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 光牙は、贅の限りを尽くした豪華な設えの部屋に居た。


 豪華とは言え、派手さとは無縁の落ち着いたたたずまいの部屋だ。


 家具や調度品に至るまで、全て高価なアンティークで彩られている。


 年季の入った、暖かな木の色合いが部屋全体を覆い、豊かな風格を称えている。


 この部屋は、今恭也が闇御前と会っている『帝都ビル』の五十階に設けられた『帝都ホテル』の客室の一つだ。


 先程恭也と十兵衛が着替えを済ませ、上層階へ上がる為に乗ったエレベーターのある特別な部屋ではなく、同じ階ではあるが人間も宿泊可能なVIP専用のロイヤルスイートルームである。


 この部屋に宿泊客がいない時、光牙は良くこの部屋を利用していた。


 上層階へ上がるエレベーターが備えられた特別室は、同族及び関係者専用の部屋であり一般の客が利用する事は皆無だが、常に二名の『使いファミリア』が警備員として室内に常駐している上に、他にも監視カメラや盗聴器などの警備システムが各所に仕掛けられている為に、それらを嫌う光牙は、人間用に設えたこのVIP専用のロイヤルスイートを利用するのである。


 光牙の他にも、地方に住むヴァンパイアが所用で上京した際には、この部屋に宿泊させる事が多かった。


 光牙は、三十畳はあろうかと思われる広いリビングの中央に置かれたアンティークなソファに、ゆったりと優雅に腰を下ろし電話していた。


「貴方らしくない、とんだ失態ですねぇ。では貴方は、私が頼んだ件を何一つ果たせないまま、おめおめと退散して来たと言う事ですか?」


 光牙は、冷ややかな口調で叱責を浴びせた。


 その響きには、氷の様な冷徹さが滲み出ている。


『も、申し訳ありません! ど、どうかお赦し下さい!!』


 電話の相手は、極度に怯え必死に詫びた。


 その証に声が震えている。


「しかし何も果たせぬでは、子供の使いと同じではありませんか?……」


『で、ですが、思わぬ邪魔が入りましたので……』


「邪魔? おかしな事を言いますねぇ。相手は我々の宿敵の総本山とも言うべき高野山です。それなりの警備も張られているでしょうし、邪魔や妨害が入る可能性があるのも当然の事。その上で秘密裏に任務を遂行する為に、わざわざ貴方に陸自の特殊部隊の者を同行させたのですよ」


 光牙は、皮肉たっぷりな慇懃な物言いで言い放った。


『それは勿論重々承知しております……。ですが、我々が到着した際乗り入れた駐車場に正体不明の輩が潜んでおりまして……。その者が我々の邪魔邪立てをしたのです……』


「正体不明の輩? 潜んでいた? おかしな事を言いますねぇ。高野山の坊主ではないのですか?」


 そう言って光牙は、不穏な表情で眉を潜めた。


『いえ、坊主ではありません。その者が言うには、その者の連れが高野山の坊主に会いに来ていたらしく、その連れの帰りを駐車場で待っていたらしいのです。しかもその男は、人間ですらないようで……』


「ほう、人間ではないと……。何故そのような事が言えるのですか?」


光牙は、興味を引かれた様な面持ちで尋ねた。


『はい。その男は私がヴァンパイアだと言い当て、更にあのスピードとパワー……。とても人間技とは思えません。更に銃弾を受けた傷が、見る見る内に治癒してしまったのです』


電話の相手=南部は、光牙の口調が変わったのに気付き、少しでも罪を逃れようと捲し立てた。


「それ程の治癒能力となれば貴族か生成りと言った所でしょうが、まさか同族を襲う者がいるとも考え難いですしましてや同族の者が我等の宿敵たる高野山に汲みするなどとても考えられません」


『では強化人間か何かでは……?』


「いえ、現在この国で強化人間の研究を行っているのは、我等が出資している極秘の研究機関だけの筈です。ですがそれだけに、その者が何者か気になる所ですねぇ……。ですが……」


そう言って光牙は、思案気に言葉を区切った。


そしてひと息置いた後……、


「ですがその者が何者であったにせよ、貴方達が失敗を犯した事に変わりありません。それで貴方に付けた特殊部隊の人間達はどうしたのですか?」


光牙は、再び冷徹な口調に戻し、事も無げに言い放った。


『はっ、はい……。全員その男に……』


南部は、然も言い難そうに言葉を澱ませた。


「まさか全員殺されたと言うのですか? ではその者達の遺体はどうしたのです?」


光牙は、冷徹極まりない口調でさらりと言い放った。


『も、申し訳ありません……。その男との闘いの最中、高野山の坊主共が邪魔に入りまして……』


「ではまさかそのままにして来たと言う事ですか? あの者達の遺体をそのままに、貴方達はおめおめと逃げ帰って来たとでも言うのですか?」


光牙の言い方は、にべも無い。


『は、はい……。ですが……、その責任は無論私にもありますが、あの斎賀は、我々に加勢する事も無く何もせずただ車の中から事の成り行きを見ていただけなのですぞ!』


南部は、自らの責任を少しでも軽くしようとする為か、責任を押し付けるかの様に斎賀の非を鳴らした。


「そうですか……、それは問題ですねぇ。それで斎賀は、今そこに居るのですか?」


だがあくまで光牙の口調は変わらない。


『いえ、今はトイレに行くと申しまして席を外しております』


「そうですか。ですが、これで高野山の坊主共も更なる警戒を強める事でしょうし、この度の高野攻めが難しくなった事は間違いありません。それにあの者達は、戸籍上は既に死人なのですから、彼等の遺体から身元が割れる心配はまず無いでしょうが、今回の事で高野山のみならず『内調』や『C・V・U』が乗り出して来るのは必定です。大事の前のデリケートなこの時期にとんでもない失態を犯してくれたものですねぇ。これはもう、貴方や斎賀の命等で償える程度の事では済みませんよ」


光牙は、いつも涼しげなこの男にしては、語気を強めて言った。


“ゴクリ”


南部は、思わず息を飲んだ。


「貴方達にも責任は取って貰いますが、今は一刻も早く次の手を打たねばなりません。こうなった以上、高野山攻めを急がねばなりませんからね」


『……』


南部は、自責の念と後悔、そしてこの後に来る自らの運命を思うと、もう弁解すべき言葉も見付からなかった。


「とにかく今は此方へ戻ってきなさい。その後で貴方達二人への処罰を下します。分かりましたね」


光牙は、普段の冷静な口調に戻し、ただ淡々と伝えた。


南部は、その光牙の口調から、逃れられない自分の行く末を覚悟した。


『分かりました……。これから急ぎ東京に戻り、光牙様のご命令に従います。ですが……、どの道責任を取らなければならぬのであれば、斎賀は、斎賀だけは、どうか私の手で処分させて下さい!』


南部は、自分の最後の望みを嘆願した。


その言葉は、まさに血を吐くような、鉄の固さを持った意志の表れであった。


「……」


光牙は、少し考えを巡らせた後、ゆっくりと、口を開いた。


「……、分かりました……。良いでしょう。貴方が以前より斎賀を快く思っていない事は知っていました。その上で貴方と斎賀を組ませたのは私のミスです。では斎賀を処分した後、急ぎ東京に戻りなさい。斎賀を処分し、死体を誰の目にも触れぬよう処分出来たのであれば、全ての責任を斎賀が負ったものとして貴方の責任は問わない事にしましょう」


『ほ、本当ですか! 有り難う御座います、有り難う御座います! 斎賀を処分したら急ぎ東京へ戻り、光牙様の為に、助けて頂いたこの命に掛けてお仕え致します!』


南部は、嬉々として言った。


込み上げる安土と喜びにうち震え、思わず早口になっている。


「では斎賀の遺体は、必ず誰の目にも触れぬよう確実に処分しなさい。分かりましたね」


光牙の言葉には、氷の様な冷徹さを含んでいた。


『はい、それはもう重々心得ております』


「では斎賀を処分したら、一刻も早く戻って来なさい。東京で待っていますよ」


そう言って光牙は、南部の返事を待たずあっさりと電話を切ってしまった。


携帯電話をテーブルに戻し、血の色をした赤いワインをゆっくりと口に流し込んだ。


「愚かな……」


光牙は、ワインを喉に流し込むと、誰に言うともなくぼそりと呟いた。


そして再び携帯電話を手にすると、慣れた手つきで目当ての番号を呼び出し、発信ボタンを押した。


深夜であるに関わらず、三度目のコールで相手が電話に出た。


『はい藤巻です』


電話の相手=藤巻は、まるで起きていたかの様なハッキリとした口調で名乗った。


「こんな時間にすみませんねぇ。寝ていましたか?」


『大丈夫です。それより光牙様、この様なお時間にお電話を頂くと言う事は、南部達に何かありましたか?』


藤巻は、恐らくは寝ていたに関わらず受け答えに一切の淀みがない。


「さすがは藤巻、察しが良いですねぇ。今南部から連絡がありましたが、どうやらとんでもない失態を犯してくれたようです」


光牙は、今が重大で深刻な事態である筈なのに、何処か涼しげで、この緊急な事態を嘲るかの様に言った。


『では、早急に次の手を打つ必要が生じたと言う事ですね……』


「その通りです。貴方は察しが良くて助かります」


『で、光牙様は今どちらにおみえですか?』


藤巻は、テキパキと必要な事だけを質問した。


恐らくは、光牙に対し非礼の無いよう電話での受け答えをしながらも、実際に頭の中では今起きている事態の予測と、その為に講じる幾つかの手段とを、高速で考えを巡らせているに違い。


「今は帝都ホテルに居ますが、これからマンションの方へ移動します。どれ位でこれますか?」


光牙のどれ位とは、今の事態における情報の収集と、その為に講じる具体的な手段を纏めるのにどれ程の時間が掛かるのかと言う意味合いを含んでいる。


『今の状況の詳細が分からなければ何とも言えませんが、どの道取りうるオプションは限られています。二時間もあれば、そちらへ伺えると思います』


光牙の意図を正確に理解している藤巻は、直ぐ様的確に答えた。


「さすがは藤巻です。ではマンションで待っていますよ。何よりも今からは時間との勝負になりますからねぇ」


『承知しております。では後程……。急ぎますのでこれで失礼致します』


そう言って藤巻が、静かに電話を切った。


光牙も電話を切り携帯電話を置くと、グラスに残っていたワインを一息に飲み干した。


「さて、斎賀が何と言って電話をして来るか楽しみですねぇ……。ククク……」


光牙は、この様な事態にあっても、さも愉しそうに低く笑った。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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