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     2

 俺と十兵衛を乗せた車は、雨の中を都心部へ向けて走っていた。


 十兵衛に俺を捜させていた“ある御方”とか言う奴に会う為である。


 俺達は、車の後部席に並んで座っていた。


 あの後『ヘブンズ・ドア』のマスターに鉄二の事を頼み、気を失っている鉄二が風邪を引かない様に建物の軒下へ運ぶと、十兵衛が呼んだ車に乗り込んだのである。


 どうやら車を何処かに待機させていたらしく、十兵衛が呼ぶと5分も経たない内にやって来た。


 昨日あの廃ビルの前に止まっていた、黒塗りのメルセデスベンツS65L・AMGだ。

 俺と十兵衛は、びしょ濡れのままベンツの後部席に乗り込んだ。


 服が濡れているせいで、上質な皮張りのシートが妙にすべりやがる。


 俺は、窓の外を流れる夜景を見詰めていた。


 すると……、


「まさか昨日の男が、偶然にも御子神恭介の息子だったとは、正直驚いたぞ」


 ふと十兵衛が言った。


「へえ、そうかい」


 俺は窓の外に目を遣ったまま、ふて腐れた様に答えた。


「そう腹を立てるな。俺は、最初からお前の仲間や知り合いに危害など加えるつもりは無かったのだからな」


 宥める様に十兵衛が言った。


「だが実際は、鉄二と殺り合ってただろうが! それに幾らゾンビにされていたとは言え、俺のツレのシゲを斬り、しかも俺がブチ殺すつもりだったショウまでも殺りやがって!」


 俺は、十兵衛の顔を睨み付け声を荒げた。


「先程のあれは、あの男がお前を守る為に先に仕掛けて来たのだ。それに昨日の件も、あれが俺の仕事なのだ」


“ケッ”


ーー気に入らねえ。


ーーコイツの言ってる事は確かにその通りなんだろうが、とにかく気に入らねえ。


「まあ幾ら言い訳をしたところで、俺がお前の仲間や仲間の仇を斬った事は事実だ。許せよ……」


 十兵衛が素直に詫びた。


「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺の名は柳生十兵衛三厳……。最もテレビの時代劇や何かで、名前ぐらいは知っているかも知れぬがな……」


 十兵衛が言った。


「ああそうかい……」


 俺は生返事で返した。


 昨夜、獣吾や久保のオッサン達に聞かされていたから今更驚く事でもねえ。


「ほう……。俺の名を聞いて驚かぬとは、お前……、俺が最初から柳生十兵衛だと知っていたな?」


 十兵衛は、俺を“ギロリ”と睨んだ。


“!”


ーーしまった!


 俺は、自分自身の迂闊さを後悔した。


 恐らく昨夜の俺がそうだった様に、時代劇に出て来る有名人がヴァンパイアとして現代に生きていたとなれば、時代劇に興味の無い者でも驚くに決まっている。


 しかも隣に座っている男が、その柳生十兵衛本人ならばもっと驚いて当然だ。


 だが俺の反応はあつさりし過ぎていた。


 最初から柳生十兵衛と知っていた者の反応だ。


「俺の事を誰から聞いた?」


 十兵衛は、怪訝な表情を浮かべ聞いた。


「あ、ああ……。俺は時代劇には興味無いからよ……」


 俺は惚けた。


「昨日の獣人にでも聞いたか?」


 十兵衛が探る様に言う。


「別に誰からも聞いちゃいねえよ。確かにオメエの名前は何かで聞いた事あるが、俺は歴史や時代劇には興味無いんでな」


「そうか……。ではそう言う事にしておこうか……」


 十兵衛は、一瞬俺を探る様な目で見詰めたが、すぐに表情を取り直した。


「ならば質問を変えよう。昨日、あの後お前達はどうしたんだ?」


「どうしたも何も、オメエと殺り合ってたあの野郎は、オメエが居なくなった後少し殺り合ったが、すぐにどっかへ行っちまったよ」


 俺は、あくまでシラを切った。


「果たしてそうかな?」


 再び十兵衛が、探る様な視線を俺に浴びせる。


「な、何だよ。俺が嘘を付いてるとでも言いたいのかよ……」


 俺はしどろもどろに答えた。


ーークソ、そんな目で見るんじゃねえよ!


 ビビってる訳じゃねえが、頭が悪いせいか嘘を付くのはどうも苦手だ。


「お前は、俺が柳生十兵衛だと聞いても驚かなかった。それにあの男が獣人だと聞いた時も表情すら変えなかった。それは、お前があの男が獣人である事を知っていたからだ。それに昨日、俺はあの獣人に自分の名を名乗った。ならば俺の名は、あの獣人から聞いていたと考えるのが自然だ……。違うかな?」


「……」


 俺は黙るしかなかった。


「まあ喋りたくないのであればそれでも良い。ただ一つだけ聞かせてくれ。あの獣人はお前の知り合いか?」


「別に知り合いでも何でもねえよ。俺が、シゲを殺ったショウとか言うヴァンパイアをブッ殺す為にあのビルに行ったら、たまたまそこでオメエらが殺り合っていて、そこで初めてあの野郎を見ただけの事だ」


「そうか……。ではもう一度聞くが、あの後どうなったのだ?」


「さっきも言っただろうが! あの後少し殺り合ったが、直ぐに奴はオメエを追い掛ける様に何処かへ行っちまったってよ!」


 俺は、あくまでシラを切り通した。


 今は何も喋らない方が良い……。


 俺は、取り敢えず十兵衛が逃げた後に起きた事の顛末を話さない事に決めた。


 どんなカードでも、最後まで伏せておくに越した事は無え。


「そうか……」


 十兵衛は府に落ちぬ様子だったが、この件についてそれ以上は聞かなかった。


 しばらく沈黙が続いた。


 未だ降り続いている雨が、車の窓を激しく叩く。


 その向こうでは、煌々と灯る街灯が、勢い良く後方へと流れて行った。


「しかしお前は良い友人を持ったな」


 突然、十兵衛が独り言の様に、ぽつりと口を開いた。


「ああ……」


 俺は何気無く答えた。


 鉄二の顔が浮かぶ……。


ーー鉄二、済まねえ。


 俺は、心の中で鉄二に詫びた。


「あの男は、俺とお前を会わせぬように、命を賭けて俺に挑んで来たのだ……。俺がヴァンパイアと知っていながらな……」


 十兵衛の口調は、あくまでも穏やかだ。


「ああ……。分かってるよ……」


 俺もぼそりと返した。


「今時珍しい男だ。お前、あの男に我々ヴァンパイアの事を話したのか?」


「……ああ……、それも今朝な……」


 俺は答えを一瞬躊躇ったが、本当の事を答えた。


「今朝?」


 十兵衛が聞き返す。


「さっきも言ったが、昨日テメエが斬り殺したゾンビの中に、シゲって言う俺のツレが居た……」


「うむ、それはあの男からも聞いた」


「シゲは、アイツにとっても仲の良いツレでな、奴がシゲの行方を心配してたから、仕方なく奴にだけは真実を話たんだ……」


 俺の脳裏に、再び今朝の鉄二との会話が過ぎった。


「そうだったのか……。ではあの男は、お前がヴァンパイアだと言う事も知っているのか?」


「知っている。俺が話したからな……」


ーーまた嫌な事を思い出しちまった。


「ところでよ、オメエと俺の親父が知り合いだったって言うのは本当か?」


 俺は、先程の十兵衛の話を思い出し、話を変える意味も含めて聞き直した。


 十兵衛が、ふと遠い眼差しになる。


「知り合いどころか、恭介殿と俺は、共に酒を酌み交わし、技を競い合った仲だ」


「そうだったのか……。で、どっちが強かったんだ?」


「無論恭介殿だ」


 十兵衛はきっぱりと言った。


「へえぇ、伝説の剣豪“柳生十兵衛”よりも強かったなんて、何か信じられねえな」


「いや本当だ。お前の親父は、我等夜の眷属の中でも一番の強者だった」


 十兵衛は断言した。


「顔を見た事も無え親父だが、そう言われると何かこう……、少しは嬉しいモンだな」


「お前、父親の事は何も知らないのか? 昨日飯沼昭二が言っていたが、お前自身、自分がヴァンパイアだと言う事も知らなかったそうじゃないか?」


「ああ、俺がヴァンパイアだと言う事も、実の父親がヴァンパイアだったと言う事も、昨日知ったばかりだ」


 俺がそう答えた瞬間、車がスッと停まった。


 そこは、ある建物の前であった。


「着いた様だ。この事は、お前を待っている御方も必ずお尋ねになられる事だろうから、この続きはその時に聞くとしよう」


 そう言うと十兵衛は、車から降りるべく身構えた。


 運転していた男が素早く車を降りると、恭しい態度で後部席のドアを開けた。


 開いたのは十兵衛側のドアだ。


「降りるぞ」


 そう言うと十兵衛は、降りしきる雨の中へと車を降りた。


 俺も後に続く。


 そこは、テレビや雑誌にも取り上げられる有名なビルの前であった。


 見上げれば、空の遥か彼方まで聳え立つビルの先に、禍々しいまでにどんよりとした雨雲が、分厚い層となって夜空を厚く覆っていた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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