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第一章1:御子神恭也

     第一章

   『御子神恭也』

     1

 世の中には、コイツだけは怒らせちゃならねえって奴が何人かいる。


 自分に余程の自信が無いのなら、喧嘩を売っちゃならねえ、肩をぶつけるのもいけねえ、目だって合わせちゃいけねえって奴だ。


 そう言う奴の一人がこの俺、御子神恭也さんだ。


 年齢は十八歳、都立城北高校の三年だ。


 血液型は検査も、献血もした事無いから知らねえ。


 身長は一八三センチ・体重は七十三キロ。


 無駄な贅肉は一切無い。


 しかもジムで鍛えた見せ掛けだけの不完全な筋肉じゃなく、完全に実戦型のナチュラルで、黒人のアスリート並みのバネを秘めた上質な筋肉だ。


 細胞一つ一つにたっぷり酸素を含んでるからスタミナも申し分ねえ。


 この街の不良共は、俺の機嫌の悪い時は目も合わせやしねえ。


 たまに他所の街の馬鹿共が俺に挑戦してくる事もあるが、俺の噂を聞いて絶対一人じゃ来ねえし、わんさか道具を用意して来る事が多い。


 最近は俺の名前も広まってそんな馬鹿もかなり減ったが、それでもまだ挑戦してくる馬鹿がたまにいる。


 つい一昨日の夜もそんな馬鹿に喧嘩を売られたばかりだ。


 最も、そんな奴らはケツの毛が焦げる程ヤキを入れてやるけどな。


 俺は、喧嘩なんかしてる程暇じゃ無えって言ってるのに全く迷惑な話だ。


 俺の大切な青春は女の為だけにあるって言うのに、何で誰も分かっちゃくれねえんだ?


 確かに喧嘩も嫌いじゃないが、俺の場合喧嘩はあくまでビジネスなんだよ。


 どう言うビジネスかって?


 俺は、住んでいるアパートの側の『ヘブンズ・ドア』って言うBARでバーテンのアルバイトをしているが、そこのマスター公認で用心棒バウンサーのバイトもしている。


『ヘブンズ・ドア』の用心棒じゃないぜ。


 この街のクラブやラウンジ、それにスナックや居酒屋なんかが俺の客だ。


 最近はキャバクラの客も出来た。


 風俗店はさすがにヤクザの仕切りだから俺の入り込む余地は無えが、今契約している店だけでも五件や十件じゃ利かねえ。


 つまり俺は、この腕っぷしを買われて、幾つかの店の出張用心棒を引き受けているって言う訳だ。


 謝礼は、ブチのめした相手にもよるが、これが結構美味しい金額になるんだよ。


 それに店の女の子やママにはモテまくりだしな。


 なんせ俺のファンクラブまであるくらいなんだからよ。


 最近は暴対法のせいでオマワリの暴力団への締め付けが厳しいらしく、奴らも昔みたいに大っぴらに用心棒なんかやってられないらしい。


 店の方だって、揉め事が有ろうが無かろうが、毎月決まったみかじめ料を払うのも馬鹿らしいってもんだ。


 だからこの俺の出番って訳だ。


 俺ならバイトでやってるだけだから、必要な時にだけ呼んで謝礼を払えばそれで良い。


 俺は俺で結構金になるし、仮に傷害事件になっても未成年だから刑務所へ行く事も無い。


 最もこのバイトでオマワリの世話になった事は一度も無いけどな。


 店側の人間は誰も通報しないからオマワリも来ねえし、来ても捕まるのはいつまでもダラダラ喧嘩している馬鹿だけで、俺はメチャクチャ強えぇからオマワリが来る前にはしっかりカタが着いている。


 だから急いで逃げるなんて恰好悪いマネもした事が無え。


 実際ヤバイのはオマワリよりヤクザなんだが、今では何となく住み分けが出来ていて揉める事も殆ど無い。


 最近は店を出してもみかじめ料を払いたがらない経営者が多くなり、そう言った店にオシボリを卸したり、守り料と称してみかじめ料を請求するとすぐにオマワリを呼ぶからそうそう無茶も出来ないそうだ。


 これも一昔前に施行された暴力団新法や最近施行された暴対法の影響だろう。


 まったくヤクザにとっては住みにくい世の中になったもんだよな。


 最もオマワリとは別に、ヤクザにはヤクザなりの事情ってモンがあるらしい。


 この街は、今まで二つの組が微妙なバランスを取りながら何とか上手くやってきたんだが、最近関西系の広域暴力団の或る組が関東に進出してきたらしく、この街を以前から縄張りにしていた組は何処もピリピリしているらしい。


 現に街のあちこちで喧嘩や銃撃事件が起こって血なまぐさい事になっている。


 オマワリも躍起になっているから、些細な事で逮捕者なんか出してる場合じゃない。


 今の法律じゃ下手すると上(組長や幹部クラス)まで引っ張られる(逮捕)事になりかねねえからホント大変な時代だよな。


 縄張りは守らなきゃならないが無茶も出来ねえ。


 だから俺みたいな奴でも見逃して貰えるって寸法だ。


 だがその裏には、向こうも上手く俺を利用しようって腹があるんだろうけどな。


 それに、以前或る事件でヤクザと揉めた事があって、その組は潰れちまったがそれ以来その組の上の組織とは友好関係を結んでるし、その一件以降他の組も俺の事は暗黙の了解になっているらしい。


 まあ本音は、俺みたいなガキと揉めたって損するばかりで一円の得にもならないから、俺と揉めるのを避けてるって感じだが、俺にとっては有り難い話だ。


 だけどおかげで組関係に知り合いが出来ちまって、あちこちの組から誘われるんで実際困ったもんだよ。


 俺は組織って言うのが嫌いだからなあ。


 俺は幾ら凄い組織でも、どんな美味しい待遇でも飼い犬になるつもりは無え。


 俺はあくまで自由な一匹狼で居たいんだ。


 中坊の頃は群れてる奴らを見るとどうしても我慢出来ずに、自分から良く喧嘩を吹っ掛けたモンだ。


 まあ、あの頃は俺も若かったからなあ……。


 そう言えば昔こんな事も……って、んん? 俺は誰と話してるんだ?


 これは……“夢”なのか?


“……”


ーー……何だ? 何か聞こえてくる様な。


“……ヤ……”


ーー何だ、誰かが俺を呼んでいる様だが。


“キ……ヤーー”


“ドドドドド”


ーー何か俺に凄い危険が迫ってる気がする。


“ドンドン”

 激しいノックの音が部屋に響く。


ーーヤバイ、奴だ! 奴がそこまで来ている。


「恭也、入るよ!」


“バタン!”


「恭也、起きろー、いったい何時まで寝てるんだ!」


ーーヤバイ、早く、早く起きろ俺ーー。


“ズカズカズカ”


“ドガッ!”


 耳を劈くいつもの怒鳴り声が部屋の中に轟き、凄まじい衝撃が俺の頭部を直撃した。


「ギャーッ!」


 俺はけたたましい悲鳴を上げ、あまりの激痛にベッドから転げ落ちた。


 痛みで脈打つ頭を押さえながら、涙ぐむ目を何とか見開いた。


 丁度目の前には、ほっそりとしながらも、筋肉の程良く引き締まった健康的な白い足が見える。


 無論見覚えのある足だ。


 俺は、その白い足を舐める様に上へと見上げた。


 俺の視線が膝を通過し、ステッチの入った紺色のスカートの中に入ろうとした時……、


“ドガッ”


 再び凄まじい衝撃が俺の頭部を襲った。


“!”


 今度は悲鳴すら出せなかった。


 俺は、再び頭を抱え込んでその場に蹲った。


「こんな時間まで寝てた癖に、私の下着を覗こうなんて何考えてんのよ! このスケベ!」


 俺の安眠を妨げ、俺の寝込みを襲撃した犯人が声を荒げて怒鳴った。


「痛てーっ、何しやがんだ!」


 俺は頭部を擦りながら、襲撃した犯人の顔を片目で見上げた。


「何しやがんだじゃ無いでしょ、いったい今何時だと思ってんのよ!」


 見慣れたいつもの怒り顔がそこにあった。


“陽子だ!”


ーー森下陽子。


 俺の住んでいるアパートの隣に住む大家の一人娘だ。


 通ってる高校は違うが、俺と同じ高三だ。


 少し茶色いショートカットに引き締まった小顔。


 長い睫毛と二重瞼の大きな瞳が、今は怒りで吊り上っている。


 通った鼻筋の下にあるぷっくらとした唇も、目同様怒りで歪んでいる。


 背は一六四センチ、体重は知らねえ。


 スッキリとしたスレンダーな肢体で、服を着ていれば綺麗な顔立ちな事もあって雑誌のモデルにだって見える。


 しかし服を脱げば、そこには恐らく見事に鍛え上げられた腹筋が見えるに違いない。


 陽子の家は、親父さんが空手の道場を営んでいて陽子も幼い頃から空手を習っている。


 親父さんの流派は、古流の流れを汲む実戦的な流派と、それに柔術の技を取り入れた親父さんのオリジナルらしい。


 名前は玄神流と言う。


 な~んか胡散臭いネーミングだろ?


 だがコレがなかなか強え~んだ。


 何と言っても最初の家賃を決める決闘で、十五歳だったとは言えこの俺様が手も足も出ずにコテンパンにヤラレたんだから相当なモンだ。


 以前住んで居た横浜では、当時路地裏の猫でも俺の名前を知らない奴は居ないって程の有名人だったのによ。


 今でも月に一回、翌月の家賃を賭けて勝負するが、二回に一回勝てれば良いトコだ。


 この街の不良共は俺を化け物呼ばわりするが、この親父の方が余程化け物だぜ。


 そんな親父に幼い頃から空手を習い続けていたんだ、この陽子が化け物みたいに強いのも頷ける。


 俺は別として、そこらの不良じゃ何人束になって掛かっても勝てねえだろうな。


 その陽子の踵落しを二発も喰らったんだ。


 効くに決まってる。


 俺の超合金頭だから死なずに済んだようなモンだ。


 他の奴なら目が覚めるどころかそのまま永眠しちまうぜ。


「……ったく、ちょっとは手加減しろよ」


「なに言ってんの! あんたこのくらいしなきゃ起きないじゃない!」


「バカ、普通なら死んでるぞ」


「あんたがこの位で死ぬ訳無いじゃない」


「くっそ~、言いたい事言いやがって」


「言いたい事って、あんたがしっかりしないから言いたい事は山ほど有るのよ。でも可哀想だからこうして言いたい事も言わず面倒看て上げてるんじゃない。少しは感謝しなさいよ」


 陽子は両手を腰に当て仁王立ちで言った。


ーーくっそ~っ。


 俺はこの陽子が苦手だ。


 こいつは同い年の癖にいつも年上ぶって俺の世話を焼いてくる。


 無論感謝はしているが、俺に対する態度と言葉使いだきゃ我慢出来ねえ。


 とは言え口喧嘩じゃ絶対に勝ち目が無え。


 かと言って俺はフェミニストだから女は殴れねえし。


 本当にこの凶暴女だけには手を焼くぜ。


「そんな事より今何時だと思ってんのよ、もう夕方の四時よ! 帰りに道で黒田君に会ったらあんたがまた学校に来てないって聞いたから、急いで飛んで来たのよ!」


ーーチッ、鉄二のお喋りが。


 俺は心の中で舌打ちをした。


ーー黒田鉄二。


 俺の同級生で、数少ない親友と呼んで言い男だ。


 奴はこの街最大最強の暴走族『ブラッディ・クロス』の頭で、俺程じゃないが喧嘩も馬鹿強くて義理人情も厚い良い男だ。


 だが幾らこの陽子とも親しいとは言え、コイツが聞けばどんな反応するか分かってるだろうにベラベラと俺の事を話すとは何て奴だ!


ーー明日会ったら絶対ぶん殴ってやる。


「あんた、何考えてるのよ! 駄目よ、黒田君を殴ろうなんて考えてたら!」


ーーこいつは超能力者か?


「あんたの考えている事ぐらいお見通しなんだからね。黒田君、あんたに何度も電話したけど何の連絡も無いって心配してたわよ」


ーーしまった! 昨夜『ラバルブル』のミドリちゃんと飲みに行って、携帯をマナーモードにしてたのをすっかり忘れてた。


 俺はベッドの下に転がっていた携帯を即座に拾い上げると、徐に開いて画面を見た。


「ゲッ!」


 俺は無様な声を上げた。


 何と二十六件もの着信と、十八件に及ぶメールが入っている。


 着信履歴を見ると、鉄二の野郎から七回と鉄二の所のシゲから三回、『キャンディ』の明美ちゃんから二回、ギャング『ブラックムーン』の頭をやってる工藤の奴から一回、昨夜のミドリちゃんから一回、ゲッ、担任の沢田から八回も入ってやがる。


 その他には、ラウンジ『桜』の舞ちゃんと居酒屋『肴YA』のバイトの久美ちゃんが一回づつ。


 後は非通知か……。


 メールも何件かパチンコ屋からのメールと、後は着歴と似た様なメンバーからのものだ。


 俺は、あまり掛からない非通知の着歴にふと引っ掛かるものを感じたが、それ以上深くは考えなかった。


「あんた、ダブりそうだって話じゃない。恥ずかしいよダブったら」


 陽子の説教はまだ続いていた。


「放っとけよ! お前にゃ関係無いだろ!」


「あんた毎晩何やってんのよ! いつもバイト、バイトって言って毎晩帰りが遅いし!」


 陽子は俺の本当のバイトを知らない。


ーーもしバレたら踵落としじゃ済まないだろうな。


ーーそれに夜の御乱行がバレたら……。


 俺は恐怖に“ブルッ”と身震いした。


 想像するだけで恐ろしい。


「ちょっと! あんた人の話聞いてるの!」


 恐るべき想像の世界に入り掛けていた俺を、陽子の怒鳴り声が現実に引き戻した。


「うん? あ、ああ。聞いてるよ」


 俺は、額に嫌な汗を掻きながら慌てて返事を返した。


「ちょっと、しっかりしてよね! で、今夜もバイトなの?」


「ああ、バイトだ……」


「もう何やってるのか知らないけど、今夜から早く帰って明日からはちゃんと学校行きなさいよ!」


「ハイ、ハイ、分かったよ。もうそんなに怒鳴るなよ」


 俺は辟易した顔で言った。


「ハイは一回で良いの! 私だって怒鳴りたくて言ってんじゃないのよ! 全くあんたときたら……」


「だから分かったって! 今からシャワー浴びるんだから、出てってくんねえかな?」


 そう言って陽子の説教を遮ると、俺は徐にトランクスをずり下げた。


「ぎゃあ、なっ、何見せてんのよ! この変態!」


 トランクスを下ろして剥き出しになった俺のやんごとないシロモノを見て、陽子は赤くなった顔を押さえ悲鳴を上げながら俺の部屋を飛び出して行った。


ーー毎度の事だが、陽子を追い出すにはこの手に限るな。


 俺は、“やれやれ”と言った感じでそのままバスルームに入った。


「シャワーを浴びて着替えたらバイトに行かなきゃな……」


 俺は、目覚ましの熱いシャワーを頭から浴びながら独り呟いた。


 窓の外は、今夜起こる事を暗示するかの様な分厚い雨雲に覆われ、まだ夕方の筈なのに不気味な程暗かった。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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