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 恭也・李・獣吾の三人は、『C・V・U』の特殊車輌に揺られていた。


 無論佐々木も同乗している。


 しかも恭也達三人の周りでは、H&K−MP5サブマシンガンを手にした『C・V・U』実働部隊の五人が、三人をぐるりと取り囲んでいた。


 李はそうでもないが、獣吾は不満げな態度を露にしていた。


 恭也に至っては、乗車してからずっと不平不満を連呼し、不機嫌な顔で足を踏み鳴らしている。


 先程は、車内で佐々木に煙草を貰おうとして李に頭を殴られたばかりだ。


「全くガタガタ煩い奴じゃのう。ちょっとは静かに出来んのか! この猿が」


 李は、不機嫌この上無い恭也に向かい、流石に苛立ちを露に言った。


「チェッ、煩えなあ。誰が猿だよ。猿はテメエだろうが……」


 恭也がぼやいた。


「なんじゃと!」


 李が、怒りで顔を赤く染め怒鳴った。


「まあまあ老師、もうすぐ着きますから……」


 怒り心頭の李を、佐々木が見るに見兼ねて宥めた。

 さっきからこの繰り返しである。


 獣吾も流石に辟易した顔で天井を見上げた。


「時にお前さん、何故儂の名を知ってあんなに驚いたのじゃ? いやそれよりも、何故儂の名を知っておる?」


 佐々木に宥められ気を取り直した李が、天井を見上げる獣吾に向き直って尋ねた。


 いきなり話し掛けられた獣吾が、驚いて李に顔を向けた。


「儂は人狼には知己がおらぬ筈じゃが、何処で儂の名を聞いた?」


 更に李が尋ねる。


「ああ、あんたの名前を聞いたのは俺の爺さんからだ」


「お前さんの爺さんじゃと?」


「ああ、俺の爺さんと言っても血は繋がっちゃいねえ。爺さんは俺の養父なんだ」


「ほう……、して、名は何と言うんじゃ?」


「当麻以蔵だ」


「何じゃと! 当麻以蔵じゃとう!」


 今度は李が驚いた。


 あまりの驚きに口をパクパクさせている。


 なかなか次の言葉が出て来ない様だ。


「まっ、まさか……。あの“防人”の以蔵が生きておったとは……」


 李は、何とか声を搾り出した。


「ああ、でもちょっと前に死んじまったがな……」


 獣吾の声が細くなった。


 ここで言う防人とは、獣人族の動向を常に監視し、人間(朝廷)と獣人族の間を司るよう朝廷に任命された一族の事である。


 その昔、獣人族は国津神の末として人々から恐れられ、各々の時代の朝廷(人間側)と血みどろの戦を幾度も繰り返して来た。


 平安時代の後期、当時の武将・坂上田村麻呂の功により、遂に獣人族は時の朝廷と和睦し、それ以降岩手県にある遠野の山奥を隠れ里として暮らす様になったのだ。


 その時、獣人族は和睦した朝廷との間に人間とは直接関わりを持たず独自の村落を築くとの約定を定め、それ以来当麻家の一族が“防人”としての任を担って来たのである。


「そうか……。それは悪い事を聞いた、すまなかったのう…」


 李が申し訳なさそうにぼそりと言った。


「良いさ、気にしちゃいねえよ。それに俺の爺さんが言ってた李周礼にもこうして出会えたんだからな」


 獣吾が言った。


「そうか……。奴め、何故生きておったなら一言知らせてくれなんだのか……。しかもまたしても黙ったまま逝ってしまうとは……」


 李は肩を落とし、哀しげな瞳でぼそりと呟いた。


「爺さん……」


 獣吾は、うなだれる李に声を掛けようとしたが、それ以上言葉が出てこなかった。


 獣吾の心遣いを悟ってか、李は顔を上げた。


「……。じゃが以蔵は、儂に会ってどうせいと言うておったのじゃ?」


 李は、気を取り直して尋ねた。


「それは、爺さんから最後に預かった手紙に書いてあるよ」


 獣吾が答える。


「ではその手紙は?」


「さっきのビルの二階に置いて来ちまったケースの中に入ったままだ」


「そうじゃったのか……」


 李は、先程の獣吾と佐々木のやり取りを思い出した。


 佐々木や『C・V・U』の隊員は、黙って二人の会話を聴いている。


 恭也も先程までとは打って変わり、二人の会話を黙って聴いていた。


 しばしの間、車のエンジン音と路面を走るタイヤの音だけが車内に響いた。


「時に以蔵が何でお前さんの養父になったのじゃ? いや、そもそも以蔵もお前さんも何で生きておるのじゃ? 獣人族は十八年前に絶滅した筈ではなかったのか? それに以蔵は、お前さん達獣人族に喰い殺されたと聞いておったが……?」


 車内の沈黙を破り、再び李が尋ねた。


「やっぱりあんたもそう思っていたのか……」


 獣吾がぼつりと言った。


「何か儂らの知らぬ深い事情がある様じゃの」


「ああ、とんでも無えからくりがな!」


「からくりだと?」


 それまで黙って二人の会話を聴いていた佐々木が、思わず身を乗り出して叫んだ。


「そうだ。からくりもからくり、大からくりよ」


「そのからくりとはいったい何じゃ?」


 李が尋ねた。


「俺はまだ小さかったからあまり覚えちゃいねえが、爺さんの話によると俺達獣人族が滅ぼされたのは、忌ま忌ましいヴァンパイア共と人間の政治家共の策略だったって事さ!」


 獣吾が吐き捨てる様に言った。


「何だと!」


「何じゃと?」


 李と佐々木は、驚いて同時に声を上げた。


「そうさ、俺の本当の親父もお袋も、同族の仲間も皆、獣人族が爺さんや爺さんの家族を喰い殺したって言う罠に掛けられて、人間共に皆殺しにされたんだ! 本当に爺さんの家族を殺したのはヴァンパイアの仕業だったて言うのに……」


 獣吾は、怒りを露にして握り絞めた拳をブルブルと震わせた。


「何と言う事じゃ……。まさか獣人族が絶滅したのが吸血鬼共の策謀じゃったとは…」


「それだけじゃねえ、そん時の政治家の奴らも、全てはヴァンパイアの策謀だと知っていながら、目先の金と自分達の保身の為に奴らに協力したんだ! 強化人間とか言う化け物を使ってな!」


「何? 強化人間だと!」


 佐々木が叫んだ。


「何じゃ? その強化人間と言うのは?」


 李が、隣で固まっている佐々木に尋ねた。


「私も噂で聞いただけですが、以前自衛隊がアメリカの軍部と協力して開発を進めていたプロジェクトの事です。詳しくは知りませんが、癌細胞の急激な分裂及び増殖に関わる遺伝子のみを取り出し、それを人間の遺伝子に組み込む事でヴァンパイアや獣人並の再生復元能力を付加し、人工筋肉やドーピング等の薬物投与により飛躍的に筋力を増大させた一種の改造人間なのです。更に言えば、ロボトミー手術等で痛みを完全に除去し、痛みや恐怖を感じない、完璧な兵士を作り上げるのがその目的だと聞いています。ですがその技術は倫理的に問題がある上に、技術的にもまだ完成の域には達していなかった為、開発途上で計画自体が頓挫したと聞かされていたのですが…、まさか十八年も前に実戦投入されていたとは信じられません」


「だが実際には完成していた……だろ?」


 恭也がいきなり口を開いた。


「そうだ。爺さんの話では、俺達の仲間を皆殺しにしたのは、間違いなくその強化人間だと言っていた」


「じゃがそれなら政府が動いたと言う事じゃろう。ならば何故『内調』がその事実を掴んでおらんのじゃ?」


 李が佐々木に尋ねた。


「我々『内調』や『C・V・U』は、内閣官房の一部局になっていますが、それはあくまで方便で実質はヴァンパイア専門の独立組織です。ですが獣人族は以前より法務省の公安調査庁の仕切りだったのです。ましてや強化人間は自衛隊とアメリカの極秘プロジェクトで、自衛隊や防衛省の人間でも一部の者しか知らされていないトップシークレットです。幾ら『内調』の下部組織である我々や市ヶ谷に本部を置く『C・V・U』でも、所詮は間借り人過ぎません……。部外者の私達が真実を知る事なんて出来る訳ありませんよ!」


 佐々木にしては珍しく、苛立ちを吐き出す様に言った。


「分かった、分かった。悪かったのう、つまらぬ事を言って」


 李は、宥める様に素直に詫びた。


「つい取り乱しました。申し訳ありません」


 佐々木は気を取り直して頭を下げた。


「いや儂こそすまぬ。お前さん達が政治家や官僚の縦割り行政の中で四苦八苦しておるのを知りながら、本当につまらぬ事を言うてしもうた。この通りじゃ」


 李も申し訳なさそうに頭を下げた。


「けどよう、まあ政治家の奴らはともかく、ヴァンパイア達がそこまでして獣人族を皆殺しにした訳はいったい何だったんだよ?」


 恭也が獣吾に聞いた。


「そこまでは俺も詳しく聞いてねえよ。ただ爺さんは知っていたみたいだから、李の爺さんに宛てた手紙には、そこの所を詳しく書いてあるかも知れねえ……。ただ……」


「ただ何だよ」


「どうやら御子神恭介とか言うヴァンパイアがこの件に、深く関わっていたらしいんだ」


 獣吾はぼそりと言った。


「何だと?」


「何じゃと!」


「ナニーッ!」


 佐々木・李・恭也の三人は、あまりの驚きに椅子から腰を浮かし、奇しくも同時に叫び声を上げた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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