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第六章1:修羅

     第六章

    『修羅』

      1

 ハザードランプを点滅させ、李を乗せたタクシーが停まった。


 場所は聖華女子高校の正門前である。


 車内灯が点り、数瞬の間があった後、李は急ぎタクシーを降りた。


 李はタクシーが行くのを見送ると、用心深く辺りをキョロキョロと見回した。


 そして辺りに人気が無い事を確認すると、正門脇の塀を飛び越え、学校の敷地内へと入って行った。


 どうやら尾行を心配すると言うより、これから学校へ侵入するのに際して、通りに人気が無い事を確認した様だ。


 李の尾行を続けていた杉本は、タクシーがハザードを出した時点で数十メートル手前に停車し、ヘッドライトを消して李の様子を伺っていた。


 佐々木達の車は、駅前通りから右折してすぐの道を更に右折し、杉本とは違う道で捜査班と合流すべく、『アラジン』と言う潰れたパチンコ屋へと向かっている筈だ。


 李の目的地がまさか聖華女子高校だとは思わなかったが、今になれば佐々木が用心の為別ルートにしたのは正解であった。


『アラジン』は、この先へ三百メートル程行った場所にあり、そのまま前後で追走していればニアミスしていたかも知れない。


 李が学校の敷地内に入った事を視認した杉本は、素早くエンジンを切り静かに車を降りると、李の様子を探るべく学校へと近付いた。


 正門に近付き、身体を塀の陰に隠しながら、門の隙間から中の様子を慎重に伺った。


 高い武術の修練を積み、数多くの修羅場(実戦)をくぐり抜けて来た者は、不測の事態や実戦に備える為に緊張状態を常としている者が多く、周囲の気配や敵意に敏感な者が多い。


 実際杉本も、その秀でた察知能力のお陰で今日まで生き延びて来れたと言っても過言ではない。


 しかも相手が、伝説の“武神”と名高い仙道師李周礼ともなれば、迂闊な行動に出る訳にも行かなかった。


 学校の敷地内は、まだグランドの照明が煌々と燈り、何人かの女子高生が部活動の後片付けに追われる姿が見て取れる。


 他にも制服に着替えを済ませ下校する者や、帰宅する教師の姿もあった。


ーー老師の姿が見えない!


 焦りを感じた杉本は、教師や生徒達に不審がられぬ様に注意して学校の裏手へと廻り込むと、校舎の陰にそっと身を潜めた。


 辺りを注意深く伺いながらポケットに仕舞った携帯を取り出すと、不破の携帯へと電話を入れた。


 数度目のコールの後、不破の携帯に直接佐々木が出た。


『杉本か? 老師はどうした? 今どの辺りを走っている?』


 佐々木は、矢継ぎ早に質問を浴びせた。


「主任、老師は今しがたタクシーを降りて聖華女子高校へと入って行きました」


『聖華女子だと? ここから目と鼻の先じゃないか!』


「はい、早い時点で主任と別れて正解でした」


 大声で話す佐々木とは違い、杉本は極力小声で話した。


『まさか老師の目的地が聖華女子高校だったとは……。それで老師は?』


「老師は塀を乗り越え学校の敷地内に入ったのですが、この時間はまだ生徒や教師達が残っていて……」


『見失ったのか?』


「申し訳ありません。ただ生徒や教師に見付かって騒ぎになっても困りますし、あまり接近して老師に気付かれる訳にも行かないので……」


 杉本は、電話越しに頭を下げた。


『女子高では自由に動き回る事が出来ないのも無理はないな。しかも老師の能力を考えれば迂闊に近付く訳にも行かぬ……か……』


 佐々木の声が、思案気に細くなった。


「私はこれから老師を捜します。何らかの理由で老師がここに来られた事は確かでしょうが、こんな人気のある校内に老師の本当の目的があるとは思えません」


『確かにそうかも知れんな。それに飯沼彰二が潜伏している可能性の高いこの地域に、わざわざこのタイミングで来られたのにも引っ掛かる。当初の目的とは違ってかなり複雑な状況になって来たが、くれぐれも慎重に行動してくれ』


「分かりました。引き続き老師の捜索と尾行を続けます」


 そう言って杉本は電話を切った。


 電話している最中も周囲への注意は怠らなかったが、更に辺りを慎重に伺った。


ーー老師は何処に居るのだろう。


 杉本は、再び敷地内を探索すべく後ろを振り返った。


“!”


 その瞬間杉本の身体が“ビクン”と跳ねた。


「ろ!……」


 杉本の声は、言葉にならなかった。


 口を開き、驚愕に目を見開いたままその場に崩れ落ちた。


 杉本は意識を失っていた。


「すまぬのう……」


 失神した杉本の頭上で、李が申し訳なさそうにぼそりと呟いた。


 杉本の尾行に気付いていた李は、敷地内に入ると同時に自らの気配を絶ち、姿を隠して杉本を巻くと、今度は逆に杉本の後を尾けたのである。


 そして佐々木との電話が終わるのを待ち、姿を見せるのと同時に人差し指一本で杉本を失神させたのだ。


 恐るべき技であった。


「どうやら儂の事は完璧に疑われておる様じゃのう。どうして佐々木君もやるものじゃて……」


 李は、愉しそうに目を細めた。


「じゃがそうなれば、一刻も早くあの阿呆を見付けねばならぬな……」


 次の瞬間にも真顔に戻してそう呟くと、李は甚平の懐から一枚の黄色い紙を取り出した。


 先日、村田の行方を捜索するのに使用した符術に用いる紙である。


 今取り出した紙にも、前回と同様に朱墨で呪が書き込まれていた。


 ただし今取り出した紙には、朱墨で書かれた呪の他にも、赤黒い染みの様な汚れが付着している。


 血であった。


 今朝恭也と闘った後、何枚かの紙に恭也の血を染ませておいたのである。


 李は、今後もしもの時が来た場合、すぐにでも恭也の居所が探れるよう準備をしておいたのだ。


 李は、倒れている杉本の足元で、恭也の血を染み込ませた咒符を手に低く呪を唱えた。


 すると村田の時と同様に、咒符は小さな烏へと姿を変え、李が手を上げると同時にバサリと翼を広げ空高く舞い上がった。


 李は、急ぎ式神である烏の飛んで行く方角へと走り始めた。


 烏は、何日かぶりに雲の切れた夜空を、宿主である恭也の元へと飛んで行った。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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