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第八章1:手紙

     第八章

      『手紙』

      1

 その便箋に綴られた文字は、書いた者の身体の状態を如実に物語っていた。


 力無く弱々しい筆致が、消え行く命の灯に似て儚く揺らいでいる。


 獣吾の養父、当麻以蔵が李に宛てた手紙である。


 その手紙には、次の様な事がしたためられていた。



 久しぶりだのう。

 十八年もの間、お主にも生きている事を隠したまま顔を合わす事も出来ず、ついに儂も動けぬ身体となってしまった。

 お主がこの手紙を読んでおる頃には、儂は最早生きてはおらぬやも知れぬ。

 もともと十八年前に死んだ事になっておる身なれば、今更悲しむ必要もないだろうがな。

 お主が十八年前の出来事をどの様に聞いておるかは知らぬが、恐らくは吸血鬼共や当時の政治家の阿呆共が描いた繰り言がまかり通っておる事だろう。

 十八年前、奴らは儂の息子夫婦や孫を、いかにも村の者達の仕業に見せ掛けて殺した。

 その時、儂は偶然にも所用で村を離れていた為に一人だけ殺されずに済んだのだ。

 儂が所用を済ませ村に戻った時は、儂の愛する家族は皆ズタズタニ引き裂かれ、血の海の中でボロ雑巾の様に死んでいた。

 そしてその後すぐ、奴らと裏で手を組んだ政府の阿呆共が差し向けた、強化人間とか言う化け物共が村を一斉に襲い、村長殿以下村の者達を全員皆殺しにしおったのだ。

 その時何とか救い出せたのが、まだ幼子だった獣吾唯一人だったと言う訳だ。

 それからの儂は、奴らから身を隠す為に岐阜に住む知り合いを頼り、密かに匿ってもらう事で今日まで生き延びて来た。

 十八年前、吸血鬼の奴らが村を襲ったのは、あの村に真の三種の神器の一つである、本物の八尺瓊勾玉があったからだ。

 現在宮中にある三種の神器は全て形代のみで、本物は各々別の場所で密かに保管されている。

 本物の八尺瓊勾玉は、遥か昔より獣人族の村で密かに保管されていたのだ。

 残る本物の八咫鏡や天叢雲剣も、世間では伊勢神宮や熱田神宮にご神体として奉られている事になっているが、実はそこにあるのも皆形代なのだ。

 では本物が何処に隠されているのか、それはそれらを代々に護っている者にしか分からぬ。

 奴らは真の三種の神器を集めて、何かをしようと企んでおるのだが、奴らが何を企て、また何故に真の三種の神器が必要なのか儂には分からぬ。

 しかし奴らが何か途方もない事を企んでおる事だけは確かだ。

 残る二つの真の三種の神器の隠し場所やその他の詳しい事は、御山の滋海殿か座主様に聞くと良いだろう。

 それとこの手紙と共にそちらへ孫の獣吾を遣わす。

 獣吾にも多少の事は話してある。

 しかも獣吾は守部一族の生き残りだ。

 儂では守部程の技は教えてやれなかったが、それでも儂の持つ技の全ては、幼い頃より獣吾に教え込んである。

 獣吾と共に吸血鬼の企てを阻止し、儂の息子夫婦や孫、そして村の者達の仇を取ってくれ。

 あと、恭介殿が死んだ事は儂も知っている。

 恭介殿はあの時儂と共に村を出たのだが、恭介殿は強化人間のみならず、あの場に来ていた吸血鬼共からも追われておった。

 儂が獣吾を連れて逃げられたのも、恭介殿が自ら囮になって儂らを逃がしてくれたお陰なのだ。

 その時、恭介殿は産まれたばかりの赤子を抱いていた。

 その赤子は、恭介殿と村長の娘、沙耶様との間に出来たお子だ。

 子が出来ぬ筈の獣人と生成りとの間に、何故子供が出来たのかは儂にも分からぬが、何か運命の様なものを儂は感じてならぬ。

 村が襲われるおよそ一年半程前、吸血鬼共の企みを知り、仲間に追われながらも村に危機を知らせに来てくれた恭介殿は、村長の元に匿われて暮らす様になり、その内に一人娘の沙耶様と恋仲になられたのだ。

 恭介殿のお子は、獣人族の長の血を継ぐ大切なお子だ。

 儂は恭介殿と別れ岐阜に逃れた後、必死で恭介殿の行方を捜したが、吸血鬼共や政治家の奴らから隠れて暮らさねばならぬ身では、到底恭介殿の行方を捜し出す事は出来なかった。

 儂が恭介殿の死を知ったのは、恭介殿が死んでから六年もの歳月を経てからの事よ。

 儂はその後、あの時恭介殿が抱いていた赤子の行方が気になり、出来る限り捜してはみたのだが、遂には見付からぬままであった。

 十八年も経っておれば生死も分からぬ上、消息の掴みようも無いだろうが、死に行く儂からの最後の頼みだ。

 頼む、恭介殿のお子を捜し出してくれ。

 もし生きているなら、そのお子は今十八歳になっておる。

 名前は恭也、男の子だ。

 十八年もの間、儂の勝手で音信不通のまま、しかも最後まで顔を合わす事も出来ず心苦しいが、後の事宜しく頼む。

 今一度、お主や滋海殿、それに恭介殿も交え共に酒を酌み交わしたかった。

 それが今でも心残りでならぬ。

 では後の事を頼む。

      さらばだ


 平成二十三年六月某日

      当麻以蔵



 手紙はここで終わっていた。


この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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