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李は、タクシーに乗っていた。
佐々木と別れた後、途中で流しのタクシーを拾い、急ぎ恭也のアパートへと向かっているのだ。
李は、懐から携帯を取り出すと、すかさず恭也の携帯を呼び出した。
しかし何度コールしても、一向に恭也が電話に出る気配は無い。
李は焦りを感じていた。
何度目かのコールの後、李は苛立たしげに電話を切った。
「何をしとるんじゃ、あの馬鹿者……!」
李は、苛立ちを隠す事なくボヤいた。
足の貧乏揺すりが止まらない。
そんな李の様子を察知してか、運転手は仕切にルームミラーで李の様子を覗き込んでいる。
数瞬考えを巡らせた後、李は携帯のアドレスを括り目当ての番号を呼び出すと、おもむろに発信ボタンを押した。
三度目のコールが聞こえた時、相手が電話に出た。
『はい、森下です……』
電話に出た相手は若い女だった。
「もしもし、陽子ちゃんか? 勇三殿はおるかの?」
李は、もどかし気に早口で喋った。
『うん、居るけど……、そんな事より恭也が!』
陽子の様子がおかしい。
李は、とてつもなく悪い予感に駆られた。
「どうしたんじゃ! 恭也がどうした? 何があったのじゃ!」
李は、思わず電話口で叫んだ。
どんどん悪い予感が膨らんで行く!
『さっき学校から帰って来たら、アパートの前で恭也に会って……。私が大丈夫? って聞いたら大丈夫だとは言ってたんだけど、ホントに恭也大丈夫なの?』
「それで恭也はどうした?」
李は、焦る気持ちから質問に質問で答えた。
『どうしたの? やっぱり恭也の病気はヒドイの?』
「いや病気の事はともかく、恭也はどうしたのじゃ? 今もアパートにおるのか?」
焦るあまりに口調が強くなっている。
『ちょ、ちょっとお爺ちゃん、いったいどうしちゃったの? 何か変だよ』
ーー理由は分からないが、何故か今夜の李はいつもと雰囲気が違う。
陽子の戸惑いが、携帯を通して李にも伝わった。
『ねえ、恭也がどうしたの?』
陽子はしつこく聞いた。
「あ、ああ……済まぬ……。つい言い方が荒くなってしまって悪かったのう。それで恭也がどうしたのじゃ?」
李は自分の言い方が荒っぽくなっていた事に気付き、焦る気持ちを捩伏せ何とか落ち着いた話し方に変えた。
『何か今日のお爺ちゃん変だよ。恭也もそうだったけど……』
「恭也が変とな? もう少し詳しく教えてくれんかのう」
『ん、うん……。身体の調子は悪くなさそうだったんだけど、何かイラついてるって言うか、落ち込んでいるって言うか……。とにかくいつものバカでワガママで自信過剰の恭也じゃないのよ。しかも、私の友達や学校の近所の人達が行方不明になってるって話をしたらいきなり血相変えちゃって……』
「何じゃと!」
李は大声で叫んだ!
前で運転していた運転手が“びくん”と身体を震わせた。
不安気にルームミラーで李の顔を覗き込んでいる。
『うんモーッ、急に大声出して驚くじゃない!』
陽子も驚いて不平を鳴らした。
「済まん、済まん。じゃあ恭也はアパートにはおらぬのか?」
『うん、居ないよ。何処行ったか分かんないけど……』
陽子の声が小さくなった。
「さっき学校の近所の人が居なくなると言うておったが、陽子ちゃんの学校は何と言う名前だったかのう?」
『聖華女子よ。ねえ、いったい何なの? ホント変だよ、お爺ちゃんも恭也も』
「いや心配せずとも良い。で、恭也は陽子ちゃんの学校を知っておるのかの?」
『そりゃ知ってるわよ。だってそんなに遠くじゃないし……』
「分かった。ありがとうな陽子ちゃんよ!」
李は、簡単な礼を言いさっさと電話を切ろうとした。
『ちよ、ちょっと待ってよ! 今お父さんを呼んで来るから……、ちょっちょと……』
呼び止める陽子を無視して、李は一方的に電話を切ってしまった。
「運転手さんや、行き先変更じゃ。聖華女子高校とやらへ行ってくれ、大急ぎでのう!」
李は、慌てて運転手に行き先の変更を告げた。
運転手は後ろを振り向く事無く“はい”とだけ返事をした。
ーー陽子ちゃんの話を聞いた恭也は、行方不明の犯人をショウとか言う吸血鬼の仕業だと思ったに違いない。となれば、取り敢えず学校へ行く筈じゃ。
ーーじゃが学校へ行くのは良いが、行方不明の犯人がショウとか言う吸血鬼なら、恭也が奴の居所を捜し当てる前に何としてでも恭也を見付けねばならぬ……。
李は、押さえ切れぬ焦りと苛立ちで、拳が白くなる程強く握り締めた。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。