2
2
俺は夢を見ていた。
逃げても逃げても後ろから得体の知れぬ何かが追って来る夢だ。
この怖い物など一切無い筈の俺が、いったい何にビビってるのかは分からないが、とにかく何か恐ろしい物が後ろから迫って来る。
勇気を振り絞って後ろを振り向いても、見えるのは赤黒い霧とその中心にある漆黒の闇だけだ。
俺は逃げた。
不様にも大声を張り上げ、必死で逃げた。
辺りも霧に包まれていて、何処をどう走っているのか見当も付かないが、とにかく必死で逃げた。
すると、目の前の霧が出し抜けに晴れた。
そこは崖であった。
底の深さは全く分からない。
いや、底など無いのかも知れなかった。
落ちれば助からないと言うより、際限無く永遠に落ち続ける闇だと思えた。
奈落……。
そう、この崖の下はまさしく奈落の底であった。
俺は崖の一歩手前で踏み止どまってはいるが、既に後ろには先程の赤黒い霧がすぐそこまで迫っていた。
俺は迷った。
そして最後の勇気を振り絞り、赤黒い霧の中心部を凝視した。
霧の中心部の深い闇の中に、最初はぼんやりと、そして次第にはっきりと蠢く者達の姿が見て取れた。
腹部に大きい穴を空け、顔が上下奇妙な形に折れ曲がった村田の顔……。
同じく胸に大穴を空け、口や眼から血を垂れ流して迫り来る晶子の姿……。
口許から長い犬歯を覗かせ、長く伸びた爪を鈍く光らせて迫るショウの悪鬼の様な姿……。
全身を血塗れにして、幽鬼の様に迫るシゲの姿……。
そして皆誰もが口々に『痛い……』、『死にたくない……』、『恭也、貴様も来い……』、『死ね……』等と悲痛な叫び声を上げている。
更には、シゲや晶子を救えなかった俺を責める鉄二や陽子の姿まで見えた。
俺は発狂しそうだった。
赤黒い霧がすぐ目の前まで迫り、村田や晶子達の手が俺の身体に触れようとした瞬間、俺は奈落の闇へと飛び下りた。
何処までも、何処までも際限無く落ちて行く。
俺は思った。
やはりこの闇は奈落だったのだと……。
そしてもう引き返す事は出来ないのだと……。
俺は、後戻り出来ぬ闇をいつまでも落ちて行った。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。