表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/119

重苦しい緊張が、辺りを包み込んでいた。


時刻は、もうすぐ日を跨ごうとしている。


深夜であるにも関わらず、辺りはまるで昼間の様な明るさであった。


ここ金剛峯寺の周辺に設置された数々の照明器具が、金剛峯寺のみではなく辺り一面を照らしているからだ。


しかも金剛峯寺やその周辺を照らすだけではなく、サーチライトを使用する事で鬱蒼と生い茂る木々の間までその光を飛ばしている。


また他にも、 国道480号線の金剛峯寺正面の出入り口の左右の両脇と、向かい側に設けられた駐車場の出入り口の計三ヶ所には、『C・V・U』の部隊が乗ってきた部隊運搬用の特殊車輌である黒塗りのトラックを縦に並べる止める事で、道路の左右や駐車場からの出入り口を塞ぐ様に強固なバリケードが築かれていた。


特殊車輌を並べて築いたバリケードの前には、単菅バリケード二個の間にパイプを通したA型バリケードが横並びに置かれている。


それら三ヶ所のバリケードの各位置にもサーチライトが置かれ、国道及び駐車場や周囲を照らしていた。


金剛峯寺の境内からは、読経を唱和する法力僧達の声が、地面や空気を震わせる様に途切れる事なく低く響いている。


無論、結界を張る為の呪法を執り行っているからだ。


本来広い範囲に結界を張るには、結界の外縁の各所に法力僧を配置し、結界を張るべき対象を包み込む様に呪法を唱えるのが通例なのだが、此度は金剛峯寺を大日如来に見立てて中心に置き、奥の院がすっぽりと収まる様に約半径五キロに渡る巨大な曼荼羅を画く事で、強力な結界を張り巡らせているのである。


この巨大な胎蔵界曼荼羅を画く為に、大日如来に見立てた金剛峯寺を中心に様々な仏・菩薩・明王などの梵字と真言を記した四百九枚の護符が、胎蔵界曼荼羅図と対照な位置に当たる建物や樹木等に精密に貼られているのだ。


今金剛峯寺の境内では、護摩を焚き敵を調伏する“太元帥御修法”や、不動明王、軍荼利明王、降三世明王、大威徳明王、金剛夜叉明王の五大明王を本尊とした“調伏法”等が執り行われていた。


これ程の結界であれば、ヴァンパイアなど近付く事すら出来ない筈だ。


実際に『C・V・U』の隊員にも少なからず影響を及ぼしていた。


どれ徳の高い程の聖者でも、人間である限り煩悩や僅かに過る邪心を完全に捨てさる事は不可能だ。


その僅かな邪心にも反応するくらいの強力な結界であった。


坂下は、少し落ち着きなく周囲を見渡していた。


この坂下と言う男、以前ショウが潜んでいた廃ビルで恭也と獣吾が闘ったおり、佐々木と共に乗り込んだ『C・V・U』の隊員の一人だ。


実際には平の隊員などではなく、一個小隊を預かる小隊長である。


派遣された二個小隊の指揮を執る佐々木が、奥の院の防衛に就いている為に、この金剛峯寺の防衛する部隊は、この坂下が指揮を執る事になっていた。


坂下は、H&K・MP5を手にして隙の無い所作で周囲を警戒しながら、耳に嵌めたイヤホンにも注意を向けていた。


今のところイヤホンからは何の音も聴こえては来ないが、高野山の各所に仕掛けた各種探知機やセンサーに敵が引っ掛かれば、たちどころに佐々木の下へ情報が送られ、その情報が回ってくるからである。


“ガガッ……”


突然、そのイヤホンにノイズが入った。


坂下は、“びくん”と背筋を震わせた。


『ガガッ……こちら佐々木。坂下、異常は無いか?』


イヤホンから流れたのは、佐々木の低いバリトンであった。


坂下は、“ほっ”と安堵した。


「こちら坂下。主任……いや部隊長、こちらは異常ありません。そちらの様子はどうですか?」


坂下は、佐々木をいつも通りの“主任”と呼び掛けて慌てて訂正した。


『こちらもまだ異常は無い。坂下、わざわざ言い直さなくて良いぞ』


佐々木は、少し含み笑いでもしたかの様に、穏やかな口調で言った。


「あ、はい。了解しました。……しかし静かなものですね。本当に奴等、今夜中に襲って来るのでしょうか?」


坂下が、思わず軽口を叩いた。


『バカ者! 気を抜くんじゃない。夜はまだまだこれからなんだ。水野からの報告にもあったように、我々の捜査の手から逃れる様にゾンビ部隊の連中は市ヶ谷を脱出したんだぞ! 奴等にはもう帰るべき場所が無いんだ。奴等は必ず此処へ来る。しかも決死の覚悟で攻めてくるに違いない。お前も権藤の事は、噂ででも聞いているだろう。幾ら彼我の戦力差が大きいとは言え、油断すれば殺られるのはこちらなんだ。分かったな!』


佐々木は、激しく叱咤した。


「スミマセン、気を引き締めま……」


“その時!”


坂下の言葉を遮る様に、耳をつんざく爆発音が、夜気を震わせ轟いた!


しかも然程遠くない距離だ!


『坂下、どうした! 坂下!』


必死に叫ぶ佐々木の声が、イヤホン越しにかすかに聴こえる。


だが凄まじい轟音で、佐々木の声に集中する事が出来ない!


「主任、敵の襲撃です! 今から応戦に出ます!」


坂下は、取り敢えず応答を返すと爆発音のした方向へ目を遣った。


爆発は、数ヶ所で起こっていた!


だが周囲の木々に視界を阻まれて詳細を見て取ることが出来ない。


坂下は、急いで正面の国道480号線へ向かって駆け出した!


国道に飛び出すと、慌てて爆発音のした方向へ目を遣った。


金剛峯寺の南側に位置する金剛三昧院や、西側の西南院、近くではあの壇上伽藍の方角からも、どす黒い煙がもくもくと上がっている。


更には、南側の高野山大図書館や商店からも、黒煙や火の手が上がっているのが見えた。


どうやら爆発は、国道480号線沿いの西側と南側の国道371号線付近に集中している様だ。


「持ち場を離れるな! 良いか、この爆発は敵の陽動だ! 敵の誘いに乗せられるんじゃない!」


坂下は、同じく国道に飛び出して来た部下達や退魔僧達に向かって、慌てた様に大声で叫んだ!


ーー今の爆発には、砲撃時の発射音が無かった。


ーーつまりあれは、恐らく奴等が仕掛けた爆弾の爆発だろう。


ーーどうやってセンサーや探知機を潜り抜けたかは不明だが、敵からの攻撃が西側と南側に集中しているのであれば、間違いなくこれは陽動だ!?


ーーとなれば、奴等は東側か北側から来るに違いない!


「狼狽えるな! 良いか、各自敵の襲撃に備えろ! 桜木の分隊と戸塚の二個分隊は、そのまま金剛峯寺周囲の護りを固めろ! 山内・美並・佐藤の三分隊は、国道480号線に張った左右・正面のバリケードを死守! 石田の分隊は、金剛峯寺正面出入り口の護りを固めろ! 今の爆発は、音からして砲撃じゃなかったが、次は何処から砲撃が来るか分からんぞ! 十分に注意しろ、良いな!」


坂下が、レシーバーに向かって大声で叫んだ!


更に続けて、


「退魔僧の方々は、金剛峯寺周囲の護りを固めて下さい! 何としてでも法力僧の方々を護るのです!」


坂下は、後ろで狼狽える退魔僧達に檄を飛ばした。


その檄に応じて、狼狽えていた退魔僧達が機敏に反応する。


馴れぬ爆弾による攻撃で一瞬狼狽はしたものの、流石はヴァンパイアや魔の物を調伏する為に鍛え上げられた退魔僧だ。


銃撃戦や砲撃による戦闘においては、自分達『C・V・U』の部隊に一日の長があるとは言え、事身命を賭する闘いでの覚悟は、御仏に支える退魔僧の方が勝っているかも知れない。


だが退魔僧達を嘲笑うかの様に、先程爆発のあった辺りからは、もくもくと立ち上る黒煙がまるで地獄から這い出てくる魔物の如く、燃え盛る炎で下から赤く炙り出されている。


壇上伽藍から立ち上る煙が、この金剛峯寺まで届いて来た。


退魔僧……、いや、真言宗を信仰する者全てにとって、今まで信仰の対象であり、また心の拠り所や誇りでもあった歴史ある高野山の寺院や街並が、今邪教の徒によって破壊され燃やされて行く様をただ見詰める事しか出来ぬ深い悲しみや憤り、そして失望や無力感、更には全ての感情を飲み込む激しい怒りが、煮え滾り溢れ出るマグマの様にうねり狂っているに違いなかった。


そんな退魔僧達とは別に『C・V・U』六個分隊の隊員達は、敵の襲撃を迎え撃つべく所定の位置に着いた。


隊員達が、一斉にH&K・MP5や支援火器の5・56mm機関銃MINIMIを構える。


坂下は、国道480号線に繋がる金剛峯寺の正面を厳しい表情で睨み付けた。


強い緊張が、退魔僧からだけでなく、坂下を含む『C・V・U』の全隊員を押し包む。


一秒が、永遠とも感じられる時間が過ぎた。


次の瞬間、国道480号線の東側から三台の漆黒に塗られたトラックが、凄まじい勢いで地響きを立てて突進して来た!


「一斉掃射、奴等を近付けるんじゃない!」


分隊長の山内が叫ぶ!


山内の号令以下、H&K・MP5や5・56mm機関銃MINIMIの合計十五門に及ぶ銃口が、一斉に火を吹いた!


夥しい量の弾丸が、三台の12tトラックに叩き込まれる。


まるで降りしきる大粒の雨が地面を叩く様に、排出された薬莢が軽い金属音を立ててバラバラと濡れた地面に溢れ落ちた。


前面に無数の穴を穿たれた先頭のトラックが、ハンドルを取られた様に大きく蛇行し、道路を塞ぐ形で横転する。


後続の二台は、悲鳴の様なブレーキ音を響かせながら急制動を掛けて止まった。


横転したトラックは、凄まじい地響きと火花を上げながら横様に突っ込んで来る。


「いかん、退避しろーっ!」


分隊長の山内が、大声で叫んだ!


隊員達は、弾かれた様にバリケードから離れる。


横転しボディーをアスファルトに擦り付けながら突っ込んで来るトラックが、金剛峯寺の正面の国道を横に跨ぐ形で、縦に車を止めて築いた東側のバリケードに激突した!


凄まじい激突音と共に、バリケードを築いていた『C・V・U』のトラックが、弾かれる様に薙ぎ倒される。


山内以下『C・V・U』の隊員達は、間一髪で後ろに下がる事で回避したが、築いたバリケードは脆くも破壊されてしまった。


「態勢を立て直せ! 総員、迎撃準備! 来るぞ!」


山内が大声で叫んだ!


それに呼応するかの様に、急停止した二台のトラックの荷台からわらわらと迷彩パターンの戦闘服を纏った集団が飛び出して来た!


人数は、二十……、いや三十人以上は居る!


手には、M16シリーズのアサルトライフルやAK47(カラシニコフ)、H&K・MP5など、装備している銃器がバラバラで統一性がない。


山内は、その集団を見て“ハッ”と気付いた!


「い、いかん! 奴等は囮だ! ゾンビ部隊じゃない」


山内は、思わずマイクに叫んだ!


しかしその声は、夥しい銃撃音に書き消された!


迷彩服の集団が、トラックの陰に半身を隠し、一斉に銃撃を浴びせ掛けて来たのだ!


無論『C・V・U』の隊員達も、破壊されたバリケードの隙間から応戦する。


金剛峯寺の前の国道480号線は、たちまち戦場と化した。


凄まじい銃撃音と夥しい量の銃弾が飛び交い、バラ撒かれる銃弾と同じ量の薬莢が地面に散らばる。


濃い火薬の匂いと立ち上る硝煙が、辺りを白く包み込んでいった。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。


『The vampire Apocalypse』(ヴァンパイア黙示録)を執筆している天野陽堂です。

遂に書き貯めた分が無くなりました。

今後一話づつ書き上げたらUPしますので、更新に時間が掛かりますが暫しお待ち下さい。


後、この場をお借りして私の拙い小説を読んで頂いている皆様に、心より御礼申し上げます。

今後もどうかお見捨てなきよう、宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ