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「不破、あれからお前の方にも、杉本からの連絡は無いか?」
佐々木は苛立ちを隠さず尋ねた。
『はい、あれからまだ何の連絡も入っていません』
耳に入れたイヤホンのスピーカーから、不破の声が響いた。
今佐々木達は、『C・V・U』の現場捜査官を手分けして、飯沼彰二の潜伏場所を探していた。
もうすっかり日が暮れて、辺りは完全に夜になっている。
一刻も早く探し出さねば、飯沼彰二が今宵の犠牲者を求めて行動を始めてしまう。
何としてでも今夜中にケリを着けなければならなかった。
だがそれとは別に、李を尾行中の杉本から連絡が途絶えている事が気掛かりだった。
無論、尾行中にそうそう電話など掛けられる筈もない。
そんな事は佐々木も重々承知している。
だが、李の力量を知る佐々木は、何か悪い予感に苛まれていた。
最後の電話の時、杉本は李を見失ったと言っていた。
やはり李に感づかれたのではないか……。
佐々木の胸を不安が吹き抜けた。
「で、そちらの状況はどうだ?」
佐々木は気を取り直して訊ねた。
『いえ、既に三ヶ所捜索しましたが、まだそれらしい場所は発見出来ていません。もう辺りは暗くなってしまいましたし、奴が狩りに出てしまえば捜しようがありませんよ』
不破が不安気な声を上げる。
「もしも奴が既に狩りに出たとすれば、捜査範囲を広げて駅周辺から捜査をするだけの事だ。だがどちらにせよ、奴の潜伏場所の特定だけは急がねばならん! 他の捜査員にもハッパを掛けるんだ、良いな!」
佐々木は、苛立ちを露に怒鳴った。
『分かりました。捜索を続けます。では!』
「頼む……」
そう言って佐々木は、携帯無線の通話スイッチを切った。
『C・V・U』の現場捜査官と合流した佐々木達は、その場で捜査員の捜査担当エリアを割り振り、飯沼彰二の潜伏場所を総力を挙げて捜査している最中なのだ。
指揮官である筈の佐々木も不破達と別れ、自ら町中を駆け回っていた。
その時、佐々木のスーツの内ポケットから、規則的な振動が伝わって来た。
携帯の着信バイブである。
先程までは通常設定にしてあったのだが、今は捜査中なので音を消してバイブのみの設定にしてあるのだ。
佐々木はポケットから携帯を取り出すと、サブディスプレイで相手の名前を確認した。
発信相手は、本部で佐々木の代わりに指揮を執っている副主任の水野からであった。
佐々木は急ぎ電話に出た。
『主任、水野です』
「何か分かったか?」
『たった今警視庁から報告が入りました』
水野はいつもの冷静な口調で言った。
「それで?」
『はい。警視庁からの報告では、上八代町四丁目にある元広告会社で、今は廃墟となっているビルなのですが、そこに黒いベンツが二台エンジンを掛けたままずっと停まっているらしく、しかも現在そこで激しい乱闘騒ぎが起きていると、住民から所轄へ通報があった様です』
「乱闘? それが何の関係があるんだ? どうせ何処かの不良かヤクザが喧嘩でもして騒いでるのだろう」
佐々木は訝しむ様に言った。
『いえ、そのビルは失踪事件の現場にも程近いですし、他にも最近近所の住民が不気味な声や物音を聞いたと通報があった様です。更にそこには、連日の様に不良達がたむろしていたらしいのですが、この三日間パッタリと姿を見せなくなったそうです。臭うと思いませんか?』
水野は探る様に言った。
「うむ、確かに臭うな。良し分かった! 今から捜査官を全員そのビルに向かわせる!」
『分かりました。ただ住民からの通報を受けた所轄が、近くの交番の警らに現場の見回りをしに行かせたみたいでして……』
「何だと!」
思わず佐々木は大声を張り上げた。
「すぐその警らを呼び戻すよう伝えろ! もしそのビルに飯沼彰二が居るなら、その警官の命が危ない! しかもその黒塗りのベンツも気になる……。もしかしたら奴らが飯沼彰二の始末に来ているのかも知れん」
『ですが、奴らからの報告は、まだ何も届いてはいませんよ』
「そんなのはいつもの事だろうが! 奴らはまた我々を出し抜いて、秘密裏に奴を始末する気かも知れん。そして秘密裏に事を運んでおいて、結局我々には奴らの都合の良い部分だけを事後報告をしてくるだけじゃないか! とにかくその警らを引き上げさせろ!」
『はい、了解しました。所轄へは至急伝えます。主任達もくれぐれも用心して下さい』
「分かった、ありがとう。ではまた連絡する」
そう言って佐々木は電話を切った。
そして携帯無線の通話スイッチを押すと、
「こちら佐々木だ。捜索中の全捜査官に告げる。今本部から飯沼彰二の潜伏先と思われるビルが見付かったとの連絡が入った。至急捜査官はそのビルに急行しろ! 場所は……」
佐々木は、全員にビルの場所を説明した。
「なお、現場には黒塗りのベンツが二台停まっており、乱闘が起きているとの報告もある……。奴らの“処分屋”が来ている可能性も十分考慮して、全員銃の確認を怠るな! いざとなれば発砲も許可する。全員用心して行け! 一人で先走ろうとせず、現場に着いたら俺が行くのを待て! 良いな。以上!」
佐々木は部下達に厳命した。
そして無意識に腰のベルト位置にある膨らみを確認すると、報告にあった廃ビルへと駆け出した。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。