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     6

 そこは、駅前通りや住宅街からも、さほど離れてない場所に建つ廃ビルであった。


 周囲には住宅も建ち並んではいるが、比較的古い町並みを残すこの辺りには、様々な個人商店や町工場も数多く点在し、その内の幾つかは廃業に追い込まれシャッターを下ろしたままの状態になっており、時代の移り変わりの悲哀を投影していた。


 そんな町の一角に建てられた三階建てのこのビルは、まるで無機質な箱と言った印象の建物ではあったが、外壁に描かれた様々な落書きや、外から割られた幾つかの窓ガラスが、廃墟の色を一層強めていた。


 廃墟となったビルの前に、場違いな二台の黒い車が横付けする形で横に列んで停まった。


 先頭はメルセデスベンツE350アバンギャルドだ。


 後続の車もメルセデスベンツには違いないが、こちらはランクが上のS65ロング・AMGである。


 二台とも後部席やリアのウインドウだけではなく、助手席のウインドウまでが、車内を覆い隠す様に黒いスモークで目隠しされている。


 どう見ても堅気の車には見えない。


 停車直後エンジンはそのままで、まるで申し合わせた様に各車のドアが一斉に開き、中から数人の屈強そうな男達が降り立った。


 人数は全部で六人だった。


 男達は、全員合わせた様に黒のスーツで身を包み、全身から暴力的な雰囲気を滲み出させている。


 その揃った服装と統一され淀みの無い動きには、厳しい訓練を受けた兵士を思わせた。


 すると、後ろのベンツS65L・AMGの助手席から降り立った男が、まだ閉まったままだった後部席のドアへ移動した。


「失礼します」


 そう言って男は一礼すると、後部席のドアを丁寧に開けた。


“ガチャッ”と重いドアが開いたと同時に、車内から男がぬうっと顔を出した。


 車から降りた男は、この蒸し暑い中、ひと昔前の日本帝國軍将校を彷彿させる白の詰襟の上下をきっちりと隙無く着込み、ピンと背筋を伸ばして目の前の廃ビルを見上げた。


 短く刈り上げられた角刈りの髪に、下顎のしっかりとした武骨な顔。


 少し太い眉毛の下には鋭い眼光を放つ奥二重の目が、この日差しで眩しそうに細められている。


 しかもその目は隻眼であった。


 閉じられた片方の目には、黒い革製のアイパッチが当てられている。


 少し浮き出た頬骨は、精悍と言うよりは武骨と言う言葉がしっくりくる顔立ちであった。


 体格はさほど大柄ではなく、横に居並ぶ男達と見比べればむしろ小柄と言って良かった。


 しかしガッシリと鍛え上げられた身体は、着衣の上からでもそうと判る程で、その意味では他の男達に決して見劣りするものではなかった。


 むしろ、見る者を圧倒する威圧感にも似たものを有している。


 年齢は、見た目には四十歳を少し回ったぐらいであろうか?


 だが全体から滲み出る雰囲気は、もっと齢を重ねた者にしか出せぬ威厳や、風格の様なものが備わっていた。


 しかもこの男は、右手に黒鞘の日本刀を下げており、全体の雰囲気や服装、更にはその武骨な風貌も相俟って、どこかこの時代にそぐわぬ古来の武人と言った印象を感じさせた。


「十兵衛様、大丈夫ですか?」


 今しがたドアを開けた男が、耳打ちする様に話し掛けた。


「案ずるな、俺は『生成り』だ。この日差しを浴びたくらいで死ぬ事は無い。だがこれでは暑くて堪らんな」


 十兵衛と呼ばれた隻眼の男も、ビルの中に居るであろう標的に聞かれぬ様、押し殺した声で答えた。


「しかし幾ら『生成り』とは言え、長時間強い日差しを浴びれば火傷は免れません。用心して頂かないと……」


「分かってはいるが、この暑さでは日差しによる火傷は免れても蒸し焼きになってしまうな。お前達こそまだ人間なのだから、もっと薄着をして来れば良いものを」


 十兵衛は、居並ぶ男達を見渡して言った。


「いえ、私どもは十兵衛様の部下です。例え暑いからと言って私達だけ薄着と言う訳には参りません」


 男はぴしゃりと言った。


「律義な事だな。俺は別にその様な事など気にはせぬものを」


 十兵衛は少し笑った。


 この十兵衛と言う男、笑うとなかなか愛嬌がある。


 見た目の武骨さや威圧感とは別に、何処か飄々としたものを感じさせる男であった。


「ここの様だな……」


 十兵衛は廃ビルの二階の一角を見上げ呟いた。


 十兵衛の視線の先には、窓全体を机や書類棚でバリケードの様に封鎖した部屋が見て取れた。


「はい、下の者の報告通りです」


 男は言った。


「ここからは俺一人で行く。事が済むまで誰も入れるでないぞ」


「はい。ですが警察や『C・V・U』が来た場合は如何致しますか?」


「警察ならば適当に追い返せ。それが無理なら引き上げるフリをしてやり過ごせば良い。それと『C・V・U』が来たら俺の名前を出して足止めしておくのだ。どうせ奴らも要らぬ犠牲は出したくないだろうし、奴らが来れば俺達も後始末の手間が省けて助かると言うもの……」


「畏まりました。どうかお気をつけ下さい」


「うむ」


 そう言って頷くと、十兵衛はゆっくりと廃ビルの入口へ入って行った。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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