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「ガアァァァァー!」


 獰猛な猛獣の如く、恭也は獣吾に躍り掛かった!


 最早完全に殺意の塊と化している。


 恭也は、凄まじい殺気とも妖気とも知れぬ……、『魔気』とでも呼ぶべき禍々しい気を全身に纏い、悪鬼の形相で獣吾に迫った。


 以前村田と闘った時や、今朝李と闘った時とは違い、意識そのものはある様だが、凶暴な感情に支配され獣吾を殺す事しか見えていないらしい。


 大きく開いた恭也の口には、長く鋭く伸びた犬歯が覗いていた。


 獣吾は口元に獰猛な笑みを浮かべ、恭也との闘いを楽しむかの様に、敢えて持っていた『降魔の斧』を捨てた。


「吩!」


 恭也が鋭い右のパンチを繰り出す!


 まるで空気を切り裂く様なパンチだ。


 獣吾は、左腕を持ち上げガードした。


 透かさず恭也の左フックが獣吾のボディーを襲う!


 しかしこれも獣吾は右肘でガードした。


「ぐっ!」


 ガードした獣吾の腕が痺れる。


 だが恭也も止まらない。


「ハァァァッ!」


 腰を捻り、ムチの様な右廻し蹴りを獣吾の頭部目掛けて放った!


 しかし、これも左腕で頭部を庇い防いだ。


 廻し蹴りを防いだ部分が、火脹れを起こしそうな蹴りである。


「このぉ!」


 獣吾は、恭也が脚を引き戻すスピードに合わせ、今度は自分の左脚で上段の廻し蹴りを放った。


“ブン!”と低い唸りを上げて、丸太の様な太い脚が恭也の頭部を襲う!


 恭也は、右腕で頭部を庇った。


 恭也の腕に凄まじい衝撃が走る!


「グアッ!」


 恭也の顔が苦痛に歪んだ。


 恭也は、ガードした腕ごと横へ跳ね飛ばされた。


 何と言う凄まじい脚力であろうか。


 腕が折れなかっただけでも幸いである。


 腕でガードしたに拘わらず、恭也の口元からは“スーッ”と紅い血が筋を引いた。


 あまりの衝撃に口の中を切ったらしい。


 だが、恭也もこれぐらいで怯んだりはしない。


 口元の血を紅い舌でぺろりと舐め上げると、更に獰猛な笑みを浮かべて床を蹴り、真っ直ぐ獣吾へと襲い掛かった。


「死ね、この馬鹿!」


 獣吾は突進して来る恭也へ、カウンターの右ストレートを放った。


 だが、完璧なタイミングで繰り出された筈のパンチが、何故か空を切った。


 獣吾のパンチが、恭也の顔面をカウンターで捉えようとした瞬間、目の前から恭也の姿が突如として消えたのだ。


「上か!」


 獣吾が見上げた先には、宙に跳んだ恭也の姿があった。


 恭也は、獣吾に迫る勢いをそのままに、獣吾の放ったカウンターが当たる寸前、上へ跳ぶ事で必殺のカウンターを躱したのだ。


 一瞬、恭也の身体が天井に沈み込んだ様に見えた。


 あまりの跳躍に、部屋の天井に激突するかと思われた恭也だったが、何と高く掲げた両の掌を天井に着け、肘のバネをクッション代わりにして衝撃を吸収したのである。


 更に、橈んだバネが伸びるかの如く、反動を利用して両手で天井を蹴った。


 恭也が鋭い飛び蹴りを放つ。


「チィィー!」


 獣吾は、咄嗟に身を捻った。


 恭也と獣吾の身体が交差する。


 飛び蹴りを躱された恭也は、両手と両足を床に着け着地の衝撃を和らげた。


 四つん這いで獣吾に背を向けた恭也へ、獣吾が右の踵を蹴り落とす。


“ぞくり”


 恭也の背中に冷たいものが走った。


 恭也は、横に転がって獣吾の踵を躱した。


“ボゴッ!”


 獣吾の踵が、恭也の居た場所を踏み抜く。


 床材が砕け、コンクリートに拳大の穴を穿った。


 獣吾の動きは、先程までの十兵衛との闘いで受けたダメージを一切感じさせないものであった。


 恭也は、床を転がると透かさず跳ね起きた。


 跳ね起き様に床を蹴った恭也へ、獣吾の前蹴りが飛んだ。


 恭也の目前に獣吾の蹴りが迫る。


 恭也は下から迫り上がる獣吾の蹴りの速度に合わせ、両手を高く上げ頭から後ろへ跳んだ。


 だが通常のバク転と違い、床を蹴って持ち上がる足で獣吾の顎を下から蹴りに行ったのである。


 獣吾は、上体を後ろへ反らし何とか蹴りを躱した。


 だが躱したと思った瞬間、もう一方の足が下から迫り上がって来る。


 獣吾の下顎を、恭也の蹴りが掠めた。


 床に手を着き、一回転して着地した恭也は、床に足が着いた瞬間身体を左に捻った。


 右足を回転させて獣吾の足を刈りに行く!


ローキックよりも低く、床すれすれの位置を恭也の足が弧を描いた!


前掃腿だ。


「くっ!」


 だが獣吾は、獣の反射神経で後ろに下がりこれも躱す!


 恭也は“ニヤリ”と笑った。


 恭也は、足払いを躱された瞬間、回転の勢いを殺さず左足を大きく振り上げると、そのまま右足で床を蹴った


 跳躍した瞬間身体を回転させ、腰を高く引き上げると、まず左足による擺脚が獣吾の顔面を襲った。


 獣吾はこれも何とか躱したが、更に左足を追う様に弧を描きながら跳ね上がる右の里合腿が、獣吾の顔を目掛け跳ね上がって来た。


“旋風脚”だ。


 だがこの場合、恭也の凄まじい身体能力により旋風と言うよりは竜巻に近い。


 先程の前掃腿は、この“旋風脚”の為の布石だったのだ。


“ボグッ”


 ついに恭也の右足が獣吾の顔面を捉えた。


「がっ!」


 獣吾は首が捩切れる程の衝撃を受け、後ろへ吹き飛んだ。


 背中から床に激突する。


「ぐはっ!」


 獣吾は口の中を切ったらしく、折れた歯と共に大量の血を吐いた。


「このクソが!」


 獣吾は毒気を吐くと、両脚を大きく回転させ跳ね起きた。


 口元に着いた血を腕で拭う。


 恭也は、未だ獰猛な笑みを口元に貼付けたまま、禍々しい眼差しで獣吾を見詰めていた。


「発狂しやがって、何者だ? オメエ……」


 獣吾が尋ねた。


「……」


 だが恭也は答えない。


「シカトかよ……、仕方ねえ。オメエみてえな危ねえ奴は今ここでくたばんな!」


 獣吾は“ぞろり”と言った。


 次の瞬間、獣吾の気の質がガラリと変わった。


 恭也に匹敵する様な、禍々しい妖気が全身から立ち上る。


 恭也が、少し首を傾げた。


 見る見る内に、獣吾の妖気が膨れ上がって行った。


 それに伴い、獣吾の身体にも変化が起こっていた。


 顔や全身の筋肉が、まるで別々の生き物の様にボコボコと蠢いている。


 ただでさえ巨大な身体が、更に一回り大きくなった様だ。


 岩の様な筋肉が更に盛り上がり、骨格そのものも変形している様に見える。


「ガヒュウ!」


 獣の呼気を漏らし、獣吾の身体が大きくのけ反った。


 胸の筋肉が異常に膨張し、Tシャツが裂けた。


 腕には幾筋もの筋肉と血管が不気味な紋様を描き、爪が血肉を絡めながら異様な程長く伸びている。


 更に全身の毛穴から、まるで虫が這い出て来るかの様に、灰色の長い獣毛がぞろりと生えて来た。


 獣吾の全身から発せられる禍々しい妖気は、更に膨らみ続けている。


 のけ反り天井を仰いでいた獣吾の顔が、いきなり正面を向いた!


 既に人相が変わっている。


 頬骨が浮き上がり、目は白目を剥いていた。


 次の瞬間、両耳の先が“ニュ~ッ”と長く伸びる。


 獣吾の身体が“ブルッ”と震えた。


 すると、何と獣吾の上顎と下顎が同時に前へ迫り出して来た。


 完全に顔の骨格が変形している。


 上下の顎が迫り出切ったと思えた次の瞬間、獣吾が迫り出た口を大きく開いた。


「WAoooon!」


 獣吾が、いや化物が高く吠えた。


 だが獣吾の震えは止まらない。


 耳元まで裂け、大きく開いた口の中でも変化が起こっていた。


 顎が前へ伸びた分だけ隙間の空いた歯の間から、何と鋭く尖った歯が生え始めたのだ。


 尖った歯は血と歯茎の肉を絡めながらどんどん伸びてくる。


 すると身体と同じく、顔の毛穴からも灰色の獣毛がぞろりと生え出した。


 幾ら化け物とは言え、僅かな時間の間に、生物の身体がこれ程変化出来るものなのだろうか?


 まるで映画のCGでも見ているかの様だった。


 そうしている間に、獣吾の変化は終わっていた。


 剥いていた白目に黒目が戻り、恭也をギロリと睨む。


 最早自分でも制御出来ない程の妖気が、全身から暴風の様に立ち上っていた。


「お、狼男か……」


 恭也は“ぼそり”と呟いた。


 顔が驚愕に歪んでいる。


 だがそれも一瞬で、またすぐに獰猛な笑みに変わった。


「ふん、面白え!」


 恭也は鼻を鳴らした。


 身体の奥から無限に湧き出る凶暴な感情が、恐怖感さえ麻痺させてしまっている様だ。


「グルルル……」


 獣吾は喉を低く鳴らした。


 背中を丸め前傾姿勢を取る。


 それは、猛獣が獲物に襲い掛かる時のポーズに見えた。


「ガァーッ!」


 獣吾がいきなり襲い掛かった。


 今までとは桁外れのスピードだ!


 躱せないと一瞬で判断した恭也は、両腕を顔前でクロスすると、腹筋に力を込め両足を踏ん張る事で防御の構えをとった。


 獣吾が、鋭い爪を奮う! 


顔をガードした恭也の腕の肉を、獣吾の鋭い爪が刔った!


 恭也の顔が激痛に歪む。


 更に獣吾の蹴りが恭也を襲った!


「ぐっはっ!」


 恭也の右脇腹に、獣吾の左廻し蹴りが入った。


 あまりの獣吾のスピードに、恭也は全く反応する事が出来ない。


 脇腹に凄まじい蹴りを喰らった恭也は、四メートル以上も吹っ飛んだ。


 恭也は部屋の窓際まで吹っ飛ぶと、床に強く激突した。


 受け身さえ取れない。


「ガハッ!」


 恭也は夥しい量の鮮血を口から吐いた。


 いったい何と言うパワーなのか。


 変身した獣吾は、見た目だけで無く、そのスピードやパワーに於いても先程までとは全く別の生物と化していた。


 なるほど、並のヴァンパイアでは敵わぬ筈である。


 恭也は脇腹を押さえ、フラつく足で何とか立ち上がった。


 これ程のダメージを受け、歴然とした力の差を見せ付けられても、止め処無く湧き出る凶暴な感情が、闘う事を止めさせてはくれなかった。


「へっ、まだまだだ……」


 恭也は、唇の端を“にいっ”と吊り上げた。


「ガアァァァァッ!」


 恭也の態度に怒ったのか、凄まじい雄叫びを上げ獣吾が突進した。


 恭也の身体に獣吾が激突する。


“ぐっ!”


 まるでトラックにでも跳ね飛ばされた様な衝撃で声も出ない!


 身体中の骨と言う骨がバラバラになりそうであった。


 獣吾のパワーに足が浮いた恭也は、そのまま机や棚が積み上げられた窓に激突した。


 窓際に積み上げられていただけの机や棚が、恭也が激突した衝撃で吹っ飛び、窓の下へと落ちて行く。


 それと同時に、互いの身体が縺れ、重なり合ったたまま二人は二階の窓から地面に落下した。


“ドシャッ!”


“ズシン!”


 鈍い音を立て、二人は折り重なって地面に激突した。


 例え二階とは言え、ビルの二階からアスファルトの地面にまともに落ちたのだ、二人共無事で済む筈が無い。


 だが獣吾は、何も無かったかの様に“すっく”と立ち上がった。


 全くダメージを受けていないらしい。


 下敷きとなった恭也の身体が、クッションの役目を果たしたのだ。


 獣吾は、仰向けに倒れている恭也の様子を伺った。


 獣人と化した獣吾の蹴りと体当たりをモロに喰らい、更に二階から地面に激突したのだ。


 幸い首の骨を折っていなくとも、全身の骨が砕け死んでいても不思議ではなかった。


 いや、幾らヴァンパイアであろうが、死ななかったまでも重傷である事には違いない。


 だが、恭也の身体から溢れ出る気は、萎むどころか更に激しさを増していた。


 顔が狼に変化している為その表情は読み辛いが、獣吾は驚きに身体を“ビクン”と震わせた。


 次の瞬間、恭也の目が“カッ”と開いた。


 両方の目が白く裏返っている。


 すると、今度は全身から“ボキボキッ”と骨の鳴る音が聞こえた。


“ビキッ”


“ビチッ”


 何か筋肉と骨が剥がされる様な、湿った音まで聞こえて来る。


「ガアァッ!」


 恭也が低く吠えた。


“バキッ”


 それと同時に胸の肋骨が大きく鳴り、“ボコッ”と左右の胸が大きく膨らんだ。


 恭也は、仰向けのまま思い切りのけ反った。


 全身が激しく痙攣する。


 顔が次々と襲って来る激痛に激しく歪んでいた。


 呼吸も満足に出来ないらしい。


 獣吾は、恭也に攻撃を加えるのも忘れ、恭也の変貌に目も心もを奪われていた。


 だが恭也の身体の変化は、それで終わりではなかった。


 獣吾の時と同じ様に、顔や全身の筋肉が、まるで別々の生き物の様にボコボコと蠢いている。


 更に全身の毛穴から長い獣毛がぞろりと生えて来た。


 ただ獣吾の生えて来た獣毛は灰色だったが、恭也の身体から生えて来た獣毛は白色だ。


 いや、白に限りなく近いが、良く見ると金色である。


 仰向けに倒れていた恭也が、まるで幽鬼の様に“ゆらり”と立ち上がった。


 禍々しい魔気を発しながらも、恭也の顔は生気を失ったかの様に表情が失くなっていた。


 あまりの激痛に意識を失い、今は痛みさえ感じていない様だ。


 無表情の顔の頬骨が、不気味に“ボコッ”と浮き上がった。


 それと同時に耳の先が“にゅう”と長く伸びる。


 すると、今度もやはり獣吾と同じ様に、上顎と下顎が同時に前へ迫り出して来た。


 上下の顎が迫り出で来る中、既に伸びていた二本の犬歯が更に長く伸びた。


 口を閉じている為見る事は出来ないが、口腔内では隙間の空いた歯の間から、尖った歯が次々と生えているに違いない。


 閉じた口元から幾筋もの唾液と血が流れ落ち、耳元まで裂けた口の中で、何かがモゾモゾと蠢いていた。


 顔の毛穴からも金色の獣毛がぞろりと生えてくる。


 獣人であった。


 恭也は、獣人へと変貌しているのだ。


 獣吾は、まさに驚愕していた。


 これではまったく自分と同じではないか……。


 育てられた養父からは、同族は全てヴァンパイアと人間により、十八年前に滅ぼされたと聞かされていた。


 だからこの国の中で、獣人は自分一人だと思って生きて来た。


 たが今目の前に、紛う事無き獣人が、刻々とその変貌を遂げているのだ。


 獣吾の戸惑いを他所に、恭也の変化は終わっていた。


 剥いていた白目には黒目が戻り、意識を取り戻したかの様に獣吾を“ギロリ”と睨め付けた。


 白に近い金色の獣毛が、月の光を浴びてキラキラと輝く。


 それは、神々しいまでに全身を金色に染めた、まさに獣人そのものであった。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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