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     7

 ショウは、近付く足音に耳を澄ませていた。


 だが微かに足音はするが気配を全く感じない。


 ショウの中で警報が鳴っていた。


 最初は、『C・V・U』の実働部隊が来たのだとばかり思っていた。


 だが微かに聞こえた会話の内容から察するに、来訪者が同族である事は明らかだった。


ーー相手が人間であれば何とでもなる。


 そう腹を括っていた。


 いざとなればゾンビと言う手駒もある。


 銃に頼る戦闘しか出来ない人間にとって、狭い空間での戦闘は同士討ちの危険が生じる為に、どうしても攻撃方法に制限が生じる。


 しかも相手は不死身のゾンビどもだ。


 ゾンビは恐怖や戸惑いも一切無く、ただ“喰う”と言う本能のみで行動する為、諦めると言う事を知らない。


 例え雨の様な銃弾を浴び、手足や心臓を吹き飛ばされようが、怯む事無く餌である人間に襲い掛かるだろう。


 唯一頭を吹き飛ばされない限りは……。


 更にゾンビに噛まれた者もゾンビと化してしまう為、自動的に手駒を殖やす事も可能だ。


 そう言った意味でゾンビは、最も効率の良い“兵器”であると言えた。


 したがって人間相手であれば、幾ら動きの鈍いゾンビだけでも十分勝算がある。


 だが同族となれば話が別だ。


 ヴァンパイアの反射神経やスピード、それに腕力や脚力などのパワーは人間のそれとは比べ物にならない。


 しかもヴァンパイアは、例えゾンビに噛まれても死ぬ事もゾンビと化す事も無い。


 圧倒的なパワーで暴風の様に荒れ狂い、一方的な殺戮でゾンビなど一瞬の内に殲滅される事は、火を見るより明らかだった。


 更に悪い事に相手は恐らく『貴族』だ。


 自分と同じ『屍鬼』であれば、この様な時間にのこのこ行動出来る筈がない。


 しかも配下のファミリアどもを同行させているに関わらず、たった一人で来るとはかなり使い手であるに違いなかった。


 ファミリア(使い魔)とは、この場合ヴァンパイアに絶対服従を誓った人間の事である。


 李が先日使った『式神』も使い魔の一種ではあるが、ヴァンパイアにとってのファミリアとは、悪魔崇拝や吸血鬼信仰に傾倒した者達で、世紀末到来時に自らをヴァンパイアと化す事で、来たる災厄から逃れようとする考え方から特定のヴァンパイアと主従の契約を結び、主の為には死も厭わず働く事を誓った人間達の事である。


 ショウは、必死で生き延びる方法を模索した。


 しかし『貴族』が相手では、彼我の戦力差は歴然である。


 逃亡するにしても、まだこの時間では屋外に出る事も適わない。


 ショウは絶望感に捕われた。


 そうこう考えている間にも、絶望の足音はこの部屋のすぐ側まで近付いていた。


 ショウは、ゾンビ達の群れる後ろの部屋へと通じる扉の前に移動した。


 こうなればゾンビどもを解き放つ事で少しでも時間を稼ぎ、隙あらばその『貴族』を殺すか、または逃亡の時間を稼ぐ。


 それ以外、ショウの生き延びる手段は考えられなかった。


 いよいよ追っ手の足音が近付いて来た。


 次の瞬間、“バン!”とけたたましい音を立て、部屋のドアが開いた。


 見ると、そこには武骨な顔立ちの隻眼の男が、黒鞘の日本刀を手に仁王立ちしていた。


 十兵衛である。


 十兵衛は鋭い眼光でショウを睨み付けると、鋭い眼差しのまま部屋の中を隅々まで見渡した。


「貴様、飯沼彰ニだな?」


 十兵衛は、鋭い目でショウを見据えたまま言った。


 ショウは、“ビクン”と身体を震わせた。


 切れる様な瞳には怯えの色が浮かんでいる。


「飯沼彰ニだな……」


 十兵衛が、念を押す様に問い掛ける。


「そ、そうだ……。あ、あんたの顔……み、見た事があるぞ……」


 ショウは、震える唇で恐る恐る答えた。


「そうかも知れんなあ。俺は特務行動隊・隊長、柳生十兵衛三厳…」


「や、柳生……、柳生十兵衛だと……! あんたがあの柳生十兵衛か……?」


 ショウは驚きのあまり、呻く様に言葉を吐き出した。


 だがそれも致し方ない事であった。


 相手はショウがまだ人間だった頃から、教科書やテレビの時代劇で見聞きした、歴史上でも有名な剣豪の一人、柳生十兵衛本人なのである。


「ま、まさかあんたが俺達の眷属に加わっていたなんて……」


 ショウは、信じられないと言った顔付きで、十兵衛の顔をまじまじと見詰めた。


「まあ俺達の部隊は、我が眷属の組織でも秘密とされているからな……。例え知らずとも仕方あるまいよ」


 十兵衛はさらりと言って退けた。


 そして更に言葉を続けた。


「飯沼彰ニ、今日俺が出向いて来た用件は分かっているな」


 十兵衛の声には鉄の響きが込められていた。


 ショウは、更に怯えた表情を見せた。


 自分を殺しに来た相手が『貴族』で、しかもそれが超が付く程の有名な剣豪であれば、最早助かる術は何処にも無い。


「まっ、待ってくれ! お、俺達は同族じゃないか! たかが人間の生き血を飲んだところで何が悪いんだ? 奴らは俺達の餌じゃないか!」


 ショウは必死で言い逃れをした。


「確かに我々は、人間の血を飲まねば生きて行けぬ……。だが人間は餌では無い。お前は御前が人間と交わした大切な約定を、ただ己の欲の為だけに違えた。その罪、万死に値する」


 十兵衛は持っていた日本刀の柄に手を掛けた。


「な、何故だ? 俺は奴らの血を飲んだだけだぞ! 人間だって他の生き物を喰って生きているじゃないか! そ、そんなのお互い様だろう……。それどころか人間どもは喰う為じゃなくても殺し合いをするんだぞ! そんな下等な奴らを幾ら殺したからって、何で俺が殺されなきゃならないんだ?」


 ショウは必死だった。


「お前は、我が眷属を危険に晒したのだ。確かにこの約定が、我々と人間の双方にとって全くの平等と言う訳ではない……。だが決まり事は決まり事。これを守らねば我が眷属は人間に滅ぼされる。お前にもそれは分かっている筈だ!」


 十兵衛は苦渋に満ちた表情で言った。


 そんな十兵衛を他所に、ショウはこの絶望的な状況の中で生き延びる為の術を全力で模索していた。


“!”


 その時、ショウの頭に一筋の光明が閃いた。


「な、なあ。良い事を教えてやるよ……」


 ショウは、下品た薄笑いを浮かべた。


「フッ、笑止な……。最早話す事など何も無い」


 十兵衛はショウの話など意にも介さず、柄を握る手に力を込めた。


 ショウは一歩後退り、後ろの壁に背中をぶつけた。


「まっ、待て! 待ってくれ! 俺はこの前とんでもない奴に出くわしたんだ。あ、あんただってきっと知ってる名前だ!」


 ショウは、震える掌を十兵衛に向けて必死に叫んだ。


“?”


 十兵衛は、ショウの言葉にぴくりと反応した。


「誰に……遭ったと言うのだ?」


 十兵衛は柄を握った手をそのままに、怪訝そうな表情を作った。


ーー掛かった!


 ショウは内心でほくそ笑んだ。


「あんたも聞いた事があるだろう。以前俺達を裏切って死んだ“御子神”って言う奴の名前を……」


「み、御子神だと!?」


 十兵衛の顔に、一瞬動揺が走った。


 だが次の瞬間、その表情は更に怪訝さを増した。


「その御子神がどうしたと言うのだ……?」


 十兵衛の気の内圧が“ぐうん”と膨れ上がった。


「ひっ!」


 十兵衛の気に気圧されたショウは更に怯えた。


「み、三日前の夜に、偶然“御子神”って言う名の『貴族』と遭ったんだ!」


 ショウは、何とか気を取り直して言った!


「何だと!」


 十兵衛は、思わず大声で叫んだ!


 あまりの驚きに、唯一残った目を零れ落ちんばかりに見開いている。


 持っていた刀すら落としそうになった程だ。


 これを好機と感じたショウは、更に言葉を続けた。


「興味あるだろ……? まさか知り合いか?」


 ショウの唇が不敵な笑みを形造った。


「ば、馬鹿な……。アイツは、恭介は十八年前に死んだ筈だ……。それが今頃になって何故……」


 十兵衛の狼狽振りは想像以上であった。


 ショウには、この十兵衛と“御子神”と言う名の『貴族』の間にどの様な因縁があるのか知る由もないが、先程まで風前の灯であった筈の命の火が、徐々に強さを増して行くのを感じた。


「しかもこの話には続きがあるんだぜ! 聞きたいか?」


 先程までとは打って変わって、立場は完全に逆転していた。


「話せ! さもなくば斬る!」


 十兵衛は、放しかけていた刀の柄を“ぎりっ”と握り直し、再び気の内圧を上げた。


 しかし、今度はショウも怯えなかった。


「俺を斬れば話は聞けないぜ。さあどうする?」


 立場が逆転したと感じたショウは、傲慢な態度で高飛車に言った。


「ぬうぅっ」


 十兵衛は唇を噛んだ。


 様々な思いが頭の中を去来する。


 数瞬の後、十兵衛は意を決した。


「今の話、確かに興味深い話ではあるが、お前を斬るのは御前の勅命…。ならば致し方無い!」


 そう言い放つと、十兵衛は握った鞘を捻り親指で鯉口を切った。


 そのまま“すらり”と銀色に輝く刀身を抜き放つ!


 身幅が広く、その豪壮な拵えは十兵衛の愛刀=“三池典太”であった。


 十兵衛は、刀身の抜かれた鞘を床に置くと、両の手で柄を握り“典太”をゆっくりと上段に構えた。


 ショウは、つい先程までの優勢が脆くも一瞬で費えた事を悟った。


「出ろーっ! ゾンビども!」


 ショウは大声で叫び、隣の部屋に続く扉を一気に開け放った。


 次の瞬間、それまで隣の部屋で蠢いていたゾンビ達が、雪崩を打って部屋の中に溢れ出た。


“ア゛ア゛ア゛ア゛”


“グォォォ……”


“オオォォ……”


 皆一様に生気の抜けた青白い顔で、窪んだ眼窩から零れ落ちそうな程両目を見開き、大きく開かれた口からは、滝の様な涎れを垂れ流し唇の横には泡を溜めていた。


 まさしく地獄の亡者である。


 しかも、街の不良達やサラリーマン風の男、それに主婦やOLと言った女から、果ては年端も行かぬ子供までがゾンビに変えられていた。


 ゾンビ達は、力無く両手を持ち上げた例の態勢で、緩慢な動きながら一斉に十兵衛目掛け襲い掛かった。


 不気味な叫び声を上げながら迫り来る動く屍達は、既に十兵衛の間近まで迫っている。


「くっ、……これ程の人数を犠牲にしていたのか……。まだ年端も行かぬ子供まで……。赦せん!」


 十兵衛は腰を落とし、上段に構えていた“典太”を肩に担ぐ様に構え直した。


「柳生十兵衛三厳……参る!」


 十兵衛は思い切り床を蹴ると、そのままゾンビの群れに踊り掛かった。


 彼我の距離が一気に詰まる。


 十兵衛は、まず先頭のゾンビ目掛け、上段から一気に“典太”を振り下ろすと、頭蓋から胸元まで一刀の下に断ち割った。


 頭を断ち割られたゾンビは“ドウッ”と床に突っ伏し、真っ二つに割れた頭蓋から、ドロリとした血と灰色の脳をどっぷりと零し絶命した。


 次の瞬間、十兵衛は振り下ろした刀の向きを変え、横から迫るOL風のゾンビの首を横一線に薙ぎ払った。


 跳ね飛ばされたゾンビの首が、残り僅かとなり粘性を持った血の尾を引きながら、宙で弧を描く。


 十兵衛は、首から先を無くし倒れ伏すゾンビの胴体には目もくれず、次なる獲物へと襲い掛かった。


 ヴァンパイアである十兵衛にとって、ただでさえ動作の緩慢なゾンビ達は止まって見えるに等しい。


 十兵衛は、群がるゾンビ達の間を摺り抜けると同時に、次々とゾンビ達をただの屍に変えて行った。


 それは一方的な殺戮であった。


 あるゾンビは胴を真っ二つに寸断され、どっぷりと内臓を床に垂らしながら上半身が滑り落ちた所を、更に頭部を踏み抜かれ絶命した。


 またあるゾンビは、頭頂部から脇腹までを袈裟斬りで斬られ、その緩慢な動きを止めた。


 こうしてゾンビ達は、全て一刀両断で頭蓋骨を断ち割られ、首を跳ね飛ばされ、次々とその数を減らして行った。


 そして最後の一体を屠り終えると、十兵衛はショウと対峙した。


 全てのゾンビを倒すのに、ものの一分も掛かってはいない。


 ショウは驚愕していた。


 幾ら動きの緩慢なゾンビでも、十八体もの数を一分も掛からず全滅させるのは、同じヴァンパイアのショウであっても不可能と言わざるを得なかった。


 しかもその全てを、ほぼ一刀両断に切り伏せるとは……。


 ショウはこの一分間、自分が逃げる事も忘れてただ十兵衛の剣技に魅入っていた。


「後は貴様だけだ!」


 そう言うと、十兵衛はショウにその鋭い切っ先を向けた。


 その瞬間、我に返ったショウも必死で逃れようと身を捻った。


 だが十兵衛の踏み込みの方が早い!


 十兵衛は、刃を上に向け、鋭い突きを放った。


 凄まじい速さで突き出された切っ先は、滑る様にショウの肩を貫き、後ろの壁に突き刺さった。


「ギャーッ!」


 ショウは鋭い牙を剥き出しにして、凄まじい悲鳴を上げた。


 十兵衛の突きにより後ろの壁に縫い付けられた恰好のショウは、何とか刀を引き抜こうとあがくが、突き立てられた刃はぴくりとも動く気配が無い。


 それどころか、刀身を素手で直接握った為に、ショウの手の平はズタズタに裂けた。


 更に十兵衛は、突き立てた“典太”を片手に持ち替え、空いた左手で腰から鉄製の兜割りを取り出すと、もがくショウの右大腿部を一気に刺し貫いた。


「グアーッ!」


 あまりの激痛に、ショウは背中をのけ反らせた!


 必死に右手で兜割りを抜こうともがくが、手首から先を失っている為兜割りを握る事すら出来ない。


 ショウの顔が苦痛に歪んだ。


「さあ小僧、話の続きを聞かせて貰おうか……」


 十兵衛は、息が掛かる程ショウに顔を近付けて言った。


 十兵衛の気が禍々しい程に膨れ上がる。


「……」


 ショウは話す事を拒むと言うより、あまりの激痛に言葉が出ない様であった。


「小僧……、俺は時代劇に出て来る様な善人でも御人好しでもないんだぜ。これ以上苦しみたくなければさっさと続きを話せ!」


 十兵衛は殊更凄んで見せた。


「は、話す……。話すから肩と脚の物を抜いてくれ……」


 ショウは、息も絶え絶えに言葉を吐き出した。


 十兵衛は、ショウの肩と大腿部をそれぞれ縫い止めていた“典太”と兜割りを引き抜いた。


 支えが失くなったショウは、膝を折り傷付いた脚を投げ出す様に、そのまま床に崩れ落ちた。


 十兵衛はショウの血で濡れた兜割りをひと振りして汚れを掃うと、そのまま腰のベルトへと挿し戻した。


「さあ、話して貰おうか……」


 十兵衛は抜き身の“典太”を握ったまま、床にへたり込むショウを見下ろして言った。

 ショウは顔面を蒼白にし、肩で喘ぐ様に息をしている。


「あれは五日前の夜だった……。あの夜俺は、二人の人間を我が眷属に加えた……」


 ショウは苦痛に喘ぎながら、あの夜からの出来事を語り出した。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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