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「いきなりどうしたんです? 十八年前だから……、何なのですか?」


 佐々木が聞いた。


「十八年前と言えば、丁度、自由民生党が衆議院選挙で歴史的惨敗を期し、野党が連合して竹川連立内閣が発足した年だ!」


「そっ、そうか!……」


 佐々木も思わず大声を上げた!


 李や恭也達は、今久保や佐々木が何に気付いたのか理解出来ない。


「いったい何だと言うのじゃ?」


 李が尋ねた。


「老師は覚えておられませんか? 丁度十八年前、五十五年体制と言われた自由民生党の政治が終止符を打った年ですよ。あの年、自由民生党の議員が多数離党し、他の野党と合併して新民生党を結党したでしょう。その時の解散総選挙で自由民生党が大敗したのをきっかけに、新民生党が中心となって野党が連合した。そして当時弱小ながらキャスティングボードを握っていた新日本民政党の竹川を首相に擁立して、戦後初めての野党による連立政権を樹立した時の事ですよ」


「うむ、確かにそんな事があったのう……。も、もしや!」


「そうです。あの時多数の議員を率いて自由民生党を離脱した小峰太郎の手腕や、数合わせとか野合などと呼ばれながらも、結成したばかりの新党とは思えぬマスコミ等を使ったPR活動や選挙活動の手際の良さ。更には、それらを支える新党とも思えぬ潤沢な政治資金…。当時マスコミや政治評論家の間でも謎とされて来ましたが、これらが皆ヴァンパイア共が、竹川政権や今後政権を担う野党連合を自らの傀儡政権とする為の手段であったとしたら……」


「そうか……。自由民生党は、長く政権の座に着いていた驕りやプライドから簡単にはヴァンパイア達の傀儡政権と成り難い。しかも、良い意味でも悪い意味でも責任感に薄く、事無かれ主義でいつものらりくらりと腰の重い自由民生党よりは、野心に溢れ権力の奪取のみに執着する野党の方が、自らの傀儡政権にするには持ってこいだった筈だ!」


「その通りだ。だから奴らは野党連合にテコ入れし、新政権を樹立させたのだ」


「そしてその見返りとして、アメリカと共同開発で極秘裏に進めていた強化人間プロジェクトのテストも兼ねると言う意味も含めて……」


「俺の両親や同族の仲間達を皆殺しにしやがったのか……。本物の八尺瓊勾玉を手に入れる事だけの為に……」


 獣吾が、忌ま忌まし気に言葉を吐いた。


 目には憎悪の色が浮かんでいる。


「だが何で奴らはそんな手間の掛かる方法を取ったんだ? そんな金も手間も掛かる事なんかしねえで、自分達で一気にケリを着けて、その何とかって勾玉を戴けば簡単な事だろう?」


 先程から黙って話しを聞いていた恭也が、いきなり尋ねた。


「それは、獣人族と正面切って殺り合えば、如何にヴァンパイアと言えども多大な犠牲を払う事になる。それに奴らが直接手を下せば、我々『内調』や『C・V・U』が捜査に乗り出す事は間違いない。それよりもあくまで獣人族が昔交わした約定を破り、防人である当麻の人間を殺した為、自分達ではなく、政府が獣人族を討伐したと言う事実が欲しかったのだろう……。そしてそのチャンスが、たまたま竹川政権の誕生した十八年前だったと言う訳だ……」


 久保は、そう言って目を伏せた。


「ふう……、しかしそうまでして真の三種の神器を手に入れようとする目的とは、いったい何なのじゃ……?」


 李も腕を組み、軽く目を閉じた。


「奴らの目的が何なのか分からない以上、取り敢えず残る二つの神器を奴らより先に探し出す事が肝心ですな」


 久保が言った。


「老師、早急に御山の慈海阿闍梨様とお会い頂けませんか?」


 佐々木が急く様に言った。


「いやそれは構わぬが……」


 少し詰まった言い方で、李は久保の顔を見た。


 李と久保の視線が交錯する。


「水野、聞いているな。モニターのスイッチを全部切ってくれ!」


佐々木が、天井の一角に備え付けられたモニターに向かって叫んだ。


 佐々木がじっと見詰めていると、監視モニターの赤いランプが“すうっ”と消えた。


 他の箇所に設置された数台の監視モニターのランプも順に消灯して行く。


 佐々木は、ぐるりと首を巡らして、全ての監視モニターが停止したのを確認した。


 佐々木が隣に座る久保に向き直る。


「室長も退席して下さい」


 佐々木は真剣な眼差しで言った。


 その目には強い覚悟が見て取れる。


 久保は、佐々木の視線から目を逸らすと、背後のマジックミラーに向かい天井を指差した。


 久保の差した指の先には、たった今停止した監視モニターがある。


 消灯したばかりの監視モニターに再びランプが点灯した。


 それを確認した久保が、マジックミラーの向こう側を覗き込む様に視線を送った。


「水野君、今すぐ録画した監視モニターの映像データーを全て消去してくれ給え。そしてそれが終わったら、今点けたこの監視モニターもカットするんだ。あと、この部屋の外で待機している警備班と『C・V・U』の実働部隊も全て撤収させろ。それら今言った事が全て完了したら、君達もモニタールームを出て自分達のデスクに戻るんだ。分かったな!」


 久保は、姿の見えぬ水野に向かって大声で話し掛けた。


「室長、それでは室長も同罪になりますよ……」


 佐々木は困った表情で久保を見た。


「構わん。それに多分そうはならんよ」


 久保は、当惑した表情の佐々木に向かい柔和な笑みを見せた。


 佐々木が、更に当惑した表情を見せる。


 李達三人は、これから何が起こるのか分からず、久保と佐々木のやり取りを黙って眺めていた。


 しばらくすると、先程点灯した監視モニターのランプが再び消灯した。


 どうやら水野は、久保の命令に従った様だ。


 久保は更に少しの間を置くと、襟を正す様に三人へ向き直った。


 口を開こうとする佐々木を手で制する。


「老師、今ご覧になられた様に、全ての監視モニターを切りました。先程まで録画していたデーターも全て消去した筈です」


 久保は、真剣な面持ちで切り出した。


「今夜は、荒っぽいやり方で無理矢理お連れして、本当に申し訳ありませんでした。これで尋問は終わりですのでお帰り頂いて結構です……」


「しかし……、儂は今まで恭也の事を隠しておったのじゃ、このまま無罪放免と言う訳にも行かぬじゃろうに……」


 李は少し戸惑った表情を見せた。


「確かに恭也君の事を隠しておられた事実は残念ですが、老師がこれまで我々『内調』や『C・V・U』に対する御協力や貢献を鑑みれば、この尋問ですら非礼に当たります。どうかお許し下さい」


 そう言って久保は頭を下げた。


「いやいや、頭を下げるのは儂の方じゃ。本当にすまなかったのう」


 恐縮した李も思わず頭を下げた。


「老師、頭をお上げ下さい」


 佐々木は、腰を上げ李に頭を上げるよう促した。


 頭を上げた李は、真剣な眼差しで久保の目を見詰めている。


 久保は、その真剣な眼差しから李の思いを察した。


「老師……、帰れる帰れないはこの二人次第です……」


 そう言って久保は、恭也と獣吾の顔を、殊更険しい表情で交互に睨み付けた。


 思わず二人が姿勢を正す。


「まず当麻君だ。君のご両親や一族の仲間達が、ヴァンパイアや当時の政府の策謀で虐殺された怨みは分かる。だがこれは既に高度な政治的問題であり、この国の将来を左右しかねない重大な問題だ。だから君が個人で復讐に走る事は、この国を危険に晒す可能性がある」


「だから何だってんだ?」


「君には申し訳ないとは思うが、ヴァンパイアや当時の政治家達への復讐は諦めてくれ」


 久保はきっぱりと言い放った。


 それを聞いた獣吾の顔が、たちまち怒りで紅く染まって行く。


「オメエ、俺が大人しく聞いていればイイ気になって。復讐を止めろだと? そんな事言われて俺がハイそうですか、と言うとでも思ってやがるのか?」


 獣吾の身体から凄まじい殺気が溢れ出した。


 室内で月を見る事は出来ないが、満月の影響は部屋の内外を問わない。


『内調』の警備班や『C・V・U』の実働部隊を引き上げさせた今、この獣吾を怒らせる事はそのま久保や佐々木の死を意味した。


 だが久保は、表情一つ変えず憎悪に燃える獣吾の双眸をただじっと見返している。


 佐々木は、僅かに腰を浮かし、後ろに手を回した。


 それを久保が手で制する。


「ならばこうする事は出来ないかな? 君は今後我々の管理下に入り、我々の捜査に協力する。無論君は部外者だし、しかも獣人だ。本来ならば捜査協力を仰ぐどころか、君をしかるべき場所に監禁せねばならぬ。しかし君は獣人としての獣性を完全にコントロール出来ている様だし、例え監禁しなくとも人間に危害は加えないものと判断する。しかも我々はあくまで『公安』ではなく『内調』だ。つまり我々は、対ヴァンパイア組織であり獣人は専門外なのだ。だから君を我々が直接管理するのではなく、勝手に復讐に走らないと約束出来るのであれば、君個人の自由を認めた上で、老師の監督の元我々に協力して貰いたい……。最もそれには老師の承諾と今後我々への協力が条件にはなるが……。いかがですかな老師……」


 久保は李の顔を見遣った。


「監督などと大袈裟な事は出来ぬが、お前さん達への協力は惜しまぬつもりじゃ。この男がそれで良いと言うのであれば、儂は一向に構わぬよ」


 李は、あっさりと承諾し獣吾の方を見た。


「じゃあ俺は自由なんだな。オメエらがヴァンパイアの企てとやらをぶっ潰すってんなら俺の復讐にも繋がるってもんだ。李の爺さんが良いなら俺は構わねえが、オメエらも所詮宮仕えの身だろう。オメエらが馬鹿な政府の命令でヴァンパイア側に付いた時は、俺は自由にやらせてもらうし、逆に俺がオメエらをぶっ潰す事になるかも知れねえ。それで良いんなら俺は別に構わねえよ」


「分かった。それは了解しよう。だがくれぐれも一人で暴走したり、ましてや人間を襲うなんてマネはしてくれるなよ。でなければ我々は君を狩らねばならん」


「分かってるよ。実際俺は今まで人間の肉なんて喰った事も無えし、生肉なんかより美味い物は幾らでもあるから安心しな」


 獣吾は言った。


「では恭也君、次は君の番だ」


 久保は何か覚悟を秘めた鋭い表情で、恭也をじいっと見詰めた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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