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     3

 そこは異様な部屋であった。


 まるで、蜂の巣の様な造りの部屋だ。


 蜂の巣を思わせる六角形の横穴が、規則正しくハニカム構造を構成し、出入口を除く三方向の壁を全て埋め尽している。


 かなり広い部屋で、部屋と言うよりは最早何かのホールと呼んだ方が良いかも知れなかった。


 それぞれ壁の横幅は二十メートル以上もあり、床は正方形の形をしている。


 天井までの高さも八メートル以上はあるだろう。


 その証拠に、六角形の横穴は壁一枚に対して縦に五個、横に十個と規則正しく設けられていた。


 それが三方向の壁全てにあるのだから、横穴の数は全部で百五十個と言う事になる。


 六角形の横穴は透明な硬質ガラスで蓋をされており、その中には四角い棺の様な物が見て取れる。


 地下である為に、太陽の光がこのホールには入る事は一切無い。


 天井の照明以外は明かりが無い為に、全体的に薄暗く寒々とした印象を受けるホールであった。


 床は、真っ白で染み一つ無い大きな正方形のタイルが敷き詰められている。


 ガラス張りの横穴以外は全て真っ白に塗り潰され、無機質で生命の温もりを全く感じさせないホールであった。


 まるで映画か何かで見る様な、未来の病院にある、地下の霊安室と言った趣だ。


 男は、その広いホールの中央に立っていた。


 だだっ広いホールの中央には、まるで演説や講演をする時に壇上で使用する演説台の様な形状をした、金属製の台が設えてあり、男はその台の前に立っていた。


 総金属製の台は鈍い銀色を放ち、台の上には何かのスイッチやキーボードの類いがずらりと並び、三枚のモニターは縦横九分割され、それぞれに別の映像を映し出していた。


 一見すると、何かの操作パネルの様に見える。


 男はそれらのスイッチやキーボードを手際良く操作していた。


 男の後ろにも、二人の男が添う様に立っている。


 三人の男達は、いずれも黒いダブルのスーツに身を包んでいた。


 演説台に似た操作パネルの前で実際に機械の操作をしているのは、つい数時間前まで、茶室で“御前”と呼ばれる老人と話をしていた男=宇月光牙である。


 光牙は、先程までと同じ黒のダブルのスーツに身を包み、濃いグレーのシャツに黒のネクタイを締めていた。


 細面で色白な顔は無表情で、一見しただけでは何を考えているのか全く読む事が出来ない。


 ただ剃刀の様な鋭い目を、手元のキーボードやモニターに向けていた。


 光牙の後ろに立つ二人は、色の黒いレイバンのサングラスを掛け光牙と同じく黒いダブルのスーツを纏い、白のシャツに黒のネクタイを締めている。


 まるで喪服だ。


 しかし男達の纏っている気は、葬儀の様な湿っぽい物とは全く別の、物々しくも暴力的な物であった。


 光牙の背後を守る様に立つその姿は、恐らく光牙のボディガードか何かであろう。


「本当に半数も目覚めさせて宜しいのですか?」


 後ろに立つボディガードの一人が言った。


「仕方ありません。御前の御命令です。それに今の状況では人手不足は否めませんからね」


 光牙は後ろを振り向く事無く、キーボードを操作しモニターに視線を走らせながら答えた。


 光牙がキーボードを叩く度に、九分割された三枚のモニターの画面が切替わり、壁に設けられた横穴の中を次々と映し出して行く。


 横穴の中はかなり暗い為に高感度カメラの映像となっており、横穴の中に納められた棺が、モノクロの映像で映し出されていた。


 棺の蓋にはどれも凝った装飾が施されており、蓋の中央には箱の様な機械が取り付けられている。


 その箱型の機械には何本もの透明なチューブが繋がれており、そのチューブの中を何か黒くドロリとした液体が流れていた。


「今は便利になったものです。以前は山の様に積み重ねられた棺を一つづつ手で降ろし作業をしていたのですが、今ではボタン一つで全てが行えるのですから、文明とは大した物です」


 言葉とは裏腹に、光牙の表情には嘲笑する様な笑みが浮かんだ。


 後ろに立つ男達は表情を変える事無く、黙したまま後ろ手を組んで立ち尽くしていた。


「そう言えば、お前達は我が眷属となって何年経ちましたか?」


 光牙が言った。


 目は以前モニターに向けられている。


「東京オリンピックの頃でしたので、もう四十ニ年を過ぎました」


 後ろに立つ左側の男が答えた。


「南部、お前はどうですか?」


「は! 今年で六十五年になります」


 南部と呼ばれた右側の男は、姿勢を正して答えた。


「そうでしたね。あれはまだ太平洋戦争の直中でしたね。早いものです。あれからもう六十五年になりますか……」


 光牙はモニターから目を放し、遠くを見る様に目を細めた。


「光牙様は、今年で何歳におなりなのですか?」


 左側の男が尋ねた。


「もう忘れました。ただ私が物心付いた頃、この国は馬鹿な人間達が互いの覇を争って戦をしていた時代でしたからねえ。今では戦国時代などと呼ばれていますが……」


 光牙は、当時を懐かしむ様に言った。


 光牙が再び目をモニターに移すと、モニターの一画面に映し出されている棺の蓋に設けられた、箱の様な機械の上部に備えられたランプが白い光を放った。


「おう、姉上のお目覚めだ」


 光牙は、嬉しそうに目を輝かせた。


 後ろに立つ男達は、緊張に“ぐびり”と生唾を飲み込んだ。


「用心しなさい……。私と違って姉上はとても気性の激しいお方ですからね」


 光牙は、後ろの二人に振り返って言った。


「さあ、もうすぐですよ」


 光牙が言った瞬間、モニターに映し出された棺の蓋が、“ゴトリ”と僅かに動いた。


 他の画面に映し出された幾つかの棺も、次々と蓋が動き出した。


 見ると、最初にランプの点った棺には『夜叉姫』と名が記されてあった。


この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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