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 李と獣吾の二人は、車の中に居た。


 獣吾の愛車、いすゞのビッグホーンである。


 黒とパールのツートンのボディで、エンジンはディーゼルではなくガソリンだ。


 本当はディーゼルが良かったのだが、これも廃ガス規制法の為、将来を考えて仕方なくガソリン車を選んだのだ。


 少し年式の古い型で、内・外装とも今時の車に比べれば武骨な印象を受ける。


 要するに曲線が少ないのだ。


 だが獣吾は、この武骨さがたまらなく好きであった。


 多少の点検や修理なら常に自分でしている為、年式の割には良く走る車だ。


 太く逞しいタイヤが、ゴリゴリとアスファルトの路面を踏み締めて行く。


 運転席と助手席の窓が全開にしてある為に、車内には風が舞い込んでいた。


 風が、李の束ねた長い髪や髭を撫でて行く。


 平日と言う事もあって、道は意外に空いていた。


 運送会社のトラックが、比較的目に付く程度だ。


 獣吾の車は、それらトラックの間を縫う様に走っている。


 時速は裕に百キロはオーバーしているだろう。


 獣吾の後ろからは、佐々木のフーガが追走していた。


 無論これは尾行などでは無く、これから三人で高野山の慈海に会いに行く途中なのだ。


 別々の車で来たのは、もしも何か不測の事態が起こり、佐々木が急遽別行動を取らねばならなくなった時に、一台では不都合が生じる為二台で行く事になったのである。


 二台の車は、一路東名高速道路を名古屋へと向かい、つい先程浜松のSAを通過した所だ。


 カーステレオのスピーカーからは、Steppenwolfステッペン・ウルフの『BORN TO BE WILD(ワイルドで行こう)』が大音量で流れている。


 獣吾は、ハンドルを握る手の人差し指でリズムを取りながら、曲に合わせて鼻歌を歌っていた。


 助手席に乗っているのが李でなければ、ちょっとしたドライブ気分である。


「全く煩いのう……。もう少しボリュームを下げれんのか?」


 李が顔を顰めて言った。


「ったく、しょうがねえなあ~」


 そうぼやくと、獣吾はボリュームを落とした。


「お前さん人狼のクセに良くこんな大音量で平気じゃのう?」


「へっ、好きな曲は全然気にならねえんだよ」


 獣吾は鼻を鳴らした。


「都合の良い耳じゃのう」


 李が呆れ顔で言った。


「ところでよう、アイツ大丈夫かな……」


 獣吾は“ぽつり”と漏らした。


「恭也の事か?……」


 李も前を見たまま、漏らす様に言葉を吐いた。


「ああ、アイツを東京に一人残したまま来ちまってよ……。昨夜も殆ど寝てなかったみたいだし、上っ面は元気そうにしていたが、結構参ってるみたいだったぜ……」


 獣吾も前を向いたまま、重々しく言葉を吐いた。


 先程までの陽気さは陰を潜め、今は真顔になっている。


「昨日は奴にとって色々あり過ぎたからのう……。たった一日で、人の何ヶ月……いや、幾年にも相当する出来事や事実が、まとめて一度に襲い掛かったのじゃ……。今の奴では全てを受け止める事は無理じゃろう……」


 李は、遠くを見る目を薄く細めた。


「なあ、本当にアイツは昨日まで何も知らなかったのか?」


「うむ。吸血鬼の存在自体はその数日前に知る事となったが、その時はすぐ意識を失っておったから、実際には昨日まで自分の両親の事はおろか、吸血鬼や人狼の存在も、ましてや自分が何者なのかなど全く知らなんだよ……」


 李の表情は暗く、そして苦渋に満ちていた。


「そうか……。確かに自分の友達がヴァンパイア共に殺され、しかも顔も知らない自分の父親がそいつらと同じヴァンパイアだったんだ。更にお袋さんは俺達獣人族の長の娘で、自分はヴァンパイアと獣人の混血だったなんていきなり知らされたら、そりゃ俺だって正直気が狂いそうになるぜ」


「……」


 李は、言うべき言葉が見付からなかった。


「それにヴァンパイアは一匹だけじゃなく、しかもちゃんと組織化までされていて、それを政府の連中が知っていながら一般市民に隠してやがるんだからなあ。ましてや奴らから金まで貰って奴らに協力してたなんて、全く洒落にもなってねえ。世も末だぜ!」


 獣吾は、忌ま忌ましげに唾棄する様に言った。


「その通りじゃな……。そして今密かに、この国を揺るがすような事を奴らは企んでおる……。その只中にいきなり放り出されたのじゃ。奴でなくとも頭が変になるわな……」


 李は、やり切れぬ思いで助手席の窓から流れ行く景色を眺めた。


 そんな李の気持ちを他所に、窓から吹き込む風が、茶化す様に李の白くなった髪や髭を嬲って行く。


「だけどよう、アイツが今一番戸惑い恐れているは、自分自身に対してだと思うぜ。俺が言うのも何だが、アイツの能力はまだまだあんな物じゃねえ。ありゃ俺達獣人やヴァンパイアを遥かに超えた化け物だ。アイツ自身、何となくそれに気付いてるみたいだしな……」


「そうじゃな……。儂もあ奴が完全に覚醒した時、いったいどれ程の能力を持っておるのか皆目見当が付かん。しかも完全に覚醒する時も、もうそんなに先の事ではあるまいよ……」


 李は、思い詰めた様に窓の外を流れ行く景色を見詰めていた。


「アイツ、これからどうするんだ? 久保のオッサンはああ言ってたが、もう今のアイツに普通の暮らしなんて無理だぜ。それにアイツが本当に覚醒した時、昨夜言ってた『阿字観』程度ではどうにもならねえかも知れねえしな……」


 獣吾も、李や恭也の今後を考えると自然に声のトーンが落ちた。


「じゃからこの機会に、御山の慈海に恭也の事を相談するつもりなのじゃ」


「だがよう、そんな事高野山の坊主に相談して大丈夫なのかよ? 言ってみりゃ奴らは昔からの化け物退治の専門家だぜ。アイツの事がバレたらマズイんじゃねえのか?」


「慈海と儂は古い仲じゃし、実際恭也の父親である恭介とも酒飲み友達であった。心配には及ばぬよ……」


「なら良いけどよ。だが爺さんはいったい何者なんだよ? 俺の爺さんと知り合いだったのはともかく、後ろから付いて来ているあの佐々木のオッサン達とも古い付き合いみてえだし、今から行く高野山の坊主共とも仲が良いみたいだ。それにアイツの親父と言っても結局はヴァンパイアだろ? いったいどんな人間関係してやがんだ?」


「儂は、見たまんまのただの爺じゃよ」


「馬鹿言ってんじゃねえよ! こんな化け物みたいな爺さんが、ただのジジイであってたまるかよ!」


 そう言われて李は破顔した。


「まあ儂の事は、機会があればまたその時にでも話すさ。まあそんな事より、今は吸血鬼共の企みを潰す事の方が先じゃよ」


「それにはまず高野山へ急げってか?」


「そう言う事じゃな」


 李は軽く言った。


 だが口調とは裏腹に、李は重く険しい表情で前方を見据えていた。


 李の表情を“チラッ”と見た獣吾は、重くなる気持ちを振り払うべく、アクセルを力強く踏み込んだ。


 ビッグホーンはどんどん加速して行く。


 これから向かう西の空には、どんよりとした分厚い雨雲が広がり、獣吾達にこれから来る嵐を予感させた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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