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第四章1:吸血鬼

     第四章

    『吸血鬼』

     1

 佐々木は、焦り苛立っていた。


 一昨日の明け方、李から通報のあった事件の首謀者と思しき逃走中のヴァンパイアが、未だ発見されていないのである。


 李の話によると、そのヴァンパイアは手首を引き千切りかなりの深手を負っているらしい。


 しかもその時点で失血による為か、既に“渇き”の兆候が出ていたと言うのだ。


 ヴァンパイアの“渇き”は人間のそれとは比べ物にならぬ程激しく、死と直結する強烈なものだ。


 例えるなら、麻薬中毒患者の禁断症状を何倍……いや何十倍にも強烈にしたものだと以前聞かされた事がある。


 その状態では、正常な意識が完全に飛んでしまい、死の苦しみを味わいながら血を求める、本能剥き出しの凶暴な悪鬼と化してしまうのだ。


 あれから今日で三日……、未だ発見の報せが無いのは、極めて危険な事態であった。


 しかし佐々木を更に苛立たせたのは、つい二時間程前に受けた『C・V・U』の科学検査班からの報告であった。


 現在の時間……午前八時三十三分


 地下にあるこの分室には太陽光が一切射さないが、地上では太陽が燦々と射している事だろう。


 普段なら無事に夜が明けた事を喜び、大きく伸びでもして帰宅の準備を始める所なのだが、今はとてもそんな気分になれない。


 日勤の者以外は既に勤務を終える時間だが、まだ誰も帰宅の準備を始めていない。


 ここ『内閣情報調査室対吸血鬼特務分室』は、日勤・準夜勤・夜勤の三交替制だが、主に夜勤が通常の勤務時間で、基本的には夜間の勤務に重きを置かれている。


 通常この部署には、常時十名程が詰めているだけで、実際に吸血鬼の調査・捜査・戦闘・処理等の実働を行う『C・V・U』、つまり『カウンター・ヴァンパイア・ユニット』は、防衛省の市ヶ谷駐屯地の中に本拠地を置いている。


 ここは『C・V・U』を統轄し、管理運営する為の部署なのである。


 いわゆるエリート組で、業務の内容も半分はデスクワークがメインだ。


 日本中の人間・ヴァンパイアを問わず、あらゆるデーターが納められた膨大な量のデーターベースを持ち、『C・V・U』を情報面からサポートし、現場の隊員に指示を出すのが主な任務である。


 殆どの者が防衛大卒で、現場からの叩上げは片手程もいない。


 しかし佐々木は、数少ない叩上げ組の一人で、室長の久保の強い推薦で入室したのである。

 無論そう言った意味では、現在の佐々木の地位は叩き上げ組の中でも異例中の異例と言えた。


 この分室は、霞ヶ関の総理府ビルの地下にあり、表向きは『内閣情報調査室・国内部門特務分室』となっている。


 機密性を保つ為エレベターが別になっており、一般職員が使用するエレベターや階段を使うだけでは、この分室には辿り着く事すら出来ない。


 セキュリティーも万全で、入室にはIDカード及びパスワード入力と、虹彩認証による本人確認と、サーモグラフィーと紫外線を使用してのヴァンパイア検査をパスする必要がある。


 コンクリートや鉄骨が剥き出しの無機質で無粋な室内は、パソコンの画面が見やすく、しかもスタッフの集中力を高める為に照明を少し暗めに調整してあり、各セクション毎に配置を分けられたデスクで、皆パソコンのモニターと向き合い作業を行っている。


 ここの主任である佐々木は、スタッフが仕事するメインフロアから少し階段を上がった、ロフト式でガラス張りの中二階にオフィスを構えていたた。


 ここは、各セクションでの作業の進行状態や、人の動き等が一望出来る様に設えてある。


 最も、佐々木自身は未だ現場主義を貫き通しており、事件が起きるとすぐ現場に出てしまう為、そう言った時このオフィスは、副主任の水野が佐々木の代理を果たしている。


 水野は、佐々木と違い防衛大卒のエリート組で、佐々木程の経験や人望は無いが、沈着冷静で佐々木の不在時においても的確な指示が出せる事から、部下達は勿論、佐々木からの信頼も厚い人物だ。


 歳は四十一歳で、身体は中肉中背と言ったあまりにも普通で特徴の少ない男だが、銀色の細いフレームの下の瞳は知的な色を讃え、如何にも出来る中間管理職と言った顔立ちだ。


 今は佐々木が在室している為、水野は下のメインフロアにある自分のデスクに座っていた。


 佐々木は、苛立たしげに何十本目かの煙草に火を点けた。


 昨日の夕方ここに出勤してから、いったい何十本吸ったのか数え切れない。


 クリスタルで大振りの灰皿は、長いままで揉消された吸殻が山の様になっている。


 最近はどこも禁煙・節煙で、この部署もご多分に漏れず喫煙用の狭いブース以外では禁煙なのだが、今はそんなまどろっこしい事をしていられる気分では無い。


 高感度の火災報知器が誤作動しない様にスイッチを切ってある為、ガラスで仕切られた室内には濛々たる紫煙が充満していた。


 再び新しい煙草に火を点け、二・三回吹かした所でまだ長いままの煙草を苛立たしげに揉消した時、ふいにデスクの上の電話が鳴った。


 内線のボタンを押してスピーカーフォンにすると、電話のスピーカーから聞き慣れた女性の声が響いた。


『佐々木主任、室長がお呼びです』


 スピーカーからはいつもの聞き慣れた声が流れた。


「分かった、すぐ行く……」


 佐々木は、そう答えると早々とスイッチを切ってしまった。


 いつもの定時報告だ。


 室長の久保は、佐々木を含む他のスタッフとは勤務時間が異なっている。


 久保は、朝8時半から夜までの完全な日勤で、事件が無い限り夜勤専門の佐々木とは交代制を取っているのだ。


 無論それは責任者不在を避ける為の処置ではあるが、別の意味で久保は他のスタッフと仕事の内容が全く違うからである。


 言わば久保の仕事は、“政治”だ。


 各省庁のトップクラスと政府の中枢の者以外はは、その存在すら知らされていない極秘の特務機関と言う性質上、何をするにしても様々な弊害が付纏う。


 更には、各省庁の


 縦割り行政


 縄張り主義


 利権構造


 秘密主義


 等々が弊害に拍車を掛けている。


 そう言った政治的な問題を処理するのが、室長の主な仕事なのである。


 室長が日勤なのはその為だ。


 スピーカーフォンのスイッチを切ると、佐々木は急ぎ自分のオフィスを出た。

 

 音を立てて階段を降りる。


 苛立ちが足の運びに現れている為か、足音に驚いたスタッフが一様に佐々木へ視線を送る。


 そんなスタッフの視線を気にする素振りさえ見せず、階段を降りた佐々木は、メインフロアの自動ドアから少し明るめ通路へ出ると、短い通路の奥にある久保のオフィスへと足早に向かった。


 佐々木はガラス製の自動ドアを抜け、受付の前に立った。


 受付のフロアはさほど広くなく、自動ドアを入った右手に受付用のカウンターがあるだけだ。


 照明もメインフロアに比べれば明るいが、やはり日光の射さない地下では薄暗い印象を拭えない。


「おはようございます」


 天板に天然木の突板を贅沢にあしらった、ダークトーンのローカウンターの後ろに座っていた秘書の青木早苗が、如才なく挨拶をした。


 青木早苗は国立大学卒業の才女で、秘書としても有能な女性だ。


 年齢は二十五歳。


 ブラウンの髪をいつも巻き髪風に上で束ね、細い眉毛に二重だが切れ長の瞳、高く通った鼻、ぷっくらとした唇に艶かな紅いルージュ。


 モデルの様に長身ですらりとしたボディに、黒地に白の細いストライプの入ったブランド物のスーツを纏っている。


 このまますぐにでもモデルで食べて行ける程美しい。


 頭脳も明晰で、知的で落ち着いた話し方をし、口も固く、この様な職場の秘書としては最適な女性であった。


「あ、ああ。おはよう」


 佐々木は少し毒を抜かれた様に挨拶を返した。


 早苗の美しさと落ち着いた物腰には、先程までの苛立ちを一瞬忘れさせる物がある。


 早苗は、カウンターの上の電話で久保に内線を入れた。


「室長、佐々木主任がお見えです」


 電話の受話器越しに承諾の返事があったのだろう、“はい”と返事を返して丁寧に受話器を置くと、早苗は楚々とした動作でカウンターを回り込み、久保のオフィスのドアの前に立った。


 早苗は“トントン”とドアをノックし、


「失礼します」


 と言ってオフィスのドアを開けた。


 佐々木が後に続く。


「失礼します」


 張りのある低いバリトンで佐々木は一礼すると、頭を下げたままの早苗に小声で礼を言い、オフィスに入って行った。


 久保のオフィスはかなり広く、扉を入った正面には如何にも贅を凝らした応接セットが“でん”と置かれ、その奥に久保のデスクがある。


 応接セット同様天然木を贅沢にあしらったデスクはきちんと整頓され、ファイルされた書類が少しと黒いノートパソコン、後は葉巻用の灰皿と銀のアンティークな卓上ライターが品良く並んでいるだけであった。


 久保はなかなかの綺麗好きであるらしい。


 久保は、そのデスクに納まり佐々木を見詰めていた。


「おはようございます」


 佐々木は再び頭を下げた。


「おはよう」


 野太い声が返って来た。


 久保は、五十半ばで恰幅の良い紳士だ。


 白髪が混った髪をきっちりオールバックに固め、頬の肉は少し弛んだが銀縁メガネの奥には、今でも知的で鋭い眼光が覗いている。


 濃紺のダブルのスーツをきっちりと着込み、隙の無い印象を与える男であった。


「掛けたまえ」


 久保は手に持っていた葉巻を灰皿に置き、手を目の前の応接セットに翳し佐々木に座る様促した。


「いえ、結構です」


 佐々木はそう答えると、応接セットを回り込みデスクの前に立ちはだかった。


「何か苛ついてるな?」


 久保は、佐々木の目を見詰めたまま言った。


「いえ、苛ついてなどおりません」


 憮然とした表情で佐々木が答えた。


「そう言えば例のヴァンパイアは見つかったかね」


「いえ、発見の報せはまだ入っておりません」


「ううむ、今朝で三日目か……気掛かりだな」


「はい。新たな被害が出なければ良いのですが……」


 佐々木は伏せ目がちに答えた。


「今日で三日目ともなれば、被害を避けるのは無理だな。だが最小限には止どめねばならぬ」


 久保も覚悟を吐き出す様に、苦渋に満ちた表情で言った。


「あと、二時間程前に『C・V・U』の科学検査班から報告がありました」


「うむ、例の死亡したニ匹のヴァンパイアの件だな」


「はい。それが……」


 佐々木は口篭った。


「どうした? 君にしてはエラく歯切れが悪いじゃないか」


「はい。実は……」


 佐々木が話しかけた時、ドアをノックする音が聞こえた。


「入りたまえ」


 久保がドアへ視線を送り言った。


 佐々木も後ろを振り返る。


 すると、“失礼します”とドアの向こうから声が掛かり、早苗が入って来た。


 手には朱塗の盆が乗っている。


 盆の上には、湯気の立ったコーヒーカップが二客乗せられていた。


「コーヒーをお持ちしました。どちらに置けば宜しいでしょうか?」


 早苗はわざと尋ねた。


 立ったままの佐々木を気遣っての事だ。


「ああ、二客共テーブルに置いてくれ」


 そう言うと、久保はデスクの椅子から立ち上がった。


「君も座りたまえ。青木君がせっかくコーヒーを煎れてくれたのだ」


 早苗の心遣いが分かる久保は、そう言って佐々木をテーブルに促した。


「ありがとうございます」


 そう言って、佐々木も応接セットのソファに腰を下ろした。


 本革張りのソファに大きな身体が沈み込む。

 何とも言えぬ座り心地だ。


 早苗は、二人が座り終えるのを待ち、慣れた手つきでそれぞれの前にカップを置くと、一礼してその場を離れた。


 小さく“失礼します”と声を掛け、オフィスを後にする。


 久保は、早速コーヒーを一口飲んだ。


「冷めない内に君も飲みたまえ」


「頂きます……」


 そう言って佐々木もコーヒーを口にした。

 鼻腔と口腔内に煎れたてのコーヒーの豊かな香りが広がる。


 久保は、持っていた葉巻をゆったりとくゆらせた。


 久保は無類の愛煙家で、特にキューバ産の葉巻が好物だ。


 この分室のトップ二人がコレでは、禁煙や節煙もあったものではない。


「君もやるかね?」


 久保は、テーブルの上のシガーケースの蓋を開いた。


 スペイン杉を使って作られた高級なヒュミドールだ。


 中にはちゃんと湿度計や加湿器も完備されている。


 葉巻は、キューバ産の最高級品コイーバだ。


「ありがとうございます。ですが私はこちらで……」


 そう言ってスーツの内ポケットから、お気に入りのキングサイズのロングピースと銀製のジッポライターを取り出した。


 佐々木も葉巻はやるのだが、スパスパ吸いたい時は自分の吸い慣れた煙草に限る。


「相変わらずピースだな……」


 久保は、にこやかな笑顔で言った。


 佐々木も笑みを返しロングピースに火を点けた。


 佐々木は、大きく紫煙を吸い込みゆっくりと吐き出すと、再び真面目な顔付きになった。


「さあ、続きを聞こうか」


 久保もにこやかな表情から真顔に戻して言った。


「はい。死亡したヴァンパイアの身元や、逃走したヴァンパイアの身元が判明しました」


「うむ。それで?」


 佐々木はスーツの内ポケットから黒い手帳を取り出すと、パラパラとページを捲った。


「とりあえずは電話に拠る報告でしたので、正式な報告書は後ほど提出しますが、死亡した二匹の内一匹は村田浩平十七歳で、都立成田西高等学校の三年です。五日前から行方不明で、報告によると、行方不明となった夜に村田浩平の物と思しき大量の血痕が発見され、所轄が事件性を考慮し捜査を始めていた様です。そして二匹目は、高木晶子……。私立聖華女子高等学校の三年で、村田と同じく十七歳です」


「十七歳か……。まだ若いな……」


 久保が呟いた。


 感慨にふける久保を他所に、佐々木は先を続けた。


「高木晶子も五日前から行方不明で、所轄の方へ家族から捜索願が出ています。死因は二匹とも争いによるもので、村田浩平は何者かによって首の骨を折られ、頸椎の破損が死亡原因だそうです。腹部に負った傷は、鋭く先の尖った太い棒の様な凶器に因るもらしいのですが、ヴァンパイアの再生能力から見て致命傷には至らなかったようです。高木晶子も似た様な凶器で心臓を突破られ、心臓が再生する前に失血死した模様です」


「心臓と脳は奴等の最大の弱点だからな」


「はい。心臓は奴等の最大の弱点なので、僅かな傷であれば再生も可能だったのでしょうが、あれ程酷い損傷を負えば再生は無理だったのでしょう」  


「で、二匹は誰に殺されたのかね?」


「高木晶子の場合は、死んだ村田浩平の手に付着した血液から、殺害した犯人は村田と断定されました」


「仲間割れか?」


「その様です。村田の死因も腹部の傷の類似性から見て恐らくヴァンパイアの手に因る物だとは思うのですが、誰が殺ったのかはまだ判明しておりません」


「ならば李老師からの報告にあった、逃亡したヴァンパイアが犯人と言う事になるか……」


「恐らくは……」


「逃走したヴァンパイアは李老師の指弾で負傷し、自らの手首を引き千切って逃亡したのだったな。地面には大量の血痕と銀に因り腐乱した手首が残されていたと聞いていたが……」 


「はい、その通りです」


「ならば残された手首の指紋や、採取した血痕のDNAから、逃亡したヴァンパイアの身元は分かったんじゃないのか?」


「奴らから提供されている登録データーと、指紋やDNA鑑定によるデーターを照合した所、飯沼彰二と言う男がヒットしました」


「飯沼彰二……。聞かぬ名だな……」


 久保は首を傾げた。


「飯沼彰二は、今から二十年前に転身した第三種ヴァンパイアで、当時は二十二歳だったそうです。李周礼老師から聞いていた人相とも一致しますし、まず間違い無いでしょう」

「それで捜査状況はどうなっている?」


「はい。『C・V・U』の現場捜査班が、現場から半径を広げながらローラーを展開しています。しかし……」


「三日経っても発見出来ずか……」


 久保の表情が曇った。


「二時間前の報告の後、飯沼彰二の顔写真を捜索員全員に配り、総力を挙げてもう一度現場付近からの捜索をやり直す様指示してあります」


「分かった。しかし君が苛ついていたのはそれが原因なのかね?」


 久保が不思議そうに尋ねた。


 佐々木は表情を暗くした。


「実はもう一つ報告が……」


 佐々木の表情がら更に深刻な物になった。

「あの夜残された夥しい血痕と、殺された村田と言うヴァンパイアの着衣に付着した毛髪や血液から、前述の三匹とは別の生物が、あの時刻・あの現場に居合わせた可能性が出て来たのです」


「生物? おかしな言い方をするじゃないか。いったいどう言う事なのかね?」


 久保は眉間に皺を寄せた。


「それが、残された毛髪や血痕を詳しく鑑定した結果、その生物は今までに見た事の無い特殊なDNAを有してるとの事なのです」


「特殊なDNA?」


「そうです。様々な鑑定・検査を行った結果、その生物は全く未知の生物で、驚くべき事にヴァンパイアと、日本では既に絶滅した筈の獣人双方の特徴を合わせ持った、特異な遺伝子を有してたたと言うのです」


「獣人だと!?  馬鹿な! 獣人族は確か十八年前に絶滅した筈だぞ! しかも我が国のみならず、世界中いつの時代を通しても、ヴァンパイアと獣人の混血が存在したなどと言う話は聞いた事も無い。君も知っているだろう、互いに別の生き物であるヴァンパイアと獣人の間には子供が出来ぬ事を!」


「はい。ですが鑑定に間違いは無いそうです。私も、以前獣人族が生存していた頃に、獣人の血を吸ったヴァンパイアのDNAが、ウイルスか何かで突然変異を起こしたのではないかと言ったのですが、この生物は後天的なウイルスに因る変異などでは無く、先天的にヴァンパイアのDNAと、獣人のDNAを持った未知の生物だとの言うのが科学検査班の見解です」


「いったいどんな姿をした生物なんだ……?」


「ヴァンパイアも獣人もヒト型の生物だと言う観点から見れば、当然ヒト型である事は間違い無でしょう。実際、科学検査班も未知の生物はヒト型、しかも性別はオスだと言っております。もしこれが事実なら、我々の知らない未知の生物が、野放しの状態で街を徘徊している事になります」


「ううむ……、これは非常に由々しき事態だぞ……」


 久保は更に険しい表情で腕を組んだ。


「はい。逃亡中の飯沼彰二の行方もそうですが、この生物が今何処でどうしているのかが 問題です」


 佐々木も不安気に視線を落とした。


「しかしその様な化物が、今まで誰にも見つかる事無く潜伏していながら、これと言った被害も報告されていないと言うのは解せんな……」


 久保も目を伏せ思案を巡らせた。


「ですが毎年増え続ける行方不明者の数を考えれば、その中にその生物の被害者がいても不思議ではありません」


「もしかしたらその生物が、奴らの言っていたハンターかも知れんな……」


「ハンター……ですか……?」


 佐々木は目を細めた。


「うむ、昨日も君に話したが、奴らの話では最近奴らを相手に狩りをしている者がいるらしい。最も奴らは我々を疑っている様だったが……」


「その可能性は十分に考えられますね。しかし例えそうだとしても、いったい何が目的で……?」


「それは分からん。だいたい奴ら自身も情報を持っていない様だった。それで、君はこれからどうしたら良いと思うのかね?」


 久保が視線を戻して言った。


「はい、とりあえず飯沼彰二の方は現場捜査官を総動員して捜査範囲を広げ、一刻も早い確保又は処理をします。未知の生物の方は、それが今室長の言われたハンターかどうかは別としても、科学検査班による更に詳しいDNA鑑定を急がせ、それとは別に現場での聞き込みや、死亡した二匹のヴァンパイアの線から所轄にも情報提供と協力を仰ぎ、急ぎ正体の特定するよう捜査を始めます。室長には所轄への根回しをお願いします。あと今後の為にも、この生物の呼称が必要だと思うのですが、ヴァンパイアと獣人の混血と言う事もあり『魔獣』と言うのはどうでしょうか?」


「そうだな。いずれにせよ呼び名は必要だろう。君の提案を採用して今後は『魔獣』と呼ぶ事にしよう。私は所轄や関係省庁には急ぎ手を打っておく。君は李老師にも再度あの夜の事を確認した方が良いな」


「はい、今日にでも老師には連絡を取ってみます。では、私はこれからの捜査方針を指示して来ますのでこれで……」


 そう言うと佐々木はおもむろに席を立った。


「うむ、頼んだぞ」


 久保も力を込めた視線で佐々木を見上げ言った。


「報告書と操作方針は書類にて後ほど提出致します。では、失礼します」


 そう言って佐々木は一礼すると、久保のオフィスを後にした。


「貴族と獣人族の混血、そしてハンターか……」


 オフィスに一人残った久保は、ソファに深くもたれると、葉巻の煙と共に低く言葉を漏らした。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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