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「そこまでだ! 全員そのまま手を上げてこちらを向け!」
低いバリトンが夜気を裂いた。
見ると、大勢のスーツ姿の男達がこちらにグロッグの銃口向けている。
次の瞬間、三台の特殊車輌が、まるで獲物に襲い掛かる猛獣の様に、雪崩を打ってビルの駐車場内に飛び込んで来た。
艶消しの黒色に塗り込められた『C・V・U』の部隊運搬用特殊車輌である。
三菱のトラック『キャンター4WD』の2トンシャーシを、隊員運搬用に改造した車輌だ。
警察庁の特殊強襲部隊(SAT)が使用している特型警備車とほぼ同じ物だが、この車輌には天井部分に白字で『C・V・U』の文字が描かれていた。
これら三台の特殊車輌は、駐車場に入るや否や恭也達三人を取り囲む様に停まった。
同時に車輌の後部ハッチが開け放たれ、中から黒い服に身を包んだ一団が一斉に下車し、素早く恭也達を取り囲んだ。
良く訓練された者達だけが出来る、素早く的確な動きであった。
男達は、頭に黒いケプラー製のフリッツヘルメットを被り、顔は黒のフェイスマスクで覆われ人相の識別が出来ない。
更に黒のBDUの上下を纏い、黒のボディアーマーや各種パッドで要所をガードしている。
ケプラー繊維を使ったボディアーマーには、ベルクロで大小のポーチが取り付けられ、レッグ・ホルスターには武骨なグロッグ18Cが収められていた。
グロッグ18Cはグロック17にフルオート機構を搭載させた銃で、動きの素早いヴァンパイアに対して高い制圧能力を有している為、日本ではこの『C・V・U』の全隊員や『内調』の職員のみに正式採用されている。
手に持ったメインアームはH&KのMP5だ。
9㎜パラベラム弾を使用するサブマシンガンで、銃身が短い為狭い空間での取り回しがし易く、建物内での戦闘に向いている。
全体に黒を基調とした、標準的なSWATと同じ装備だ。
だが細かい点では幾つかの相違点が見受けられた。
全員が首にチタン製の繊維を細かく織り込んだネックガードを巻いており、他にもゲブラー繊維で出来たアームガードや、ショルダーパッド、それに先端にチタン製の板を埋め込んだコンバットブーツなどを身に着けている点だ。
これらは対ヴァンパイア、対ゾンビを目的とした『C・V・U』制圧部隊の専用装備なのだ。
『C・V・U』の制圧部隊の人数は、三個分隊・全十五人であった。
三人を取り囲む全員が、水銀弾を装填したMP5の銃口を、恭也達三人へ向けて構えている。
駐車場の出入り口で銃を構えていたスーツ姿の男達も、グロッグを構えながらゆっくりと近付いて来た。
三人は両手を上げた。
「おい爺さん、囲まれちまったぜ」
獣吾が人事の様に言った。
悲壮感や焦りなど全く見られない。
余程肝が据わっているのか、獣人である自分に自信があるのかどちらかであろう。
「まあすぐに殺される訳でもあるまい。大人しくしておれば良い事よ」
李にも全く緊張の色が見られない。
恭也に至っては、先程獣吾に殴られて出た鼻血の塊を、涼しい顔でホジっている。
この三人の実力であれば、こうなる前に逃亡する事は十分可能であった。
実際に、恭也や獣吾は逃げるそぶりを見せていた。
しかしそれを李が止めたのだ。
今ここに来ている佐々木や、『内調』の室長である久保とは旧知の仲だから、決して悪いようにはしないと獣吾を説得したのである。
だが獣吾が逃げるのを思い止まった本当の理由は、李に説得されたからではなく、この不思議な老人と惚けた顔で今鼻をホジっている“化け物”に興味を抱いたからだ。
いや、興味以上のモノをだ。
「白石の班と坂下の分隊はビルの中を見て来い!」
先程夜気を裂いた低いバリトンが、男達に命令した。
『内調』の佐々木である。
するとスーツを着た男達四人と、三人を取り囲んでいた黒ずくめの戦闘服の男達五人が、ビルの入口へと足早に移動した。
「おい、全員ライトと暗視ゴーグルを忘れるな!」
佐々木が声を掛ける。
その声に応じてスーツ姿の四人が、特殊車輌へハンドライトと暗視ゴーグルを取りに戻った。
戦闘服の男達は、ヘルメットに暗視ゴーグルが装備されている上に、MP5にもライトがマウントされている為、そのままビルの入口で待機している。
それぞれハンドライトと暗視ゴーグルを装備した四人が合流し、計九人の姿がビルの中に見えなくなると、佐々木は李達に歩み寄った。
「老師、これはどう言う事ですか?」
佐々木の口調は厳しかった。
「すまんかったのう。この通りじゃ」
李が“ぺこり”と頭を下げた。
「老師、残念です……」
佐々木のバリトンが、更に低く沈んだ。
「もう一つ申し訳ないついでに、杉本君じゃったかな? 儂を尾行しておったのは。彼は今聖華女子高校の校舎裏で寝ておる筈じゃ。悪いが起こしてやってくれんかのう」
「やはりそうでしたか……、分かりました。それでは老師、私達に同行し、これまでの経緯を本部でご説明頂けますか? 後の二人も我々に同行してくれ」
佐々木は、李と残る二人に目をやった。
「分かった……。じゃが儂の事はともかく、あの二人の安全だけはくれぐれも保証してくれぬか……。頼む……」
李の眼差しは真剣だった。
瞳の奥に一種の覚悟さえ見受けられる。
「承知しております。それで、肝心の飯沼彰二の姿が見えませんが……?」
「上で死んでるぜ!」
李とのやり取りを黙って聞いていた恭也が、親指で後ろのビルを指しながら答えた。
その時、佐々木のイヤホンマイクに、先程ビルの中へ入って行った白石からの連絡が入った。
『主任、ビルの内は生存者及び動く物は一切発見出来ません。その代わり、二階の一室が凄惨な状況となってます!』
白石の声は、殆ど怒鳴り声となっていた。
「もっと詳しく報告しろ!」
佐々木もマイクに向かって怒鳴り返す。
『二階の一室は、血塗れで凄惨な状況です。あ、ちょっと待って下さい! ん? ……そうか! 今、飯沼彰二の遺体が発見されました。頭部を縦に割られて、既に絶命している様です。更に十数体のゾンビ共が床に倒れ、活動を停止しています。恐らくこの辺りで行方不明になっていた住民だと思われます!』
「分かった。今から本部に連絡して現場処理班と鑑識班を呼ぶ。お前達は他に活動可能なゾンビやヴァンパイアが居ないか、ビルの隅々まで捜索しろ!」
『分かりました』
そう言って白石は通信を切った。
「お前が言った通り、飯沼彰二は死亡していた。もしかしてお前が殺ったのか?」
佐々木が恭也を睨み付けて言った。
「ケッ、俺じゃねえよ。本当なら奴は、俺がぶち殺す予定だったんだがな!」
そう答えると、恭也はふて腐れて地面に唾を吐いた。
「ではお前か?」
次は獣吾を見て尋ねた。
「俺でもねえよ」
獣吾も素知らぬフリで答える。
「では老師が……?」
佐々木は、最後に李へと視線を移した。
「いや儂でもない」
李が答える。
佐々木は、埒が開かぬと言った表情で頭を振った。
「とにかく詳しい事は本部に着いてから伺います。老師達はその車に乗って下さい」
佐々木が言った。
李が頷く。
佐々木は、イヤホンマイクでビル内の白石を再び呼び出した。
「白石、俺は今から制圧部隊の一個分隊と共に老師達を連れて『内調』本部へ行く。お前は、残りの二個分隊や現場捜査官と共に現場処理班と鑑識班を待ち、このビルを完全に封鎖した上で、調査と事後処理を頼む」
『分かりました。くれぐれもお気を付け下さい』
白石が答えた。
「不破!」
佐々木が後ろで待機している不破に声を掛ける。
不破が佐々木に駆け寄た。
「何です?」
不破が尋ねる。
「杉本が今聖華女子高校の校舎の裏手で寝ているそうだ。今から行って奴を起こしてやってくれ」
佐々木が言った。
不破は“くすっ”と笑って李の顔を見た。
李は悪戯が見付かった子供の様に“ペロッ”と下を出した。
“オホン”
佐々木がわざと咳払いをする。
李と不破は肩を竦めた。
「では悪いが俺の車を使ってくれ。車はまだ『アラジン』の駐車場に置いたままだ。杉本を起こしたら、杉本と共に本部へ車を持って来てくれ。頼んだぞ!」
そう言って佐々木は、不破に向かって車のキーを投げて寄越した。
「分かりました。では後ほど」
空中でキーを受け取った不破は、そう言って佐々木と李に一礼すると、そのままビルの敷地から立ち去った。
「よし! では老師、ご同行お願いします」
佐々木は李達三人に向かって言った。
「車を廻せ。その“特車”で構わん。谷口、お前達の分隊は俺達と“特車”に同乗しろ!」
佐々木が叫んだ。
すると黒塗りの特殊車輌が移動し、佐々木や李達の前で停車した。
「さあ、乗り心地は良くないですが、この車にご乗車下さい」
佐々木が三人に促した。
「おい、ちょっと待てよ! 二階の部屋に忘れ物があるんだ!」
今まで黙っていた獣吾が、慌てて後ろから佐々木に声を掛けた。
「あっ、俺の携帯も無え! どっかに落っことしたみてぇだ!」
恭也も、ボロボロになったジーンズのポケットを探り“ハッ”として叫んだ。
二人は、佐々木達を無視してビルに戻ろうと踵を返した。
「待ちたまえ。君達の忘れ物は後で我々が必ず届ける。今は我々と同行してくれ」
佐々木が二人を止めた。
「何言ってやがる。アレは俺の命の次に大切な物なんだ。オメエら人間なんかに託す訳には行かねえんだよ!」
獣吾は、顔を赤らげ怒鳴った。
「俺の携帯もだ!」
恭也も獣吾に同調した。
「何なら力ずくでも構わねえんだぜ…」
獣吾が凄んだ。
獣吾の身体から殺気がゆらりと立ち上る。
佐々木はさっと身構えた。
周りを取り囲む部隊の隊員達も、一斉にMP5の銃口を獣吾に向ける。
獣吾や佐々木達の間に“ぐうん”と鋭い殺気がうねった!
「まあまあ、お前さんも凄むでない。お前さん達も銃を下ろせ!」
李が皆を宥める様に言った。
「だ、だがよう……」
獣吾が口篭った。
最初に出会った時から、獣吾はどうも李が苦手らしい。
いや、苦手と言うよりも、いつの間にか心を許してしまい思うように反抗出来ないのだ。
獣人族は、本来警戒心が強い種族である筈なのに、獣吾は自分の気持ちが不思議でならなかった。
知らず知らずの内に、人の心に自然に入り込んでくる。
誠に不思議な老人であった。
獣吾の殺気が鎮まった事で、佐々木や隊員達も一応に銃口を下げた。
「分かったよ。だが大切に扱ってくれよ!」
獣吾は不承不承言った。
「お前も良いな!」
李は、恭也に“ガン”として言った。
「あ、ああ。仕方ねえなあ」
恭也も仕方なく了承した。
「では、ご乗車下さい」
佐々木は、李達三人に再度乗車を促した。
「おっと、そこにあるV−MAX俺のなんだが、そいつも運んでくれるのか?」
恭也が、ビルの入口付近に止めてあるバイクを指差して言った。
「分かった。運ばせよう」
佐々木が言った。
「じゃあ頼んだぜ。鍵は付いてるからな! それとオイ、転かすんじゃねえぜ!」
恭也は佐々木に答えながら、側にいた隊員の一人に“ガン”を飛ばした。
顔がヘルメットに当たる程近付けている。
フェイスマスクに覆われた隊員の目が微かに怯えた。
「俺のビッグホーンが外に止めてあるんだが、そいつも頼めるかい?」
すると今度は、獣吾が佐々木に向かって言った。
「分かった、君のも運ばせる」
佐々木は、些か辟易した様子で言った。
「もう良いかな? では老師……」
佐々木が李達に言った。
李達は、促されるままに、特殊車輌の後部の観音扉から中へ乗り込もうとした。
恭也が、佐々木の横を通り過ぎようとした時ふと足を止めた。
「あんたがここの一番偉いさんか?」
恭也は、佐々木の耳元でぼそりと言った。
「ああ、そうだが?」
「このビルの二階で死んでるゾンビ達の中に、派手なフレア柄の黒いTシャツにブラックジーンズを穿いて、頭割られて死んでるゾンビがいる。そいつは俺のダチだから、絶対粗末に扱うんじゃねえぞ!」
「名前は?」
「宮内茂……」
恭也の声が少し詰まった。
「分かった。丁重に扱おう」
「頼むぜ、奴は馬鹿だけど良い奴だったんだ。くれぐれも手厚く弔ってくれ…」
恭也は真剣な眼差しでそう言うと、再び歩みを始めた。
「なあ爺さん、あんた不思議な術は使うし、この警察みたいな奴らにも顔が利くみたいだが、あんたいったい何者なんだ?」
先頭を行く李の後ろに続いて、車輌のステップに足を乗せながら、獣吾はふと李に声を掛けた。
「儂か? さっきも言うたじゃろうが。儂はしがない仙道士じゃよ」
李が、後ろを見上げて答える。
「じゃあ爺さんは、中国人で“李周礼”って言う仙道士を知らねえか?」
獣吾は、更に尋ねた。
「おい、李周礼ならその化け物爺の事だぜ」
獣吾の更に後ろから恭也が答えた。
「何だって! あんたが李周礼なのか?」
獣吾は、驚いて目を丸くした。
「ああ、儂が李周礼じゃよ」
李が答えた。
獣吾は、その場に固まった。
その時、生暖かい風が吹き始め、あれ程晴れていた夜空がまた分厚い雨雲に覆われ様としていた。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。
あとがき
こうしてあとがきを書くのは初めてですが、ついに『The vampire Apocalypse』(ヴァンパイア黙示録) も第42話、第六章8節をもって、単行本一冊程度(少し頁数が少ないですが)まで辿り着きました。ここまで読んで下さった皆様に心から御礼申し上げます。
実は、スマートフォンに書き貯めた分はまだかなりありますので、次の第七章2節からも今まで通り更にUPして行きます(第七章1節は、同時にUPしたので……)。
お話は、この後闇御前の狙いや真の三種の神器の秘密が次第に明らかになって行き、舞台を移しながら恭也達や『内調』のみでなく、高野山や政府、自衛隊の特殊部隊まで巻き込みながら、真の三種の神器争奪戦が激化して行きます。
またそれに従って、内容もハードな物になって行く予定です。
と言う訳で、今後ともどうかお付き合い頂けますよう、心よりお願い申し上げます。