表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/119

     4

 鉄二と十兵衛は、降りしきる雨の中、彼我の間合いを取り対峙していた。


 『ヘブンズ・ドア』から少し離れた場所にある、倒産したボウリング場の駐車場の脇だ。


 ここは鉄二達『ブラッディ・クロス』の溜まり場になっている。


 先程富川達が集合を掛けていた場所も此処だったが、今は誰の姿も残っていなかった。


 実際何人集まったのかは分からないが、これだけ雨が降っていれば、鉄二が解散を命令した時点で即解散したか、或いは全員で他の場所に移動したに違いない。


 少なくとも今は、鉄二と十兵衛の二人だけであった。


 ボウリング場の壁は、『ブラッディ・クロス』のメンバー達の手で落書きが施されており、しかも殆どの窓ガラスは割られ廃墟の様相を呈している。


 無論電気等は通っておらず、駐車場に面した道路の街灯が、二人を淡く照らし出していた。


 手ぶらだった筈の鉄二が、今は右手に太い金属バットを握っている。


 此処は『ブラッディ・クロス』の集合場所であると同時に、喧嘩の為の武器の隠し場所にもなっているのだ。


 建物の中には、鉄パイプや木刀等の武器がまだ豊富に隠されている。


 鉄二が、この場所へ十兵衛を連れて来た一番の理由がこれであった。


 幾ら鉄二が強くても、武器も持たずヴァンパイアと闘う程愚かではない。


 だから武器の隠してある自分達のアジトへと十兵衛をおびき出しのである。


 しかしそのような事は、当然十兵衛も予測していた。


 この鉄二が、先程『ヘブンズ・ドア』の事を聞き出した不良達の仲間ならば、鉄二の行く先に仲間の不良達が徒党を組んで待ち構えているであろう事は予測の範疇である。


 だが十兵衛は、この状況を楽しんでいた。


 最も十兵衛にとって、武器を持った不良達が何人居ようとも何ら問題ではない。


 最初から事を荒立てるつもりは無いが、最悪の場合全員叩きのめした後、一人づつ順番に御子神恭也の事を聞き出せば良いのだ。


 しかも、御子神恭也が仲間であるなら、その場に来ているかも知れない。


 そうすれば捜す手間が省けると言うものだ。


 十兵衛はそう踏んでいた。


 だが、その意味で十兵衛の予測は大きく外れた。


 十兵衛が着いた先には、御子神恭也は疎か、誰ひとり居なかったのである。


 そう言った意味で、十兵衛は驚いていた。


 十兵衛が只者でない事は、先程『ヘブンズ・ドア』の事を聞き出した仲間から聞いて知っている筈だ。


 なのにこの鉄二独りだけとは、余程自分に自信が有るのか、または余程の愚か者としか言いようがない。


 十兵衛は、値踏みする様な目で鉄二の顔をしげしげと見詰めた。


「他に仲間が居るのかと思ったら、貴様ひとりか?」


 辺りを見渡し十兵衛が言った。


 この時、十兵衛は既に傘を閉じている。


 鉄二と同様ずぶ濡れだ。


「テメエ、ヴァンパイアだろ」


 鉄二は、凄まじい形相で十兵衛を睨み付けながら“ぞろり”と言った。


 一瞬、十兵衛は自分の耳を疑った。


 この雨のせいで聞き間違えたかと思ったのだ。


「何! 貴様今何と言った?」


 怪訝な表情で十兵衛が聞き直した。


「聞こえなかったのか? テメエはヴァンパイアかと聞いたんだよ!」


 鉄二が大声で怒鳴った。


 十兵衛は、今度こそ本当に驚いて残った目を見開いた。


「貴様、何故それを?」


 十兵衛が叫んだ。


「んな事はどうでも良いだろが!」


 鉄二が怒鳴る!


「小僧、貴様それを知っていながら、俺を此処へ連れて来たのか?」


「テメエを恭也に会わせる訳には行かねえからな」


「ふうむ……。やはり御子神恭也の知り合いか……」


 十兵衛は、今更ながらに納得した表情を浮かべた。


「だがそれにしても腑に落ちん。貴様は俺がヴァンパイアだと言う事を知っていて、それでも尚俺を此処へ連れて来た理由は何だ? 御子神恭也に会わせぬようにするなら、他に幾らでも方法があるだろうに……」


「ケッ、まだ分からねえのか。テメエを殺る為だよ!」


 鉄二が吠えた。


 鉄二から凄まじい殺気がうねる。


「俺を殺るだと? フン、笑止な。貴様如き小僧が俺を殺れるとでも思ったか。それに、貴様にとって御子神恭也は、命を懸ける程の大切な存在なのか?」


 十兵衛は、鉄二の殺気をさらりと受け流し言った。


「ああ、大切なダチだ……。だがそれだけじゃ無え。テメエらヴァンパイアは、シゲの仇なんだよ!」


「シゲ?」


 十兵衛は怪訝な表情を浮かべた。


「誰だ? それは……」


 十兵衛が訊ねる。


「シゲはなあ、テメエらの仲間に殺されて、ゾンビにされちまった俺のダチだ。何日か前に、恭也を呼び出す為に誘拐されたシゲは、そのままテメエらの仲間に生き血を吸われてゾンビにされちまった。ところが昨日、此処から少し離れた廃ビルで、他にもゾンビにされた連中や、シゲをゾンビに変えたヴァンパイアと共に、テメエらの仲間に殺されたんだよ。二度だぞ! 二度もシゲはテメエらヴァンパイアに殺されたんだ!」


 鉄二の殺気が爆発した。


「そうか……。昨日のゾンビは貴様の仲間だったのか……」


「何!?」


 鉄二の眉がピクリと跳ね上がった。


「昨日、あの廃ビルでその者達を斬ったのは俺だ」


 十兵衛は、“ぞろり”と言った。


「テメエが……、テメエがシゲを殺ったのか!」


 鉄二は、激しい怒気と共に、持っていた金属バットを振り被り十兵衛に襲い掛かった。


 十兵衛が“ひらり”と身をかわす。


 鉄二の金属バットが、唸りを上げて空を切った。


 だがそこには、既に十兵衛の姿は無い。


「チィィッ!」


 再び鉄二がバットを振り被る。


「この野郎ーーっ!」


 鉄二は、更に十兵衛の頭頂部を目掛けて、バットを二度・三度と繰り返し振り下ろした。


 だが、十兵衛にその様な攻撃が当たる筈が無い。


 四度目にバットを振り落とした時、バットの先が地面を叩き激しい金属音を立てた。


“グアッ!”


 地面を叩いた衝撃で手が痺れ、鉄二は思わず金属バットを放した。


 鉄二も、この様な大振りの攻撃がヴァンパイアである十兵衛に当たるとは思っていない。


 だが恭也から聞いていた、ヴァンパイアの弱点である頭部を狙う以外、勝ち目は無いと考えたのだ。


「ヘッ、やっぱ当たんねえか」


 鉄二は、地面に唾を吐いた。


 口の中にアドレナリンの味が広がる。


 鉄二は、地面に転がったバットを拾う事なく、両腕を持ち上げて構えた。


 両脇を締めた状態で、両腕の拳を目線の高さに上げ、爪先立ちになりながら片膝を曲げてリズムを取る。


 それを見た十兵衛は、“ホウ”と声を上げた。


 構えを見ただけで、鉄二の実力を読み切ったのである。


 先程の攻撃も、あまりに大振りな攻撃ではあったが、振り落とされた金属バットのスピードたるや尋常なものではなかった。


 しかも反応が早い。


 ヴァンパイアである十兵衛にとってかわすのは造作もなかったが、当たれば頭蓋骨を粉砕される程の威力は秘めており、しかも十兵衛でなければ掠るぐらいはしていたかも知れない。


ーーフッ、この小僧……、たかが不良と思っていたが……“ヤル!”


 十兵衛は“ニヤリ”と不敵な笑みを浮かべた。


「面白い小僧だ」


 十兵衛は、そう一言漏らすと、持っていた傘を手放した。


「何のマネだ、そりゃ?」


 更に鉄二の表情が険しくなった。


「相手をしてやろうと言うのだよ。俺が夜の眷属である事を知っていながら向かって来るとは、小僧ながら見上げた度胸だ!」


 十兵衛も、腰を落とし身構えた。


「行くぜ!」


 鉄二はそう叫ぶと、十兵衛に躍り掛かった。


 彼我の距離が一気に縮まる。


 鉄二は、素早い左ジャブの連打を繰り出した。


 しかし十兵衛が、頭を振って紙一重でかわす。


 次の瞬間、鉄二が右のローキックを放った!


 腰の入った素早い蹴りだ。


 だが十兵衛は、僅かに左脚を上げ、難無くそれをガードする。


 だが鉄二の右脚は、十兵衛にガードされた瞬間に軌道を変え、そのまま上段の回し蹴りへと変じた。


 唸る様な蹴りが、十兵衛の側頭部を襲う。


 直撃すれば、ヴァンパイアでさえ昏倒しかねない程の蹴りだ。


 しかし十兵衛は、その蹴りすら完璧に見切り、打撃を喰らう寸前で頭を後ろへスェーしてかわした。


 十兵衛の目前を、鉄二の右脚が吹き抜ける。


 蹴りをかわされた鉄二は、一瞬十兵衛に背を向ける恰好になったが、そのまま勢いを殺さず、右足を地面に着けた瞬間身体を捻り、十兵衛の腹部へと後ろ蹴りを放った。


 凄まじい連続技だ。


 しかし十兵衛は、咄嗟に後ろへ跳んで蹴りをかわした。


 再び彼我の距離が広がる。


ーー何でコイツは手を出さないんだ?


ーー俺を馬鹿にしてるのか?


 鉄二は、悔しさに歯噛みする思いだった。


 しかし、さすがはヴァンパイアだ。


 鉄二の連続攻撃が掠りもしない。


 鉄二は、実戦空手を標榜する『極武会空手』で二段まで行った程の腕前だ。


 最も空手自体は以前に辞めしまったが、最近はチームのOBの先輩が通っているキックボクシングのジムで、時々練習をさせて貰っている。


 しかもジムのオーナーからは、プロデビューしないかと誘われる程の実力だ。


 実際そのジムの中では、鉄二と互角に渡り合えられる選手は皆無だった。


「テメエ、俺から恭也の事を聞き出したいなら、俺を殺す気で来やがれ!」


 鉄二が叫んだ!


 明らかに十兵衛を挑発している。


「愚かな……。見所のある小僧だと思って手を出さずに来たが、貴様の口を割らせる方法なら幾らでもあるのだぞ」


 そう言った瞬間、十兵衛の奥に潜む“恐い”モノが、“ぞわり”と顔を覗かせた。


 鉄二は、“ゴクリ”と生唾を飲んだ。


 十兵衛が、凄まじいスピードで鉄二に襲い掛かる。


「チィィィィッ!」


 鉄二は、咄嗟に右ストレートを放った!


 鉄二の反射神経も並ではないが、十兵衛のスピードとは比べ物にならない。


 十兵衛は、最小限の動きで鉄二の突きをかわした。


“ぞくり”


 鉄二の背に冷たい物が走る。


 鉄二が突き出した腕を戻すより速く十兵衛は大きく一歩踏み込むと、鉄二との間合いを0(ゼロ)にした。


 十兵衛が、瞬時に鉄二の背後へと回り込む。


 その瞬間、十兵衛は鉄二の左腕を後ろ手に極め、首に腕を回した。


 鉄二の左肩に激痛が走る。


 鉄二は、全く身動きが取れなかった。


 圧倒的なまでのスピードとパワーの差だ。


「どうした? 仲間の敵討ちをするのじゃなかったのか?」


 十兵衛が、鉄二の耳元で囁いた。


“グッ”


 鉄二が苦痛に呻く。


「さあ、これで我が眷属とお前達人間との力の差が分かっただろう。観念して、御子神恭也の居場所を教えて貰おうか」


「だ……、誰が教えるものかよ!」


「言わねば腕が折れるぞ」


「腕なんて生易しい事言ってねえで殺したらどうだ!」


 鉄二が、苦痛に喘ぎながら叫んだ。


「それ程、御子神恭也が大事か? ならば致し方ない……」


 そう言った瞬間、十兵衛の瞳が血の色に染まった。


『誘眼』だ。


 だがその時、鉄二は、右足の踵で十兵衛の足の爪先を踏み抜いた。


“グアッ”


 十兵衛が初めて苦痛を漏らす。


 足の爪先は、人間の鍛えられない急所の一つであり、それはヴァンパイアとて同じだ。


 更に鉄二は、自由な右手でズボンのポケットからナイフを取り出すと、首を絞めている十兵衛の右腕へとナイフを突き立てようとした。


 最初この場所に着いた時、武器の隠し場所から金属バットを持ち出した際に、ひそかにナイフも隠し持っておいたのである。


 だが腕に刺さる筈のナイフは、十兵衛の手によって途中で握り止められていた。


「ふふふ、危ない小僧よ……」


 十兵衛は不敵に笑った。


 最早ナイフはピクリとも動かない。


 ナイフの刃の部分を握った十兵衛の手から、少し黒みを帯びた血が滴り落ちていた。


「こんな物を隠し持っていたとはな……」


 十兵衛は手の痛みも省みず、力づくで鉄二の手からナイフをもぎ取ると、“ぽい”と地面に投げ捨てた。


 ナイフが地面に当たり固い金属音を立てる。


 再び十兵衛は、鉄二の首に腕を回した。


 雨が、十兵衛の掌の血を洗い流して行く。


 だがその血液も、見る見る内に止まって行った。


ーーこれが、ヴァンパイアの能力か。


 今朝恭也から見せられたばかりだが、改めて見ると凄まじい物がある。


 十兵衛の反射神経、スピード、パワー、そのどれもが鉄二の想像を超えていた。


「さあどうする小僧。大人しく御子神恭也の居所を教えるか?」


 十兵衛が言った。


 その時、凄まじい勢いで近付くバイクのエンジン音が、夜気を切り裂き轟いた。


“!”


“!”


 鉄二と十兵衛は、殆ど同時に通りの方へ目を遣った。


 見ると、一台のバイクが鉄二達を目掛けて猛スピードで近付いて来るところであった。


 そのバイクと乗っている人物を鉄二は良く知っている。


「恭也ーー、来るなーーっ!」


 鉄二は、大声で叫んだ。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ