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 恭也達三人は、霞ヶ関の総理府ビル地下にある『内閣情報調査室対吸血鬼特務分室』通称『内調』の中にある一室に居た。


 安物で折りたたみ式の簡素な会議用テーブルと、これまた簡素で何の変哲も無い折りたたみ式のパイプ椅子の他には、何の飾り気も無い無機質な部屋であった。


 ただ分厚いコンクリートの壁と、厚さ何センチもある鋼鉄の扉、そしてミエミエでお決まりのマジックミラーが“でん”と壁に備え付けられた、見た目もそのまま、文字通りの尋問室だ。


 その尋問室の中に、今恭也達三人だけが座らされている。


 恭也と獣吾は、先程の闘いで着ていた服はボロボロとなり、この部屋に着いた時は殆ど半裸の状態であった。


 その為今は、この『内調』の警備班が着る制服の上下を借りて身に纏っている。


 制服と言っても、濃紺の襟付きのシャツと、同色のカーゴパンツだ。


 恭也はともかく、図体のデカイ獣吾に至っては、用意されている中で一番大きいサイズを選んだにも関わらず、シャツの前は開け、シャツやパンツの裾も寸法が足らず不格好な事この上ない。


 何の事は無い……。


 要するに、三人は佐々木達に連行され、今この部屋に監禁されているのだ。


 いきなり銃を突き付けられて、この様な場所へ連れて来られれば、どんなにふてぶてしい者でも多少は落ち込んだり、不安に駆られて焦ったりする筈なのだが、この三人は少し違っていた。


 いや少しなどと生易しいモノではない。


 常人とは大違いである。


 恭也と獣吾の二人は、あの闘いの後で猛烈に腹が空いていたのか、部屋に入れられるや否や、そこが尋問室である事を逆手に取り、『取り調べをするならカツ丼ぐらい出すのが常識だ!』などと言って暴れ出したのである。


 その為しかたなく二人の要求に応じるハメになったのだが、なにせ極秘の部署である為に出前を取る訳にもいかず、佐々木が部下に○野家の牛丼を買いに行かせたのだ。


 二人が注文したのは、全部で牛丼特盛十二人前と味噌汁五人前で、その内の牛丼七人前と味噌汁二人前が獣吾の胃袋に消え、牛丼四人前と味噌汁二人前は恭也の胃袋に収まった。


獣化した後は余程腹が減るのであろうか、常人が一食で食べる量を遥かに超えている。

獣吾の食べた量は、大食い選手権の選手でも目を剥く程であった。


 牛丼特盛十二人前と味噌汁五人前の内、残りの牛丼と味噌汁を一人前づつを李が食べる事になったのだが、さすがに佐々木への申し訳けなさからか、それとも恭也達の食べっぷりに辟易して食欲を無くしたのか、李は牛丼を半分しか食べる事が出来なかった。


 隣のモニタールームからマジックミラーで覗いていた佐々木や水野達は、見ているだけで胸やけしそうだった。


「はぁ喰った喰った」


 恭也は、使い終わった割り箸を空になった牛丼の入れ物に放り投げると、はち切れんばかりに膨らんだ腹をさも満足そうにポンポンと叩いた。


 獣吾も最後の味噌汁を飲み干すと、山になった空の容器の上に、今空になったばかりの味噌汁のカップを更に高く積み上げた。


 恭也は、先程佐々木に貰ったロングピースに、これまた佐々木から借り受けたジッポライターで火を点けた。


 さも美味そうに大きく煙を吸い込むと、味わう様に口の中で煙を転がし“ふぅ”と大きく紫煙を吐き出した。


 自分の飲んだ味噌汁のカップを灰皿代わりに、煙草の灰を指で落とす。


「へえ、煙草は絶対セッタだと思ってたけど、ロンピーも結構美味いモンだな」


 手に持ったロングピースを眺めながら、恭也はのんびりとした口調で呟いた。


 自分の立場や状況をやはり理解していないのか、全く呑気そのものである。


 それを見ていた李が、大きく溜息をついた。


「あの二人、自分達の置かれている状況を理解しているんですかねえ」


 尋問室の隣の部屋で、マジックミラー越しに恭也達を監視しながら、水野は呆れ顔で言った。


 無論恭也達には聞こえていない。


 厚さ数センチにも及ぶ分厚い壁と、あらゆる周波数帯に対して完璧な防音設備を整えた尋問室では、如何に獣人であっても室外の音を聞き取る事は出来ない。


 ましてや、人間の声帯から発する音域などは完全にシャットアウトするシステムになっている。


 だがセキュリティの面に於いてここは、市ヶ谷の『C・V・U』本部に遠く及ばなかった。


 本来であれば、いざと言う時の為に『C・V・U』の実働部隊や他にも自衛隊員達が数多く滞在し、武器や兵器も豊富な市ヶ谷の本部に連行したかったのだが、何しろ自衛隊の駐屯地へ部外者の三人を連行する訳にも行かない。


 更に李に対する信頼もあった。


 今回の一件で、李が十八年間にも渡る歳月、ヴァンパイアであった亡き御子神恭介の一子“御子神恭也”を、自分達に隠して育てて来た事実は拭い様も無いが、これまで幾度となくヴァンパイアの捜査や戦闘に協力し、佐々木のみならず他の隊員達の命を幾度となく救って来た李の功績は、全幅の信頼を寄せるに足るものがある。


 無論李の人柄に寄る信頼も厚いのだが、佐々木には依然李に対する尊崇の念を強く抱いていた。


 それにこの当麻獣吾と名乗る獣人だが、生物学的に人間では無いと言う点以外は、年齢はまだ若いが何処か信頼に足る人物の様に思える。


 確かにヴァンパイアや、十八年前の事件に関わった当時の政治家達には強い殺意を抱いている様だが、何の罪も無い家族や仲間を皆殺しにされたのだ。


 復讐心に駆られて当然だし、自分であっても間違いなく復讐の鬼と化していたに違いない。


 また無関係な人間に対しては極めて温厚そうな態度を見る限り、そう言った意味ではこの男より“危険”な“人間”は幾らでも居た。


 問題は御子神恭也だ。


 彼の父親である故御子神恭介は、例えヴァンパイアとは言え李同様全幅の信頼を寄せるに足る人物で、佐々木にとっては李と共に酒を酌み交わした友人でもある。


 だが幾ら父親が好人物で、育ての親がこの李周礼であったとしても、本人が好人物とは限らない。


 好戦的で反抗的、しかも粗暴……。


 どう見ても街の不良かチンピラだ。


 しかもただの不良ではない。


 彼はヴァンパイアと獣人の混血なのである。


 危険と言えばこれ以上危険な男はいないだろう。


 実際、人間としての御子神恭也の事を調べるのに全く時間を要しなかった。


 彼の資料は、所轄に腐る程あったからだ。


 本名=李恭也


 生まれたばかりで李周礼に引き取られ、李の養子となる。


 ただ今では、理由は不明だが通称として実父の姓である“御子神”を名乗っていた。

 

 本籍は神奈川県横浜市だが、現住所はあの事件のあった近所のアパートとなっている。


 都立城北高校の三年で現在十八歳。


 高校生でありながら深夜までBARのアルバイトをした挙げ句、更には様々な飲み屋の用心棒までしていた。


 数々の事件を起こし、その殆どが暴力・傷害事件に関わる物だ。


 鑑別所送りになっていないのが不思議なくらいである。


 彼の関わった事件の原因は、相手から因縁を付けられ喧嘩を売られたとか、某かの暴力事件に巻き込まれたと言ったケースが多かった。


 しかも喧嘩相手は、暴走族やギャング等の不良達か本職のヤクザであり、相手が大勢で武器を所持していたのに対し、御子神恭也はあくまで単独で素手による喧嘩であった。


 その為幾ら勝者が御子神恭也で、相手が怪我を負って病院送りになっていたとしても、傷害事件の加害者として立件するには無理があった。


 それらの理由から、結果的に仕方なく被害者として扱われる事が多く、家庭裁判所への送致には至らなかったのだ。


 せいぜい補導と訓告止まりである。


 かなり粗暴な人物の様だが、その一方仲間思いで義理人情にも厚いとの評価もあった。


 先程垣間見たこの男の表情は、義理や友情に厚い極めて人間的なものであった。


『……このビルの二階で死んでるゾンビ達の中に、派手なフレア柄の黒いTシャツにブラックジーンズを穿いて頭割られて死んでるゾンビがいる……』


『……そいつは俺のダチだから、絶対粗末に扱うんじゃねえぞ!……』


『……頼むぜ、奴は馬鹿だけど良い奴だったんだ。くれぐれも手厚く弔ってくれ……』


 特車に乗り込む際に、御子神恭也が言った言葉が思い起こされる。


 あの時の真剣な眼差しは、決して偽りなどとは思えない。


 粗暴で反抗的な態度の裏に、実はこの男の本当の優しさみたいなものが隠されているのかも知れなかった。


 佐々木はそんな事を考えながら、恭也達三人を眺めていた。


 その時、甲高い電子音を響かせ、佐々木達の居る部屋の電子ロックが解除された。


 ドアが開き、室長の久保が入って来た。


 その後ろに、先程まで佐々木と共に李を尾行していた杉本と不破の姿も見える。


 不破は、両手で長方形のエレキギターのハードケースの様な代物を持っていた。


 獣吾のスーツケースである。


 巨大な獣吾が持つとそれ程感じないが、不破が持つとそのギターケースが異様に大きく感じられた。


 いや、感じるだけではない。


 実際に大きいのだ。


 通常のギターケース等では考えられない大きさの特注品であった。


 ケースの中には、当然ながら『降魔の斧』が入っている。


 かなりの重量があるのだろう、不破はヨロヨロとふらついていた。


 不破は佐々木達と別れた後、聖華女子高校の校舎裏で気を失っていた杉本を起こし、その後二人で現場の廃ビルに戻った。


 そして佐々木から電話で頼まれた獣吾のケースと恭也の携帯電話、更に恭也の財布とライターを、未だ現場に残り作業をしていた『C・V・U』の隊員から預かり、この『内調』の本部まで持って来たのだ。


「三人の様子はどうだ?」


 佐々木の顔を見るなり、室長の久保が聞いた。


「はい。先程食事が終わり、今はご覧の通りです」


 佐々木は、久保をマジックミラーへと促した。


 久保は尋問室の三人へと視線を移した。


「だいぶリラックスしている様だな。では行こうか」


 そう言うと、久保は尋問室へ向かうべくモニタールームを出ようと扉へ向かった。


 佐々木がそれに続く。


 実際、久保が尋問に参加する事は異例中の異例だが、今日に限っては事の重大性や、古くからの知己である李に対する礼を尽くしての事である。


「モニターと録画はちゃんとしておけ。 あと俺達と同行して来た『C・V・U』の実働部隊と警備班を、尋問室の前で待機させておくんだ! フル装備でな!」


 佐々木は水野に命じた。


 そして久保と佐々木がモニタールームを後にした時、扉の外で待機していた杉本と不破が佐々木に声を掛けた。


「主任、申し訳ありません。まんまと老師にしてやられました。」


 杉本が頭を下げる。


「あの老師が相手では仕方ない。それより身体は大丈夫か?」


「はい。かなり手加減して貰った様で、どこにも異常はありません」


「そうか、ではお前は不破と共に市ヶ谷に戻れ、今日はご苦労だった」


「はい、分かりました」


 そう言って、杉本は久保や佐々木に一礼した。


「主任、これが先程主任から頼まれて現場から運んで来た品です」


 不破は、床に置いたケースとビニール袋に入れられた恭也の携帯、財布、ライターを佐々木に見せた。


「このケースの中身は?」


 佐々木の横に居た久保が尋ねた。


「ハッ、中身は総金属性の戦斧と、老師宛ての手紙、後は恐らく戦斧を手入れする為の細々とした道具類でしょう」


「戦斧だと? そんな物を尋問室に持ち込む訳には行かんぞ!」


 久保は佐々木を見遣った。


「不破、そのケースの中から老師宛ての手紙だけを取り出してくれ。後は資料の保管室にでも入れておくんだ。それが済んだら杉本と共に市ヶ谷に戻ってくれ」


「分かりました。では主任、これをお願いします」


 そう言って不破は、持っていたビニール袋と李宛ての手紙を佐々木に手渡した。


「今日は無理を言ってすまなかったな」


 ビニール袋や手紙を受け取った佐々木が言った。


「いえ。それでは室長、主任失礼します」


 不破は、再び重いスーツケースを両手で持ち、杉本と共に佐々木達に背を向けた。


「では室長……」


 佐々木は久保に向き直った。


「うむっ」


 久保が頷く。


 空いている手でスーツのポケットをまさぐり、取り出したカードを尋問室の扉の脇にあるカードリーダーの長細い溝に通した。


 更にカードリーダーの下に取り付けられた暗証番号用のテンキーに、予め登録された暗証番号を打ち込む。


 すると尋問室の重い扉のロックが、鈍い金属音と共に解除された。


 佐々木が先導して扉を開けると、恭也達三人の視線が一斉に佐々木へと集中した。 

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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