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ーーあれは何だったのだろう……?


ーー俺は爺を殺そうとしていた。


ーー最初は、爺が俺を殺そうとしていた筈なのに、気付いたら俺が爺を殺そうとしていて……。


ーーいや違う。


ーー俺は爺を殺そうとしてたんじゃ無い…。俺は爺の血を……、


ーー血を吸おうとしていたんだ。


ーーそれで陽子の親父が入って来て……。


“!!”


 俺は、“ガバッ”と身体を起こした。


 全身に痛みが走る。


ーー痛って~。


 俺は痛みに顔を歪めた。


「目が覚めた様だな」


 不意に後ろから声が掛かった。


 驚いて振り向くと、陽子の親父が、俺の方を向いて座っていた。


 白いTシャツにジーンズと言った出で立ちで、畳の上に座布団も引かず直接胡座を掻いて座っている。


 辺りを見回すと、そこは道場の中だった。

 俺は、道場の畳に直接敷かれた薄い蒲団の上に、上半身を起こした状態で座っていた。


 隣には、爺が同じ様な煎餅蒲団の上で、今も寝息を立てている。


 俺も爺も全身包帯だらけだ。


 俺はともかく、爺は本物のミイラの様にぐるぐる巻きにされていた。


白い包帯に赤い血が滲んでいる。


 それも一ヵ所では無い。


 何ヵ所も、いや何十ヵ所にも及んでいた。


 白い髪や髭にも、拭き取り切れなかった血が所々こびり着いている。


 どうやら顔に付着した血だけは綺麗に拭い取った様で、傷を負った箇所に幾つもの絆創膏が張られていた。


 静かな寝息を立ててはいるが、まさに満身創痍と言った感じである。


「……オッサン、俺……」


 言い掛けて、俺は言葉に詰まった。


 何と言えば良いのか分からない。


 陽子の親父は優しげな眼差しで俺を見ると、こくりと黙って頷いた。


 浅黒く日焼けした肌に短く刈った髪、デカイ割には平坦な顔、小作りな目・鼻・口は何処となく以前Kー1の選手で今はレフリーや芸能活動をしている某有名人に良く似ている。


 陽子は間違い無くお袋さん似だ。 


 どうら俺や爺が気を失っている間に、陽子の親父が手当をしてくれたらしい。


 周囲を見渡すと、道場の所々は俺や爺の血でだいぶ汚れていた。


 畳は擦り切れ、穴まで空いている。


 更には何かを燃やした様な焦げ跡まで付いていた。


「オッサン……すまねえ……」


 俺はどう言って良いか分からぬまま口を開いた。


「気にするな。それより身体は大丈夫か?」


「ああ、大丈夫だ。コレありがとう……な」


 俺は、身体に巻かれた包帯を差して言った。


「何だ? 神妙な声を出して気持ち悪いな」


 そう言われて、俺は照れ隠しに頭を掻いた。


「俺……爺を殺そうとして……」


 そう言って俺は、爺に視線を落とした。


「だから気にするなと言っているだろう。老師も覚悟の上の事だ」


 陽子の親父はきっぱりと言った。


「でも俺はヴァンパイ……」


「もう何も言うな。お前の言いたい事は分かっている。でもそれは老師が目を覚ましたら老師に直接聞く方が良い。それよりも今は休む事だ」


 陽子の親父は、俺の言葉を途中で制した。


 だがそれは、暗黙に俺の問いに対する明確な答えとなった。


「そうか……。夢だったらとは思ったけど、やはり俺は……」


「貴族じゃよ……」


 俺の言葉を遮る様に、いきなり爺が口を開いた。


「爺! 起きてたのか?」


「老師!」


 俺達は同時に声を上げた。


「うむ。今し方起きたばかりじゃがな……」


 そう言うと、爺は包帯だらけの身体を無理に起こそうとした。


「あっつつ……」


 身体を起こそうとした爺が、途中で呻き声を上げた。


「爺っ!」


「老師! 無理はいけません。今は休んでいて下さい!」


 陽子の親父は、爺の身体に手を回し諫める様に大声を上げた。


「いやいや、大丈夫じゃ……。それよりこの阿呆に話がある。身体を起こすのを手伝ってはくれぬか?」


 そう言って爺は、尚も身体を起こそうとした。


「いけません老師。恭也君との話ならいつでも出来ます。今は御身体を……」


 諫める陽子の親父を、爺は手を上げて制した。


「大丈夫じゃよ。それに今大丈夫じゃないのはこの阿呆の方よ」


 爺は、そう言って俺に顎をしゃくった。


「……」


 俺には返す言葉が出て来なかった。


「阿呆と言われて儂に一言も言い返して来ぬとは、やはりこ奴は大丈夫ではないわ。勇三殿、頼む……」


 爺は、満身創痍の身体で頭を下げた。


 陽子の親父は、不承不承で爺を抱える様に抱き起こした。


 身体を起こすと爺は辺りを見回した。


「勇三殿、本当に申し訳無かった。いつもこの阿呆の事で世話になっておる上に、大切な道場をこんな風にしてしもうた……。ましてや儂ら二人の手当まで……。いや本当に申し訳無い」


 そう言って、爺は深々と頭を下げた。


「老師、何水臭い事を……。それに他ならぬ恭也君の事……、どうか頭をお上げ下さい」


 爺は陽子の親父に促され、ゆっくりと面を上げた。


「なあ爺、さっき“キゾク”って言ったよな。何なんだよその“キゾク”ってのは」


 爺と陽子の親父とのやり取りを黙って見ていた俺は、やっと口を開いた。


「『貴族』とはのう、吸血鬼として生まれ落ちた者の事よ」


「生まれた時から吸血鬼だっただと?」


「そうじゃ、お前は生まれた時からの吸血鬼よ」


「そ、そんな……」


 俺は再び言葉を失った。


「ショックなのは分かる。じゃがそれが冷徹な事実じゃ」


「だ、だがよ、俺は生まれてこの方血なんか飲んだ事も飲みたいと思った事も無えし、それに昼間だって起きてるし、太陽に当たっても燃えたりしねえじゃねえか!」


「じゃがお前は紛れもなく吸血鬼じゃ。それはもうお前自身も分かっておろうが……」


 爺は、きっぱりと言い放った。


「だ、だがよう……」


 もう自分でも気が付いている。


 だが信じたく無いだけだ。


ーー悪鬼の様な村田の顔。


ーー晶子の死に顔。


ーー関係無いのにさらわれ血を吸われたシゲの無念。


ーーその原因を作ったショウへの憎しみ。


 そう言った思いが、自分もショウと同じ化物だと言う現実を突き付けられても、受け入れる事を拒んでしまうのだ。


「お前が今まで血を飲まずにおられたのも、飲みたいと思わなんだのも、全てはお前自身が吸血鬼として覚醒しておらなんだからじゃ」


「覚醒だと?」


「そうじゃ。赤児のお前をお前の父親から託された時、お前が吸血鬼として覚醒せぬ様、儂が呪を凝らしたのじゃよ」


「呪って……、じゃあ俺に今まで呪を掛けていやがったのか!」


「そうじゃ。赤児じゃったお前の額と胸の位置に、目には見えぬ様呪を彫込んだのよ」


「じゃあ風呂に入った時に浮き出る赤い痣みてえなモンは、俺が赤ん坊だった頃に爺が彫った呪の刺青の痕だって言うのか?」


「その通りじゃ。だからこそお前は覚醒もせず、今日まで人として生きて来られたのじゃ」


「でもそれなら、何で今頃になってヴァンパイアに成っちまったんだ?」


「考えられる理由は三つある……。一つはお前が歳を取り、呪の効力が落ちて来た事。二つ目は、先日の吸血鬼との闘いで頭に酷い怪我を負ったじゃろう。その時多量の吸血鬼の血を浴びておる筈じゃ。その己の出血と吸血鬼の血を浴びた事で、呪そのものが消え掛かっておるのやも知れぬ。更に三つ目は、お前が命の危険に晒された為、お前の生存本能が、お前の中に眠る吸血鬼としての血を呼び覚ましたのかも知れん。たぶん恐らくは、偶然にもこれら三つの条件が、全て同時に重なったからであろうよ」


「俺が先日たまたまヴァンパイアと殺り合ったから、今まで眠っていた俺の中のヴァンパイアが目を覚ましたって訳か……。で、でもよう、今現在でも俺は太陽の光に当たっているけど、別に何とも無いぜ! 昔映画で観たヴァンパイアは、太陽の光に当たると燃えちまってた筈だぞ!」


「それは先程も言うたが、お前が『貴族』だからじゃよ」


「貴族……」


「そうじゃ、吸血鬼と一口に言ってもその成り立ちや能力には幾つかの種類がある」


「種類?」


「そうじゃ。そもそも吸血鬼には三種類おってな、お前の様に生まれつき吸血鬼の者を『貴族』、人として生まれ、後に儀式などを用いて転身した者を『生成り』、奴らに噛まれて転身した者を『屍鬼』と呼んでおる。もっとも『内調』では第一種・第二種・第三種などと呼んでおるがの。それで『貴族』と言う種類の吸血鬼は、日の光を浴びても燃えもせねば、死にもせんのじゃよ。『生成り』も同じじゃ。じゃが『屍鬼』だけはそうは行かん。日の光を浴びればその皮膚は焼け爛れ、長時間浴び続ければ死に至る。恐らく映画や小説等に出てくる吸血鬼は、この『屍鬼』がモデルになっておるのじゃろう」


「でも俺がその『貴族』ってヴァンパイアだと言う証拠は何なんだ?」


「それはお前の親父が『生成り』だったからよ」


「俺の親父だと!」


 俺は思わず身を乗り出した。


「まあ待て、お前の気持ちは分からんでもないが、そう焦るな」


 爺は、俺をいなす様に言った。


 陽子の親父は、俺達の会話を黙したまま聞いている。


「お前の親父の恭介は、元々は人間だったそうじゃ。あまり過去の事を話したがらぬ男じゃったから詳しくは聞かなんだが、八百年以上は生きていると言うておった」


「八百年……」


「儂は日本の歴史には疎いが、確か今で言う平安か鎌倉とか言う時代だった筈じゃ。その頃に何故か理由は知らぬが、恭介は自分の意思で生きたまま吸血鬼に転身したそうじゃ。儀式を用いての」


「だから『生成り』か……」


「そうじゃ。儀式の内容は吸血鬼の中でも一部の『貴族』しか知らぬらしいが、儀式により吸血鬼となった『生成り』は、その成り立ちと呼び方が違うだけで、殆ど『貴族』と変わらぬ特殊な能力を身に付ける事が出来たらしい」


「特殊な能力?」


「まあ良く言う超能力と言う奴じゃ。恭介は強い念動力を持っておってな、『貴族』には他にもテレパシーや千里眼、発火能力なんて物を使う輩もおる。じゃが能力には個体差があり、齢を重ねる毎にその能力も増して行くそうじゃ」


「そんな……、親父がヴァンパイアだったなんて……。じゃお袋はどうなんだ? やっぱりお袋もヴァンパイアだったのか?」


「分からぬ。ただ吸血鬼で生殖能力を持った者は『貴族』と『生成り』だけじゃ。しかも人間との間には極めて子は出来難いと聞いておるから、恐らくお前のお袋さんも『貴族』か『生成り』だったのじゃろう」


「でも、死んだ親父と親友だった爺がなんでお袋の事を知らないんだ?」


「当時、恭介とは久しく会うておらなんでのう、久しぶりに恭介が儂を訪ねて来た時には、既にお前を抱いておった。そしてお前を儂に預け出て行ったのが、奴を見た最後となったのじゃよ」


「じゃあお袋は……」


「会うた事が無い。その時恭介は死んだと言うておったが……」


 爺が声を詰まらせた。


「なあ爺、何で親父は爺に赤ん坊だった俺を預けたんだ? それに親父やお袋が死んだのは事故何かじゃないんだろ? 本当は何で死んだんだよ?」


「恭介は奴らに殺されたんじゃよ」


 爺はぞろりと言った。


「殺された……。じゃあお袋は? 奴らって誰だよ!」


 俺は、両手で爺の肩を大きく揺すった。


 俺の強く握った部分の包帯が血で滲む。


 俺は慌てて手を放した。


「すまねえ……」


 だが爺は痛みに顔を少し歪めただけで、まるで痛みを受け入れ堪えるかの様に、声一つ発しなかった。


「お前のお袋さんが何故死んだのかは知らぬ。じゃが恐らくは恭介と同じく奴らに殺されたのじゃろう」


「奴らって……まさか……?」


「そうじゃ、吸血鬼どもじゃよ」


「だ、だって……、親父やお袋はヴァンパイアだったんだろう? じゃあ何で親父達が奴らに殺されなきゃならねえんだ?」


「最後に会うた時、恭介は奴らに追われておったのじゃ」


「追われてた……」


「そうじゃ。恭介は吸血鬼どもに追われておった」


「おい、何故親父は仲間のヴァンパイアに追われていたんだ? いったい親父は何をしたって言うんだ?」


「今朝お前に政府と吸血鬼の関係は話したであろう。犯罪を犯す吸血鬼を処理する機関が『内閣情報調査室対吸血鬼特務分室』であり『C・V・U』だと。その時こうも言った筈じゃ、吸血鬼にもそう言った輩を処分または捕えて『内調』に引き渡す組織があると。それをしておったのがお前の親父“御子神恭介”よ!」


「親父が……」


「恭介は、約定を破って人間を襲う吸血鬼を捕らえ処分する仕事をしておったのじゃ」


「じゃあ仲間を裏切っていたのは親父だと言うのか!」


 俺は声を荒げた。


「いや、組織は約定を守る為に、奴ら自身で作った物じゃ。じゃから恭介が裏切った訳ではない」


「それじゃあ何故親父は奴らに追われて殺されなきゃならなかったんだ?」


「最後に会うた時に、今この国で何か途轍も無く大きな事が動き出そうとしている。だから自分はそれを阻止せねばならぬと言うておった」


「途轍も無い事って何だよ」


「いや、それは分からぬ。恭介はそれ以上語らなかったのでな」


「だから追われていたのか」


「恐らくはそうじゃ。そして儂にお前を託して出て行った次の日、恭介は遺体で発見された」


「奴らが……、ヴァンパイアが殺したんだな……」


「うむ。恭介は、奴らの中でも五本の指に入る程の手練れでな、その恭介が殺られたのじゃ、余程の相手だったのじゃろう。その後、『内調』も捜査したのじゃが、奴らの方から恭介が約定を破り人間を襲った為処断したと通報があってのう、そこで捜査は打ち切りとなったのじゃ」


「それで納得したのかよ、それまで親父はその『内調』とか言う奴らに協力してたんだろうが!」


「政治じゃよ……」


「政治?」


「そうじゃ、奴らは時の総理大臣にも強い影響力を持っておってな、幾ら約定を守る仕事をしていた恭介とは言え、たかが吸血鬼一匹……。例え殺された所で政治家にとっては保身や金の方が大切と言う事じゃ……」


「そんな……、じゃあ親父やお袋は奴らや政治家に殺された様なモンじゃねえか!」


「その通りじゃよ。じゃが儂も『内調』の連中も、その後色々と探ってはみたが、恭介の言うておった事実は何も浮かんでは来なんだ。何も証拠が出て来なければそれ以上の捜査は出来ぬよ」


「親父やお袋は犬死だったって事か……」


「そうでは無い。じゃが奴らが何を企んでいたのかは今尚不明のままじゃ……」


 そう言って爺は黙り込んでしまった。


 俺もあまりの話しにもう言葉も出なかった。


 陽子の親父は、恐らく全てを知っていたのだろう。


 黙ったまま拳を強く握っている。


 しばらくの間辺りを沈黙が漂った。


「話はもうこれ位にしましょう。老師も、恭也君も少し休んだ方が良い」


 それまで口を閉ざしていた陽子の親父がいきなり口を開いた。


「そうじゃな、そうさせて貰おうかのう」


 爺が言った。


 俺はまだ気持ちに整理が着かず、口を開く事が出来なかった。


「恭也……まだ完全でないとは言え、お前の中に目覚めつつある吸血鬼の血は、既に儂の呪では抑え切れぬ程の力を持っておるようじゃ。このままではいつか本当の目覚めの時が来るじゃろう。じゃがそうならぬよう儂も今後の方策を含めどうしたら良いか考えておく。じゃから今は勇三殿の言うとおり少し休むが良い」


 爺は、優しく俺に言った。


「ああ……」


 俺は虚ろに返事を返した。


 陽は、既に中空に射し掛かろうとしていた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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