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 夕方に爺が出掛けた後、携帯がバッテリー切れを起こしていた事に気付いた俺は、急ぎ充電しながら復活した画面を見てぶっ飛んだ。


 バッテリーは、昨日の昼から切れていたらしいが、それまでに受信した電話やメールでパンクしそうだった。


 嫌な予感を覚えつつ、サーバーに残ってるメールリストを受信して更にぶっ飛んだ。


 もう読むだけでも……、いや、削除するだけでもウンザリしそうな程の量である。


 俺は、男からのメールは全て読まずに削除し、女からのメールにだけ目を通した。


 忍耐と苦労の果てにやっと一通り読み終え、俺は着信履歴に残された順番に、これもまた男を避けて電話する事にした。


 無論充電コードは挿しっ放しだ。


 皆夜の店に勤めている為に、出勤前のこの時間は比較的連絡が取りやすいので助かった。


 俺は、とにかく人数をこなす為手短に連絡の取れなかった事への言い訳と、明日からまたバイトに出る予定である事を告げ、そして“今度Hしようね”の一言を付け加えて電話を切った。


 どうやら俺が寝てる間に、たまたま爺がバイト先である『ヘブンズ・ドア』のマスターからの電話に出たらしく、俺が病気で寝ていると告げた為か、皆俺が悪い病気か何かだと思っていた様だ。


 中には、どうやって噂が廻ったのか知らないが、俺が性病に掛かったとか、チ〇コを誰かに食い千切られて入院したとか、果ては腹上死した等々……、とんでもない噂まで流れていたらしい。


 だがそのお陰で、答えに窮せずに済んだのだから、結果オーライって事かも知れねえな。


 本当は俺がヴァンパイアで、ヴァンパイア絡みの事件に巻き込まれたお陰で死に掛けていたなんて、例えそれが事実であっても言える訳が無え。


 そんな事がバレるくらいなら、性病や腹上死の方が余程マシだ。


 まあそんなこんなで電話を掛け捲くり、気付いた時には、既に外は暗くなり始めていた。


 後は鉄二だけか……。


 鉄二から何本も着信が入っていた。


 恐らくはシゲの事に違いない。


 先日鉄二と話した時、その日シゲから何度か連絡があった事を話したから、その事で俺に連絡を取りたかったのだろう。


 だがシゲは死んじまった……。


 俺と村田の喧嘩に巻き込まれて……。


 だが真実を話せない今、鉄二に何と言って良いのか全く思い浮かばなかった。


 俺は、“黒田”と言う名前からただ逃げたい一心で、携帯の着信履歴を全て消去した。


 そんな事をしても何の解決にもならないのに……。


 今は逃げても、いつかは鉄二と会わなければならないし、その時はシゲの事を話さなければならない。


 だが今は、“黒田”と言う文字が俺を責めている様に思えて、削除する事でしか現実逃避を図る事が出来なかった。


 どんな不良やヤクザにもビビらねえ俺が、今は親友の鉄二の名前にビビってやがる……。


ーー何が“金色の悪魔”だ!


ーー何が“バウンサー”だ!


ーー自分のダチもロクに守れねえ癖に……。


ーー何がヴァンパイアだ!


ーーそんなクソったれな能力が何になる!


 今にも狂って叫び出しそうだ!


 やり場の無い怒りと苛立ちに、俺は手元にあったバカラのロックグラスを思い切り壁に投げ付けた。


 グラスが壁に当たり、甲高い破砕音と共に、クリスタルの破片が床に散らばった。


 何やってんだ、オレ……。


 俺は、床に散乱した破片を拾う気にもなれなかった。


 そうしてやり切れない思いを胸に、タバコとライター、そして財布と携帯を無理矢理ジーンズのポケットに押し込むと、黒い艶消しの半ヘルを手にそのまま部屋を出た。


 暗くなり始めても、まだ外は茹だる様な暑さだった。


 甲高い靴音を鳴らし、一気にアパートの階段を掛け下りる。


 階段を下り、アパート駐輪所に止めてあった俺の愛車“ヤマハVーMAXを押して敷地から出ようとした瞬間、丁度学校から帰宅した陽子と、偶然にバッタリと出くわした。


“!”


「よ、陽子!」


「き、恭也! あんた大丈夫なの?」


 陽子は一瞬驚いたが、すぐにも心配そうに眉を寄せた。


 伺う様に俺の顔を覗き込んでいる。


「あんた、お父さんや李のお爺ちゃんが人に感染する悪い病気だって言ってたけど、身体大丈夫なの?」


「あ、ああ……。もう大丈夫だ」


 俺はしどろもどろに答えた。


 陽子の瞳を直視する事が出来ない。


「私が様子を見に行こうとしたら、伝染力の強い病気だから行っちゃ駄目だって李のお爺ちゃんが……。それなのに出掛けたりして本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だって言ってるだろう。それに俺、ちょっと急いでるから……」


 そう言って俺は、陽子の脇を通り過ぎようとした。 


「急ぐって、あんたそんな身体で何処行くって言うのよ?」


 陽子が、俺の行く手を遮った。


「ちょっと気晴らしに走ってくるだけだよ!」


「学校休んでた癖に何言ってんのよ!」


 陽子が怒った顔で怒鳴る。


「それに、黒田君には連絡したの? 昨日会ったけど心配してたわよ。それに何か友達が行方不明だって……。私の友達も学校休んでて連絡着かないし……」


“!”


「……」


ーー晶子とシゲの事だ。


 俺は、掛ける言葉が見付からず、俯いたまま押し黙る他無かった。


「ねえ、聞いてるの? 恭也も知ってるでしょ? 晶子の事。何度も会った事あるわよねえ?」


 陽子は、胸の底に渦巻く不安を吐き出す様に言った。


「あ、ああ……」


 俺はそう言うのが精一杯だった。


「何だろう……。何か凄く悪い予感がするの。黒田君の友達が行方不明になって、しかも晶子まで……。それに最近あっちこっちで何人か行方不明になってるって……。そこへあんたまで病気で会えないって聞かされて……私何だか不安で……」


 陽子の表情が暗く沈んで行った。


 あのいつも明るくて凶暴な陽子が、初めて見せる顔だった。


ーー原因は分かってる。


ーー全ては俺の……、いや、全ては俺とあのショウとか言う野郎のせいだ。


ーー今行方不明になってる奴らも、恐らく皆ショウに殺られたんだ。


ーーやはりショウだけは許せねえ。


ーー爺が何と言おうが、奴だけは俺の手でぶっ殺す。


ーー今の俺じゃあ勝ち目が無えかも知れねえ。


ーーだが例え相打ちになっても奴だけは、奴だけはこの手ででケリを着けてやる。


 俺の心に激しい憎悪が渦巻いた。


 身体中の細胞と言う細胞に火が点いた様だ。


「ちょ、ちょっと、恭也! 一体どうしたの?」


 俺の様子の変化に気付いた陽子は少し怯えた。


「陽子、最近あっちこっちで行方不明になってる奴らがいるって言ったが、シゲや晶子の他に誰か知り合いでもいるのか?」


 俺は、思わず陽子の肩を掴み前後に揺すった。


「ちよ、な、何? 放してよ。い、痛いって!」


 陽子は、肩の痛みに顔を歪めた。


「わ、ワリィ…」


 俺は“ハッ”として陽子の肩から手を放した。


「もう、一体何なのよ! 晶子以外に知り合いはいないわ。でも学校の近所で奥さんと子供が急に居なくなったって友達が噂してたし、他の友達は彼氏と三日も連絡が取れないって心配してたわ」


「お前の学校……」


 陽子の通っている高校は、駅からさほど遠くない古い住宅街にある。


 しかもあの辺りには、潰れて廃墟になったビルや工場が幾つもあった筈だ。


 爺の話からして、奴は腕に大怪我をしている。


 その失血で“渇き”の症状も出始めていたらしい。


“渇きは”ヴァンパイアにとって命に関わる重大な事態だ。


 ならば遠くに逃げれる筈がない。


 オマケに理性までぶっ飛んでるなら、あのズル賢そうなショウでも後先考えず人を襲いまくっているに違いない。


ーー間違いない。奴は……、ショウはそこに居る。


 今の陽子の話以外には全く根拠は無いが、俺の勘が奴はそこだと言っていた。


 行方不明の母子の話だって、実は旦那の浮気や借金が原因でのただの家出かも知れないし、陽子のツレの彼氏も、他の女と浮気でもしてヤリ捲くってるだけの話かも知れない。


 だが、何故か俺には確信があった。


“奴”の仕業だと!


 そして“奴”はそこに居ると!


「陽子サンキュ!」


 俺はひと言礼を言うと、黒い半ヘルを頭に乗せおもむろにバイクにキーを差し込み、エンジンスターターを押した。


 1200CCのV型4気筒、出力145PS/900の凶悪なエンジンの咆哮音が辺りに轟く。


 俺は、不安気な表情の陽子をその場に残し走り出した。


「恭也、何処行くのよ!」


 陽子の叫び声は凶悪なエンジン音に掻き消され、俺は振り返る事も無く暗くなりだした道を陽子の学校へと向かった。


 空には満月が、静かに俺を見下ろしていた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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