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     5

「何とか生えてきた様だな……」


 薄暗い闇の中で、薄い声が響いた。


 ショウである。


 ショウは廃墟となったビルの一室で、奥の壁に背中を預け床に足を投げ出した姿勢で座っていた。


 先日、村田が恭也に電話をしていた時と同じビルの一室である。


 相変わらず荒れ放題ではあるが、先日まで放置されたままになっていた机や書類棚が無くなっていた。


 いや、無くなったのではない。


 机や棚が、まるでバリケードの様に全て窓際の壁に高く積み上げられているのだ。


 しかもただ積むだけでは無く、机の天板や棚が全ての窓を塞ぐ形で器用に積み重ねられているのである。


 お陰でまだ夕方であるに拘わらず、日光の殆どが遮られ、部屋の中は薄暗い闇で満たされていた。


 その薄暗い闇の中で、ショウは黒いシャツの袖口から覗く、先日自ら捩切った手首の傷痕を見詰めていた。


 本来なら、肉や骨が露出してとても見れたものでは無い筈の凄惨な傷痕は、既に腕の先の肉が瘤の様に盛り上がり、早くも再生を始めている。


 しかも盛り上がった肉は、産まれたばかりの赤ん坊の手を思わせる形状で、指らしき突起も五つ確認出来た。


 傷を負って僅か三日しか経っていないに拘わらず、何と言う再生・復元能力であろうか。


 ショウは急速に再生が行われるむず痒さからか、しきりに肉の盛り上がった部分を掻いていた。


「あの老いぼれ……、この手が再生したらすぐにでも殺してやる……」


ショウから、“ざわり”と殺気が立ち昇った。


 それに呼応するかの様に、周囲が急に騒がしくなった。


“ア゛ア゛ア゛ア゛……”


“グォォォ……”


“ドンドンドン……”


“グルルルルル……”


“ガリガリガリ……”


“オオォォ……”


 まるで地の底から響く、地獄の亡者達の怨嗟や呻き声、また餓えた猛獣が喉を鳴らす様な湿った音まで聞こえてきた。


 更には、壁を叩く音や壁を爪で掻きむしる音、また“ズリッズリッ”と何かを引き擦る様な音まで聞こえてくる。


 何かこの世ならぬ者達が、地獄から今まさに這い出そうともがく物音にも聞こえた。


 正常な者であれば、聞くだけで背筋が凍り、本能的な恐怖に竦み上がる様な、不気味で嫌悪な響きである。


 しかもその音は、ショウが今背を預けている壁の向こう側から響いてくるのだ。


“ドン!”


「煩いぞ、このゾンビども!」


 ショウは、後ろの壁を激しく拳で叩くと、鋭い怒気で一喝した。


 その瞬間、壁の後ろから聞こえていた不気味な呻き声や物音がぴたりと止んだ。


「全く喰う事しか能の無いゴミ共が……」


 ショウは吐き捨てる様に言った。


 ショウが背を預けている壁を一枚隔てた隣の部屋には、十数体のゾンビが蠢いているのだ。


 無論、全てこの三日間の内にショウによって生き血を吸われ、憐れにも生きるゾンビと化した犠牲者達である。


 あの晩、李によって手首を失い激しい“渇き”に襲われたショウが、この廃ビルに逃げ込んだ後、このビルを荒らしに来ていた不良達をその毒牙に掛け、自らの復活の生け贄としたのだ。


 その後の二日間も夜な夜な街に出ては新たな獲物を探し、犠牲者の数を増やし続けて行ったのである。


 全ては、自分の失った手首を再生する為だけであった。


 ゾンビは、“喰う”と言う根源的な本能以外は殆ど知能を持たない。


 それは全身の殆どの血液を吸われる事で死に至る為、吸血時にヴァンパイアウィルスに感染しても肉体が甦るだけで、死によって破壊された脳細胞が復元される事は無いからである。


 そう、ただ“喰う”と言う一部の本能を除いては……。


 ショウの周囲には、再び静寂が訪れていた。


「しかしあの御子神とか言うガキ、あいつは確かに『貴族』だった……。しかも“御子神”と言えば、俺がヴァンパイアに成り立ての頃に、我が眷属を裏切り処刑された男と同じ苗字……」


 ショウは、独り闇に吐き出す様に呟いた。


ーーククク……、これは面白い事になりそうだ。


ーー何故かは知らんが、奴はまだ完全な『貴族』には成り切っていない。


ーー今ならば奴を倒せる。


ーーそして奴の血を飲めば、恐らくこの俺は『貴族』に匹敵する能力を持てる筈だ。


ーーそうなれば、『C・V・U』だろうが何だろうが怖いものなど何も無い。


ーーそしていずれはあの偉そうな宇月光牙や闇御前を倒し、俺が夜の眷属の頂点に君臨してやる。


 ショウは闇の中で薄く笑った。


“!”


 その時、外で車が停まる音が聞こえた。


 ショウに緊張が走る。


ーーンン、何だ?


 ショウは塞いである窓際へ注意深く歩み寄ると、耳に全神経を集中させ聞き耳を立てた。


 この部屋の中は窓を全て塞いである為に暗いままだが、外はまだ時間的にも夕方である。


 今のこの時刻であれば外は西日が煌々と射している筈だ。


 その証拠に、窓を塞ぐ形で積み上げられた机や棚の僅かな隙間から、室内にも外の光が差し込んで来ている。


『屍鬼』であるショウは陽光を浴びる事が出来ない。


 その為、外の様子を見る事が出来ないのだ。


ーー車は全部で……一台、いや二台か?


ーー人数は……?


 ショウは、外の状況を把握する事だけに神経を集中させた。


 こんな場所へわざわざ車来るのは、まず一般の人間である筈がない。


 車が停ってもエンジンはそのままで、乗っていた何人かが車から降りる気配があった。


 ショウは、足音と気配から、降りた人数を確かめようと更に気を集中させた。


ーー足音からすると人数は七人……。


ーーだが何だ? 気配は六人分しかない。一体どう言う事だ?


 ショウは自分の耳を疑った。


 しかしどう探っても足音と気配の人数が合わない。


ーーふっ、まあ良い。


ーー少しは出来る奴が居る様だが所詮は人間…。例え『C・V・U』の連中だろうが、こんな時の為にこちらにも手駒は揃えてある。


ーー逆にこの手の再生を早める為の贄にしてやるぜ。


 ショウ先程まで背を預けていた壁に目をやり、ニヤリとほくそ笑んだ。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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