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俺は、『ヘブンズ・ドア』の前に到着した。
今日辞めたばかりなのにひどく哀愁を感じる。
しかも今朝来たばかりなのだ。
やはりマスターが電話で言った様に、鉄二のバイクが入口の脇に止められたままになっていた。
辺りに鉄二や十兵衛の姿は見当たらない。
俺は、慌てて地下に駆け降りると、勢い良く扉を開けた。
「マスター!」
店に入るや否や、俺はマスターを呼んだ。
驚いた客達が、一斉に振り返る。
見知った顔ばかりだ。
店を辞めたばかりで、どう挨拶すれば良いのか分からねえ。
それに今は、そんな事考えてる余裕も無え。
「チィッス」
俺は、取り敢えず軽く頭を下げた。
客達も事情は分かっている様で、俺に軽く挨拶を返すだけで誰も話し掛けて来ない。
すると俺を待っていたマスターが、カウンターの中から飛んで来た。
「恭也、テッちゃんが店を出たのはまだ10分程前だ。お前も見ただろうが、バイクはまだビルの前に止めたままだからそう遠くへは行っていない筈だ!」
マスターが早口で言った。
「分かってます。で、奴ら何か言ってませんでしたか?」
「片目の男は、誰から聞いたのかお前がウチでバイトしていたのを知っていて、お前を訪ねて来たんだ。それでお前が辞めた事を伝えたら、お前の住んでいる場所や携帯番号を教えろと言ってきた。俺は教えられないと言ったんだが、そうしたらいきなりテッちゃんがやって来て……」
「それで、どうしたんスか?」
「テッちゃんは、そいつがお前を捜してる事を最初から知ってたみたいで、『恭也を捜してるのはお前か?』って言って、すぐにその男を連れ出したんだ!」
ーークッソーッ! 鉄二の馬鹿が!
俺は唇を噛んだ。
「で、その男は一人だったんスか?」
俺は慌てて尋ねた。
「一人だ。それは間違いない。お前、その男に心当たりがあるのか?」
マスターが、心配そうに言った。
「ある!」
俺は短く答えた。
「それで、他に何か気付いた事は無いんスか?」
「残念だがそれだけだ……」
マスターは申し訳無さそうに言った。
ーークッソーー、それじゃあ手掛かりが無さ過ぎる……。
考えに考えた末、俺は或事に閃いた。
「マスター、鉄二も一人でしたか? それに、鉄二は何か“道具”とか持ってませんでしたか?」
ここで言う“道具”とは、無論“武器”の事だ。
「いや、一人だったし“道具”は持っていなかった筈だ」
“道具”の意味が分かるマスターは、鉄二の様子を思い出しながら答えた。
ーー鉄二は、明らかに片目の男=十兵衛がヴァンパイアだと気付いている。
ーーだからこそ、仲間を巻き込まないよう一人で来た筈だ。
ーーしかし俺からヴァンパイアの話を聞いている以上、何の用意も無く十兵衛を連れ出したとは思えない。
ーーしかし腕に自信がある鉄二は、普段武器を持ち歩く事がない。
ーーならば、当然奴は武器を取りに行く筈だ。
“!”
そこまで考えて、俺は“ハッ”と気が付いた。
ーー鉄二達がいつもアジトにしているボウリング場だ!
ーーあそこならここからも近いし、誰の邪魔も入らない。それに喧嘩用の“道具”も豊富に隠してある。
ーーしかも今夜は雨が降ってるから、他のメンバーが居る心配も無い。
「サンキュー、マスター!」
「オ、オイ、恭也!」
俺は、マスターに一言礼を言うと、慌てて呼び止めるマスターを無視して、そのまま店を飛び出した。
店を出てバイクに飛び乗ると、潰れたボウリング場へとバイクを走らせた。
ーー昨日の今日でまたコレか。いったいどうしてこうなるんだ! ったく!
俺は一人毒づくと、降りしきる雨の中、更にアクセルを全開に開いた。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。




