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     3

 そこは、新宿のど真ん中にあった。


 東京都庁の側に聳え立つそのビルは、眼下に都庁を見下ろしている。


 それもその筈で、このビルの持ち主は、東京都知事など問題にもならぬ程の地位と権力を持ち、古から日本の闇の頂点に君臨している人物なのだ。


 高さ約三百メートル、地上五十八階・地下六階のビルには、地上の低層階を売り場面積日本一の『帝都百貨店』が占め、中層階には『帝都グループ』のオフィス、高層階にも『帝都グループ』傘下のホテルが入り、完全に『帝都グループ』のみで占有されたビルである。


 このビルに来た事は無かったが、良くTVで取り上げられる有名なビルだ。


 まさかこんな都会のど真ん中の超高層ビルの中に、奴らのアジトがあるなんて想像もしていなかった。


ーーったくこの国はどうなってやがんだ?


 さすがに俺は呆れた。


 そうして俺達は、車を降りてビルの中へ入ると、俺と会いたがっていると言う奴がいる最上階へと向かう為エレベーターに乗った。


 実際ホテルとしては五十階までで、その上の階へ一般人は上がれない構造になっている。


 五十一階以上へ上がる為には、通常のエレベーターで一度地下五階まで降りて、その後警備員が脇を固める扉の向こう側にある直通のエレベーターに乗り換えるか、五十階にあるホテルのVIPルームに入り、部屋の奥に隠された秘密の扉から上に上がる為のエレベーターに乗り換える必要があった。


 しかもそれらのエレベーターに乗る為には、警備員の厳重なチェックや、カードと暗証番号の入力を必要とする電子ロックを解除しなければならない。


 俺達は、ホテルの客用エレベーターに乗り込み、フロントのある階を通り越して五十階で降りた。


 エレベーターを出ると、通路の一番奥にあるVIPルームへと入り、雨に濡れた服や下着等を十兵衛の部下が用意した物に着替えた。


 濡れた服は、どうやら俺が帰るまでにクリーニングしておいてくれるらしい。


 十兵衛の部下が用意したのは、長袖の白いYシャツと黒のスラックスであった。


 下着が白いブリーフってのが戴けないが、まあノーパンよりはマシだろう。


 ついでに濡れた靴や靴下も履き替えさせられた。


 至れり尽くせりだが、如何せん趣味が悪過ぎる。


 だが、何時までも雨に濡れた服を着たままでいるよりはマシだ。


 俺達は、用意された服に着替え終わると、部屋の奥に隠された秘密の扉から、上の階に上がるエレベーターに乗った。


「ここから上は、我々が占有している階だ」


 十兵衛は、五十八階のボタンを押しながら言った。


「じゃあここから先はヴァンパイア共の“巣”と言う訳か?」


「“巣”とはご挨拶だな。確かに此処は、我々夜の眷属者達が住む居住区も一部存在するが、殆どは我々の為の施設や広間、それに様々な組織のオフィス等に使われている」


「施設? それにオフィスだぁ?」


「そうだ。我々にも我々独自の社会が存在する以上、その社会を円滑に運営する為の様々な組織があるのは当然の事で、ここにはそれぞれの組織を運営する為のオフィスが入っているのだ。言わば我らの中枢よ」


「中枢ねぇ……。じゃあテメエらのお仲間は何処に住んでるんだ?」


「ここにもそれなりの部屋や施設は用意されているが、主だった貴族達は、自らの配下の屍鬼達と共に都内だけではなく各所に建てられた『帝都グループ』所有のマンションやビル等に暮らしている」


「な……」


 俺は絶句した。


ーー何てこった。


ーー想像と全然違うじゃねえか。


 テレビや映画に出て来るヴァンパイアと言えば、だいたい古い城に召し使いと二人で隠れ住んでいて、昼間は棺で眠り夜になれば町に出て人間を襲うってのが相場だ。


 最も最近では、ヴァンパイア達が集団で出て来る話も多々あるが、それでも廃屋や地下の太陽の当たらない場所に人目を忍んで隠れ住んでいるイメージが強い。


 そう言ったシチュエーションが、ヴァンパイアの不気味なイメージ作りに一役買っていて、子供心にビビってたモンだ。


 だがつい最近の映画では、ヴァンパイアが人間の様な社会を営み、近代的なビルに集団で暮らしている話が多く、あまりに昔映画で見たヴァンパイアのイメージから掛け離れていて、内容がすげえ面白かった割には不気味さや怖さが減って何処か興ざめしたのを覚えている。


 だが此処には、あの映画と同じ世界が現実に存在していた。


 しかも、日本最大のグループ企業を裏から支配してやがるのだ。


 確かに爺や久保のオッサン達から、ヴァンパイアにも組織があるって話は聞かされていたが、これは流石に想像を超えていた。


「いったい何人くらい居るんだヴァンパイアは……?」


「実際何人かと問われても俺は正確な人数を知らぬ。ただ『貴族』と呼ばれる者は四十名にも満たず、しかもその殆どが俺やお前の父親の様な『生成り』と呼ばれる者達だ。その他にお前も知っている飯沼昭二の様な『屍鬼』と呼ばれる者達が居るが、その者達は数が多い為正確な人数は分からぬ。だがニ百や三百でない事は確かだ」


 十兵衛は平然と答えた。


ーーチッ、以外と多いじゃねえか。


 俺は舌を鳴らした。


 もっと少ないかと思っていたが、想像したより数が多い。


 そう考えた瞬間、静かにエレベーターが五十八階で停止し、軽い電子音がエレベーター内に響いた。


「着いたぞ」


 十兵衛が言った。


 扉が“スーッ”と開く。


 十兵衛は俺を先に促すと、俺の後に続いてエレベーターを降りた。


ーーな、何だ? 庭があるじゃねえか!?

 俺は一瞬目を疑った。


 エレベーターを出たそこは、何と日本庭園に改造されていたのだ。


 八メートルはある高い天井は、全体の三分の一程がガラス張りになっていて、残りの三分の二には幾つものダウンライトが灯されフロア全体を薄暗く照らしていた。


 三方向を囲む壁にも巨大なガラスが何枚も嵌め込まれ、外の夜景が見える様になっている。


 これらの窓は、この庭に植えられた樹木の為の明かり取りの窓なのだろう。


 最も今は、その半分近くがシャッターで覆われていた。


 とにかく広いフロアで、横幅三十メートル、奥行きで五十メートル程もあるフロアの床には、多量の土がこんもりと盛られ、表面がしっかりと苔むしている。


 しかもどうやって根を下ろしているのか定かではないが、松や四季折々の樹木等が何本も植えられていた。


 しかもそれらの木々は、最小限人の手を加えただけでまるで最初からそこに生えていたかの様に植えられている。


 十兵衛の話によると、こう言った茶室の庭は“露地”と言って、樹木は出来るだけ自然のまま山の趣を残すのが良いらしい。


 だが、流石に此処はビルの中なので、人が管理をしない事には大変な事になってしまう。


 その為に人の手を加えているのだが、それも最小限枝を刈る程度に留め、自然の趣を大切にしているらしい。


 庭の入口には、二人の男が行く手を遮る様に立ち並んでいた。


 見渡せば、庭のあちこちにも同じ様な男達が何人も立っている。


 皆黒いスーツを着込み、黒いサングラスを掛けていた。


 どいつもこいつも背が高い上に体格が良い。


 目の前に立ちはだかる二人の男達は、少し足を開いて後ろに腕を組んだまま、直立不動の姿勢で立っていた。


 どうせ此処の門番だろうが、人間かどうか定かではない。


 十兵衛は、何も言わず男達に近付いた。


「お帰りなさいませ十兵衛様。先程から御前様がお待ちです」


 そう言って男達は左右に分かれ道を譲ると、深々と頭を下げ俺達を中へと誘った。


「ご苦労」


 十兵衛は男達に一言声を掛けると、俺に先立って簡素な門を潜った。


 俺も後に続く。


「なあ十兵衛、あいつらもヴァンパイアなのか?」


 俺は周りに立つ男達に目配せをしながら、前を行く十兵衛の背中に声を掛けた。


「ああそうだ。夜はあの者達が御前様のボディガードをしている」


 十兵衛が答えた。


 露地は、フロアの奥にある茶室へと続いていて、大きく平たい石が規則正しく埋められている。


 これは飛石と言うらしい。


 俺は、十兵衛に先導され飛石の上を歩いて行った。


 道の脇には、石で出来た灯籠があり中には火が燈されている。


 露地の先には、一軒の小さな茶室が建てられていた。


 桧皮葺とか言うらしい屋根を張った四角い木造の建物だが、俺に言わせればただのボロい掘っ建て小屋にしか見えねえ。


「しっかしこれが、ビルの中だとは信じられねえなあ……」


 俺は、辺りを見回して“ぼそり”と漏らした。


「ここは、御前様が以前お住みだったお屋敷の茶室を、このビルが建てられる際にそのまま移築したものだ」


 十兵衛が言った。


「だがこのビルの構造はどうなってんだ? このフロアに掛かる重量は相当なモンだろう。良く床が抜けねえな」


「俺も詳しい事は知らぬが、この階の床や壁はかなりの重量や衝撃に耐えられる様に設計されているらしい」


「しかしまあ新宿のど真ん中の、しかもわざわざ最上階のフロアにこんな物を造るとは、金持ちのする事は訳が分かんねえぜ……」


 俺はぼやく様に言った。


 十兵衛は、このフロア全体で四百五十坪以上はあると言ってやがったが、地上三百メートルのビルの最上階に庭だの茶室だのを移築するなんてバッカじゃねえのか?


 だいたいこんな見晴らしの良い場所なら、夜景の見えるゴージャスな部屋に改装して、広いジャクジーや豪華なベッドを置いた方がよっぽど良いに決まってるじゃねえか。


 新宿の夜景を見下ろし、毎晩違うイイ女とドンペリのロゼでも飲みながらジャクジーに浸かり、広いベッドの上でヤリまくる。


 最高じゃねえか!


 相手は……まず『キャンディ』の明美に『ラバルブル』のミドリちゃん……。


 それにラウンジ『桜』の舞ちゃんに、他には……。


 もう想像するだけで、誰とどんなシチュエーションで、どんな体位で“ヤル”か幾らでも妄想が浮かんで来る。


 俺は、迂闊にも妄想を膨らませ“ニンマリ”と笑っちまった。


「さあ此処だ」


 十兵衛の野郎が、俺の楽しい妄想タイムを邪魔しやがった。


“チッ”


 俺は舌を打った。


「ん、どうした?」


十兵衛が、俺の舌打ちを耳にして尋ねる。

「ケッ、何でも無えよ」


 俺は吐き捨てる様に言った。


「そうか、では入るぞ」


 そう言って十兵衛は、木々を格子に組んだ簡素な作りの門を押し開けて中に入った。


 茶室の入口の前には、一人の若いイイ女が俺達を出迎えていた。


「お待ちしておりました十兵衛様。先程から御前様がお待ちです」


 そう言って女は頭を下げた。


 しかしイイ女だ。


 歳は二十五~六歳と言ったところか。


 身体のラインが分かる程にピッチリとした黒いスーツを身に纏い、膝までのタイトスカートの下には、スラリと伸びた長く細い脚が見て取れる。


 如何にも、大企業の有能な美人秘書と言った感じだ。


 黒く長い髪は頭頂部でアップに束ね、ほっそりとした色白な顔には赤く細いフレームの眼鏡を掛け、奥に覗く切れ長の瞳には知的な色が浮かんでいる。


 高く通った鼻筋と相俟って一見冷たそうにも見えるが、“ぽってり”としたむしゃぶりつきたくなる様な紅い唇が、この女に愛嬌を与えていた。


 とにかく俺の知っている女達とは、また違うタイプのイイ女だ。


ーークソッ、ヤリて~!


 俺様のやんごとない代物に、身体中の血液が一気に流れ込むのを感じた。


 女は、俺のエッチな視線に気が付いたのか、俺を見てニコリと笑った。


ーーク~ッ、御前とか言う野郎、こんなイイ女を侍らせてやがって!


 俺は、妬みと羨ましさで頭に血が昇った。


「ではこちらへどうぞ」


 女は、涼しい顔で俺達を誘った。


 俺と十兵衛も女に続く。


 女は茶室へ上がると、襖の前で膝を揃えて座った。


 十兵衛も、女の後ろで片膝を着いて屈んだ。


「御前様、十兵衛様がお見えになりました」


 女が先んじて中に声掛ける。


「入りなさい」


 すると、襖の向こうから嗄れた老人の声が聞こえた。


 嗄れてはいるが、はっきりとした口調で撥音にも濁りが無い。


「失礼します」


 そう言うと、女は両手を添えて静かに襖を開けた。


 そこは、ひどく暗く狭い部屋であった。


 明かりは、畳の上に置かれた二本の燭台に灯る蝋燭の明かりのみで、部屋の奥には濃い闇が蟠っている。


 その燭台の明かりに、小柄な老人の姿が浮かび上がっていた。


 漆黒の着物を纏い、歳の割りには背筋を“ぴん”と伸ばしきちんと正座している。


 禿げ上がった頭には深い皺が何本も刻まれ、燭台の明かりが皺を更に濃い物にしていた。


ーーこの爺が俺を呼び付けたのか?


ーー十兵衛達に“御前様”などとたいそうな呼び名で呼ばれ、しかもヴァンパイア共の親玉だと言うからどんなにスゲエ化け物じみた奴が出て来るのかと思って期待していたら、こんな枯木の様な爺だとは些かガッカリだぜ。


 俺は腹の中で笑った。


「早かったですねえ。その者が、御子神恭介の息子ですか?」


 皺の様な爺の目が、俺を見て薄く開いた。


「左様です。この者が御子神恭也です……」


 片膝を着いたまま十兵衛が答えた。


「なかなか良い面構えですね。さあ、こちらに来なさい」


 御前とか言う爺が、穏やかな口調で俺達を招いた。


「ははっ 」


 十兵衛は畏まった様子で頭を下げると、後ろで立っている俺に振り返った。


「あの御方が、お前に会いたがっておられた御前様だ」


 十兵衛は俺を見上げながら言った。


「あ、ああ……」


 俺は曖昧に頷き、前に屈む十兵衛や女の脇を通って部屋の中に入った。


「そこに座るが良い」


 爺が俺に言った。


 囲炉裏を挟み、俺は爺の前に胡座を掻いて座った。


「十兵衛、お前も入りなさい」


 爺が十兵衛に声を掛ける。


「ははっ。では失礼つかまつる」


 十兵衛は、部屋に入り俺の横に座った。


 十兵衛も俺と同じ様に胡座を掻いている。


「他にご用はございませんか?」


 女が爺に声を掛けた。


「良い。下がっていなさい」


 爺は、女に目を遣って答えた。


「では、失礼致します」


 そう言って女は一礼すると、静かに襖を閉めた。


 そうして部屋の中は、俺と十兵衛、そして御前と呼ばれる爺の三人だけとなった。


 俺は爺を見詰めた。


 身体は小さく、まるで枯木の様な爺だが、間近に見ると異様に迫力がある。


「このお方が、この国に住む全ての夜の眷属を束ねておられる“闇御前”様だ」


 十兵衛が、俺に目の前の爺を紹介した。


 爺……、いや“闇御前”は、その深い皺だらけの顔に薄い笑みを浮かべ笑った。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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