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ーーったく、勢い余って飛び出しては来たのは良いものの、いったいどうすりゃ良いんだ?
俺は、薄暗くなった裏通りをさ迷っていた。
陽子から、聖華女子高校の周辺で行方不明になってる奴らがいると聞いて、ショウの奴をぶっ飛ばしたい一心でバイクを飛ばしては来たものの、良く考えてみりゃあどうやって捜せば良いんだ?
学校の周辺たって、どこまでが周辺かなんて括りがある訳じゃねえし、実際本当に奴がこの辺りに居るって保証がある訳でもねえ。
俺は途方に暮れていた。
だが、せっかくここまで来て諦めて帰るのもバカらしい。
俺は、ゆっくりとアクセルを開け、左右の建物を物色しながら走った。
通行人共が、俺に不審な眼差しを向ける。
建物だけじゃなく、通行人にも慎重に目を配ったが、ショウと思しき奴には出会わなかった。
既に陽子の学校からはかなり離れてしまっている。
俺は、バイクを道の脇に停車させた。
ジーンズからクシャクシャになったタバコとライターを取り出すと、一本口に咥え火を点けた。
深く煙を吸い込みゆっくりと吐き出す。
ーーもう一度学校へ戻って、違う道を流してみるか……。
俺は、やれやれと言った感じで空を仰いだ。
空には珍しく星や月が輝いている。
俺は、特に意識する事も無く丸く輝く月や星を見入った。
こうして俺は、夜空を見ながら一本吸い終えると、再びバイクを発進させた。
手近な道を左折し、今来た道とは別のルートで学校へと引き返す。
“ドクン……”
ーーうん?
“ドクン……”
ーー何だ?
“ドクン!”
ーーまただ。
何故か心臓の鼓動を強く感じる。
この感じにはどこか薄っすらと記憶がある。
遠い記憶では無い。
むしろ最近の記憶だ。
“ドクンドクン……”
ーーそうだ!あの夜村田と殺り合った時だ。
ーー晶子が村田に殺され、俺がもう駄目かと思った時だ。
だがあの夜感じた、禍々しくも凶暴な昂揚感とは微妙に違う。
実際に昂揚感は高まっているが、それとは別に五感が開いて行く様な感覚があった。
視覚・嗅覚・聴覚・触覚・味覚……。
この中で味覚だけはあまり実感が無いが、その他の感覚が徐々に研ぎ澄まされて行くのを感じる。
後方に流れ去る風景や、先に見える道路や町並みが次第に澄んで行く様だ。
明度そのものが増している様に思えた。
先程まで感じなかった様々な種類の匂いが、今では個々の識別が可能な程に感じる。
俺は、今まで感じなかった臭気に激しい嘔吐感を覚え噎せた。
聴覚も鋭さを増し、バイクのエンジン音が妙に煩くて仕方ない。
まるで、直に耳をエンジンに当てているみたいだ。
だがそれに混じって、遠くの車の音や通り過ぎる住宅の生活音までが聞こえて来るように感じた。
音と臭いの洪水に、頭が狂いそうであった。
音や振動が頭の中が鳴り響き、それに伴い激しい頭痛が襲ってくる。
更には、ハンドルの質感や足の裏のフットペダルの感触、流れる空気の触感までがリアルに感じられた。
俺は、狂って叫びそうになった。
しかしそれら五感が増しどんどん気が狂いそうになるに連れ、腹の底から禍々しくも凶暴な感情が徐々に迫り上がってくる。
ーー駄目だ。
ーーこれでは身も心もヴァンパイアになってしまう。
俺は、ある種の恐怖に捕われ身震いした。
その間にも、感覚はどんどん研ぎ澄まされて行く。
細い十字路を横切ろうとした瞬間、微かではあるが異臭を感じた俺は思わずバイクを停めた。
覚えのある匂い。
ーー血だ!
ーー血の匂いだ!
俺の心臓が“ドキリ”と鳴った。
ーーいや、血の匂いだけではない。
ーーもっと別の…嫌な臭いも混ざっている。
ーー死臭、そして肉が腐る腐敗臭だ。
俺の嘔吐反応は、更に激しさを増した。
俺は、涙目で込み上げた物を必死で飲み下した。
目が眩みそうな感覚を堪え、俺は異臭のする方角へとゆっくりバイクを走らせた。
横切ろうとした細い道を左折して百メートル程進むと、右手に廃墟となったビルが見えて来た。
三階建てのビルの前には、舗装された少し広めの駐車場が広がっている。
異臭はそのビルから漂っていた。
ビルの出入口の前には、如何にも如何がわしい黒塗りのベンツが二台、エンジンを掛けたまま停まっている。
しかも良く見ると、何人か人が倒れていた。
俺は心がザワ付くのを感じながら、慎重に駐車場へとバイクを乗り入れる。
その時、ビルの中から凄まじくも禍々しい妖気と殺気を感じた。
俺の中で抑えていた凶暴なモノが、それに反応し鎌首をもたげる。
それと同時に、あれ程強烈だった頭痛や吐き気が、目覚めつつある凶暴なモノに因って追いやられる様に消失して行く。
俺はエンジンを切りバイクを降りると、空かさずビルの中へと躍り込んだ。
何故か妖気は二つ感じる。
この先に、とんでもない化け物が二匹居る事は間違いなかった。
階段を駆け上がると更に異臭が増した。
激しい怒気と、金属同士が打ち合う音も聞こえて来る。
誰かが闘っているのだ。
恐らく、その内の一人はショウだろう。
もう一人は分からない……。
ただ爺じゃない事だけは確かだ。
「ショウー!」
俺は抑え切れない凶暴なモノを解き放ち、その部屋へと飛び込んで行った。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。