表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/119

     7

 闇御前と十兵衛は、窓一つ無い茶室で囲炉裏を挟み向かい合ってた。


 十兵衛が人払いを要望した為、今この茶室には闇御前と十兵衛の二人しか居ない。


 風も無いのに微かに揺れる二本の灯明が、二人の影をゆらゆらと映し出していた。


「……実は御前に内密にお伝えしたき儀がございます」


 十兵衛は、そろりと話を切り出した。


「内密に……ですか……。良いでしょう。話してみなさい」


「はい。ではその前に、御前から命じられいた者の始末……、先程着けて参りました」


「そうですか。ご苦労でした。始末を着けたと言う限り、お前のする事に不備は無いと思いますが、一応首尾良く行きましたか?」


「ハッ、実はそれが思わぬ邪魔が入りまして……」


「何ですって!? ではお前程の男が、飯沼彰二とか言う外道一匹仕損じたと言うのですか?」


「いえ、飯沼彰二なる者の始末は致しました。ですが先程も申し上げた様に、思わぬ邪魔が入りまして、奴や、奴が犠牲にした者共の遺体や現場の後始末をする事が出来なかったのです」


 十兵衛は、深々と頭を下げ詫びた。


「そんな事ですか。それなら『内調』の久保に連絡を入れておけば済む事です。何も心配には及びません。ただその邪魔者とはいったい何者ですか? お前程の者が梃摺るとは相当な相手だと思いますが」


「はい……」


「で、その相手とは何者なのですか?」


「獣人です……」


「何ですって!」


 闇御前は、驚きのあまり思わず腰を浮かせた。


「しかし獣人族は十八年前に滅ぼした筈です。何かの間違いではないのですか……?」


「いえ。まだ若造でしたが、本人が間違いなく自分は獣人であると言っておりました。更に私がハンターかと尋ねましたところ、呼び名はともかく、これまでも我が眷属の者達を幾度かその手に掛けたとも申しておりました……」


「何と……! 十八年前に絶滅した獣人族の生き残りがハンターであったとは……」


「はい。確かにそう言っておりました」


「ふうむ……」


 闇御前は、腕を組み大きく溜息を付くと、皺の様な目をゆっくりと閉じた。


「……なる程……、今宵は確か満月……。もしそやつが真に獣人であれば、お前程の男が遅れを取ったのも理解出来ます。何しろ満月の夜の獣人はほぼ無敵……。我々『貴族』すら凌駕する程の能力を発揮しますからね……。ましてや肉体や技による闘いで、満月の夜に立ち会い生きて帰れるのは、我が眷属の中でもお前ぐらいのものでしょう」


「ありがとうございます。ですがそのお陰で、私は長年の友、愛刀の“典太”を失いました……」


 十兵衛は、屈辱に唇を噛んだ。


 握り絞めた拳がワナワナと震える。


「そうですか……。“三池典太”……まさしく名刀であったものを…」


 闇御前は、さも残念そうに哀悼を込めて呟いた。


「奴は『降魔の斧』と称する総金属製の斧を手足の如く自在に操り、その斧にて我が愛刀の“典太”は叩き折られたのです」


「何と! 今『降魔の斧』と言いましたか?」


 闇御前が大声を上げた。


「ご存知なのですか?」


 思わず十兵衛も大声を上げる。


「『降魔の斧』を使う獣人ですか……。ではその者の名前は聞きましたか?」


「確か……、当麻……獣吾だったかと……」


「“当麻”と名乗ったのですか? その者は!」


 闇御前が皺の様な目を見開き、思わず身を乗り出す。


「何者なのですか、その当麻とは……」


「当麻とは“防人”です」


「防人……、あの“防人”ですか……?」


「恐らくお前の言っている“防人”とは多少違うと思いますが、私の言う“防人”とは、その昔、時の朝廷と獣人族が和解の約定を取り交わした折、朝廷側から獣人族を監視し、また朝廷や近隣の村人との間に、様々な橋渡しをする為任命された一族の事です。陰陽の術に通じ、以前は土御門家ともゆかりがあったと聞いています。しかし当麻の者はあくまでも人間……、もしもその獣人が当麻の名を名乗っていたのであれば、恐らくはあの時、運良く襲撃から逃れた獣人が当麻の名を騙り、今になって我々に復讐しようとしているのかも知れませんね……」


「……」


 十兵衛は、黙って闇御前の話を聴いている。


「そう言えば先程、お前はその獣人を若造だと言っていましたが、その者は何歳ぐらいだったのですか?」


 ふと思い出したかの様に、闇御前が十兵衛に尋ねた。


「定かではありませんが、二十歳前後だったと思われます」


「二十歳前後ですか……。獣人族が滅んだのが今から十八年前…。年齢的には合いますが、どうにも若すぎますね……」


「確かに……」


「ですが、どうやってかは分かりませんが、たまたま難を逃れた当麻家の生き残りが、あの襲撃の際に獣人族の子供を連れて運よく生き延び、今まで誰にも知られる事無く密かに育てていたと言うのであれば説明も付きます……。しかし……」


「しかし?」


「その獣人は、『降魔の斧』を持っていたのですね……」


「はい、その獣人は、持っていた斧をそのように言っておりました」


「ならばその獣人は“守部”の一族の生き残りかも知れませんね……」


「“守部”……?」


「“守部”とは、獣人族の長を代々護る事のみを使命とした一族の事です」


「一族の長を護る……」


「そうです。獣人族の中でも特に優れた戦闘能力を持ち、守部の家のみに代々伝わる剛の技を使い、いつ如何なる時も長を護る為の盾となり鉾となる一族です。『降魔の斧』はその守部家に代々伝わる武器で、霊力では比ぶべきもありませんが、三種の神器の『天叢雲剣』と同じ性質を持つ伝説の金属……『ヒヒイロカネ』で出来ているそうです」


「ヒヒイロカネですか……」


「そうです。オリハルコンやミスリル、そう言った伝説の金属と同じで、この地上にある金属の中でも最強の硬度を持つ物の一つだと言われています。もしもその者の持っていた斧が本当に『降魔の斧』であるのなら、その者は間違い無く獣人族の生き残りで、しかも獣人族最強の一族“守部”の家の者でしょう……」


 闇御前は一息に語った。


「十兵衛、本当に無事で何よりです。満月の夜に獣人族の……、しかも“守部”の生き残りと立ち合って生きて帰って来れたのは、これまででお前一人だけです」


「ありがとうございます。ただ報告すべき儀は、これだけでは無いのです」


「何と! まだ何かあるのですか?」


「むしろこれからご報告する事こそ、無礼にもお人払いをしてまでお話せねばならなかった事なのです……」


「むうっ」


「御前、実は……、御子神恭介の息子が生きているのです!」


 十兵衛は“ぞろり”と言った。


“!”


 闇御前は、あまりの驚きに声を出す事も忘れ、思わずその場に立ち上がった。


 目と口を目一杯開き全身を硬直させている。


「み、御子神恭介の息子ですか……?」


 闇御前は震える声で、何とか言葉を搾り出した。


「左様です……。始末した飯沼なる『屍鬼』が出会ったと、そう申しておりました」


「ですが九郎……、いや御子神恭介に息子が居たなど聞いた事がありません。何かの間違いないでは無いのですか……?」


「私もそう思いましたが、飯沼彰二が勝手に眷属に加えた男が、その御子神恭介の息子……御子神キョウヤと争っており、しかも飯沼彰二自身その場に居合わせたそうです」


「キョウヤ……、御子神キョウヤと言うのですか?」


「左様です。同じ御子神の姓を名乗り、しかも互いの名前には“キョウ”の部分が共通しております。更にはまだ完全に覚醒はしておらぬ様ですが、その者は間違いなく『貴族』だったそうです」


「同じ姓……、共通する名……、そして『貴族』……ですか……。どうやら間違いではない様ですね。ですがその者は、いったい今幾つなのですか?」


「奴の話ですと、人で言う高校三年生、即ち十八歳だそうです」


「十八歳ですか……。先程の獣人同様、確かに年齢のつじつまは合いますね。ですがその歳で完全に覚醒していないと言うのは解せません。それに御子神恭介が父親であれば、母親はいったい誰だと言うのです?」


「いえ、それ以上の事は私にも分かりかねます。実際飯沼彰二自身それ以上の事は知らなかったようですし、しかも御子神キョウヤと争っていた男も、その者の手に掛かり既に死亡しておりますれば皆目……」


「そうですか……。先程の獣人の件と言い、御子神恭介の息子の件と言い、何か因縁めいた物を感じますね……」


 闇御前は、そう言って皺の様な目を閉じた。


「因縁……ですか……?」


「そうです。人は……、いえ我々夜の眷属とて同じ事ですが、この世のありとあらゆる物は、因果に縛られて生きています」


「……」


「因果とは、原因があってこそ結果が生じる事を言うのですが、実際には、直接と間接の二つの要因が揃って初めて結果が生じるのです。そして人は、それを因縁……、運命……、宿命……、また仏教では業などと様々な呼び方で呼んでいますが、それらは全て因果律の中にあるものです」


「因果律……ですか……」


「そうです。因果律とは、例えるなら生き物の遺伝子が構成する螺旋の様な物です。一人ひとりに異なる因果の螺旋があり、それらが生きる者の数だけ無数の束となり、この世の全ての因果を構成しているのです。一つの命が誕生する度に新たな因果が生まれ、その者が死す時、その因果が消滅する……。無論、全ての因果の螺旋が重なり交わる訳では無く、交わらない……つまり一生出会う事も関わり合う事も無い螺旋もまた無数に存在します。しかし例え交わる事の無い螺旋同士であったとしても、時間と言う縦の流れと空間と言う横の広がりの中で、各々が間接的要因として互いに影響をし合っているのです……。これらの要因に因って生じているのがその者の因果であり、それらを予め定めた物が因果律なのです」


「……」


 十兵衛は黙って闇御前の話に聴き入っている。


「そうした因果律の中で、その時々の人の思いや言動、そして為された選択は、その因果律の中では僅かな揺らぎに過ぎません。あの時こう選択していれば……、これはどちらを選択すべきなのか……。人はそうして過去を悔やみ、未来に不安を覚える中で現在の選択をして行きます。しかしその選択による揺らぎでさえ、人一人の人生と言う因果律の螺旋の中ではあらかじめ定められた事なのです。だから例え人と同じ様な状況で同じ様な選択をしようとも、人によりその生じる結果が違うのはその為です……」


 闇御前は遠い未来を見るかの様に、宙に視線を置いていた。


「では御前は、獣人族に生き残りがいた事も、御子神恭介に息子がいた事も、全て因果律によって定められた事だと言われるのですか?」


「そうですねえ……。ただこの二つの出来事が、この些細な出来事を軸にしてほぼ同時に絡んで来たと言う事が、偶然と呼ぶにはあまりに出来過ぎの様な気もしましてねえ」


「確かに、私もそう思います」


「まあこれも決して偶然などでは無く、あらかじめ因果律によって定められていた……と言う事でしょうか。もしくは……」


「もしくは……?」


「三種の神器……、八尺瓊勾玉の影響かも知れませんねえ……」


 闇御前は、宙を睨み“すう”っと目を細めた。


 静寂に包まれた薄暗い茶室で、南部鉄瓶の湯の沸く音のみが響いていた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ