れた。


斎賀は、冷めた目で南部の遺体を見下ろすと、“ぺっ”と唾を吐き掛けた。


降りしきる大粒の雨が、この惨状を覆い隠す様に全てを洗い流していった。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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