第十八章1:襲撃
第十八章
『襲撃』
1
夜の帳が降りてから、既に五時間以上経過していた……。
午前0時まで後僅かだ。
あれ程分厚く空を覆っていた雨雲に切れ間が現れ、その合間に天空に輝く星が姿を表し始めていた。
決して湿度が低い訳ではない。
だが蒸し暑いと言うよりは、標高が高い分少し肌寒ささえ感じる程であった。
灯り一つ無く、深い闇が辺りを包み込んでいるのだが、時折目を眩ます様な強いサーチライトの光が、まるで生き物の様に周囲の闇を舐めて行く。
そのサーチライトから身を隠す様に、幾つもの人影が息を潜めじっと蹲っていた。
サーチライトを躱そうと身を捩った人影から、固い金属同士が触れ合う音が響いた。
「音を立てるんじゃない!」
声を圧し殺てはいるが、明らかに強い叱責を含んでいる。
どうやら、周囲に音や声が洩れる事に極端な迄に気を使っている様だ。
「申し訳ありません」
叱責に応える声も、低く圧し殺したものになっていた。
「しかし隊長、やはり『内調』の内通者の情報通りでしたね」
叱責を受けたのとは別の男が、声を潜めて訊ねた。
今日の昼間、トラックの中で右端に座っていた男の声だ。
「お陰で山の中をさ迷わずに済んだな」
隊長と呼ばれた男=権藤は、暗視スコープで前方を注視しながら冗談混じりに応えた。
権藤らゾンビ部隊の一行は、『内調』や防衛省から捜査の手が伸びる前にいち早く市ケ谷を脱出し、高速道路を飛ばして暗くなる前には九度山の麓に到着していた。
その後、光牙が寄越した千方・弾正・阿防が率いるヴァンパイアの本隊と、ファミリア達で組織された陽動部隊との合流を果たし、本来なら先行部隊として九度山から山中に入り道無き道を徒歩で踏破して高野山に潜入する筈であったが、『内調』の内通者からの情報で国道や県道が検問や封鎖されていない事を知り、要らぬ消耗を防ぐ為に急遽作戦を変更して車で高野山の付近まで辿り着いたのだ。
ただし警官や『C・V・U』の捜査官が、国道や県道の所々で身を潜めながら監視している事は事前に知らされていた為に、その都度ヴァンパイアの特殊能力である誘眼で監視している者達に催眠を施し、密かに高野山の目と鼻の先まで車で来たのである。
これにより、佐々木達『C・V・U』や高野山の連中には、催眠に掛かった監視員達から“異常なし”との報告が上がっている筈だ。
そして今、ヴァンパイアやファミリアの部隊と別れ、本来の作戦通り高野山の結界を解くべく高野山の南側に位置する国道371号線から山の中に入り、この金剛峯寺まで徒歩で辿り着いたのである。
最終目的である真の八咫鏡が奥の院に隠されている事も、法力僧達が結界を張る為に金剛峯寺に集まっている事も『内調』の内通者からの情報で既に承知済みだ。
生い茂る樹木の陰に身を潜め、敵の様子を伺いながら作戦開始の時を待っていた。
前方に見える金剛峯寺からは、恐らく結界を張る法力僧達の唱える読教が、権藤達の所まで微かに聴こえてくる。
数ヵ所に設けられたライトにより浮かび上がった金剛峯寺の周囲には、黒い戦闘服を纏い銃器を手にした『C・V・U』の隊員や、高野山の退魔僧の一団が、金剛峯寺の護りを固めているのが見えた。
雨に濡れた土や生い茂る樹木等の、噎せ返る様な濃密な臭気が鼻を突く。
権藤は、アナログとデジタルが一体になったJGSDFのS647Mー01の光を蓄えたスーパールミノバ(強蓄光)で、浮かび上がった腕時計の針が指し示す時刻を再度確認した。
時刻は、二十三時五十九分二十秒を示している。
「良いか、気を引き締めろ。総員突撃準備」
権藤は、圧し殺した声で身を潜め突入の機会を待つ部下に指示を出した。
ゾンビ部隊の隊員達に強い緊張が走る。
「後十秒……、七、六、五……」
権藤のカウントダウンと共に、更に強い緊張を隊員達は全身にみなぎらせた。
「四、三、二、一、ファイア!」
権藤の号令と共に、隊員の一人が手にしたリモコンのスイッチを押す!
その瞬間、大地を揺るがす爆発音を立てて、事前に仕掛けておいた爆弾が一斉に爆発した。
それは、これから始まる熾烈を極めた戦闘開始のゴングとなった。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。