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小角は、浄玄に向かって一直線に飛んだ。


走ったのではない。


跳んだのだ!


小柄で身軽な体格を生かし、宙を舞った。

それと同時に、手に持っていた戦輪を浄玄に向かって投げ放った。


戦輪が、浄玄に向かって宙を走る!


浄玄は、身体を横に振る事で、ひらりと戦輪を横に躱した。


浄玄を斬り裂く筈だった戦輪は、緩い円を描きながら、そのまま浄玄の後方へと飛んで行く……、筈であった。


しかし戦輪は、浄玄の横を通り過ぎた瞬間、突如軌道を変えて浄玄の背後から襲い掛かった。


「ちいぃぃぃぃっ!」


浄玄は、持っていた独鈷杵で背後から迫る戦輪を受けた。


“ギイン!”


鈍い金属音を立て、戦輪が弾かれた!


地面に落ちると思われた戦輪は、引かれる様に宙で方向を変え、そのまま小角の手に戻っていた。


小角は、僅かに浄玄の間合いを外した地点に降り立ち、再び戦輪を持って身構えた。


この一瞬の攻防で小角は、宙に跳んだ瞬間に戦輪を投げ、それが躱された瞬間にもう一方の手に持っていた革紐の先を飛ばす事で、的を外して飛び去る戦輪の握り部分に巻き付け、革紐を引く事で戦輪を器用に操り、浄玄を背後から攻撃したのである。


しかもまた、浄玄が独鈷杵で戦輪を弾き飛ばした瞬間、再び革紐を操って戦輪が地面に落ちる前に絡め取り手元に戻したのだ。


これだけの事をほんの一瞬でやり遂げるとは、この小角と言う男、流石高野山三儀天の一人に名を連ねるだけの事はある。


凄まじい技だ。


だが小角は、直ぐ様攻撃に出なかった。


何処か余裕の表情で、浄玄の顔を見詰めている。


すると小角は、唇の端を吊り上げて“にやり”と笑った。


「ふっ、挨拶代わりと言うところか。小賢しい真似を……」


浄玄も不敵な笑みを浮かべて言った。


「小手調べはこれまでです。次からは本気で行きますぞ!」


小角が、さらりと言い放った。


「師である儂によくぞ申した。次は儂から行くぞ!」


そう叫ぶと同時に、今度は浄玄が地面を蹴った。


一気に小角との間合いが詰まる。


「吩!」


浄玄は、右手に持った独鈷杵を突き出した!


小角が、戦輪でそれを弾く。


小角の注意と視線が上方に逸れた隙を狙って、浄玄がしなる鞭の様な、低い左回し蹴りを放った!


相手の身長が平均的なものあれば、下段への回し蹴りなのだが、小角の身長が低い為に、中段への回し蹴りになっている。


“ビシッ!”


小角が肘を畳んで浄玄の蹴りを受けた。


だが浄玄の蹴りがあまりに強烈だったのか、小角が横へ吹っ飛んだ!


四メートル程飛ばされ、小角は地面に足を擦り付ける様にして止まった。


だが次の瞬間、 小角を蹴り飛ばした浄玄の方が、何故かバランスを崩した。


「ぬおっ!」


浄玄が短く洩らす。


何と、いつの間にか浄玄が軸足にしていた右の足首に、小角の革紐が巻き付いていたのだ。


実は浄玄の放った中段への回し蹴りを右肘で受けた瞬間、小角は、吹っ飛ばされたのではなく、自ら横に跳ぶ事でダメージを減らしたのである。


更には、中段へ蹴りを放つと同時に蹴った脚の角度を変え、連続で頭部への二段蹴りを放とうとする浄玄の目論みを見抜いていたのだ。


しかも跳んだ瞬間に手にしていた革紐を放ち、浄玄が軸足にしていた右の足首を革紐で絡め取っていたのである。


そして着地と同時に革紐を引き、浄玄のバランスを崩したのだ!


更に小角は、バランスを崩す浄玄へと、今一度持っていた戦輪を投げ付けた。


既にバランスを崩され、しかも足首に革紐が巻き付いたままの浄玄に戦輪が迫る!


たがバランスを崩した状態のままで、浄玄は咄嗟に独鈷杵を振るって、飛来する戦輪を弾いた。


弾かれた戦輪が、音を立てての地面に落ちる。


“!”


しかし戦輪に気を取られた一瞬の間に、小角が一気に間合いを詰めていた。


浄玄の足は、未だ革紐に絡め取られたままであり、しかも革紐は小角が居た地点に小角の独鈷杵で地面に深く縫い止められている。


「チイィィィィッ!」


「ぬおぉぉぉぉーっ!」


二人の雄叫びが、樹木に囲まれた周囲に轟いた!


浄玄は、革紐に絡め取られた右足を地面に押し付ける事で何とかバランスを保つと、絶妙のタイミングで独鈷杵を突き出した。


真っ直ぐ突っ込んで来る小角に対し、完全にカウンターとなっている。


身長差はそのままリーチの長さの差となり、小角が如何なる攻撃を繰り出そうと、浄玄の独鈷杵の方が先に届いてしまう。


だが小角の勢いは止まらない。


こう言った僅かな差が、勝負の明暗を分けてしまうのだ。


小角の目前に浄玄の独鈷杵が迫り、独鈷杵の鋭い尖端が小角の顔を貫こうとした瞬間、突如小角の姿が消えた。


突き出された独鈷杵は、小角が居た筈の空気を貫いたのみである。


“!!”


小角は、独鈷杵が突き出される瞬間を見切り、駆け寄った勢いをそのままに上へ跳ぶ事で、浄玄のカウンターを躱したのだ。


次の瞬間、小角が上空から鋭い蹴りを放つ!


だが浄玄は、読んでいたかの様に左腕で頭部を庇い、小角の鋭い蹴りを受けた。


“!?”


一瞬、浄玄の顔が驚愕に歪む!


蹴りを受けた左腕に、何の衝撃も伝わってこなかったからだ。


まるで子供用のゴムボールが当たった様な軽い感触を残し、小角は更に高く舞い上がった。


浄玄の腕を踏み台代わりに高く舞い上がった小角は、懐から取り出した物を、眼下の浄玄へ投げ放った!


“針だ!”


小角は、数本の針を眼下の浄玄目掛け投げ放ったのだ!


「この子猿がぁ!」


そう叫ぶと同時に、浄玄も持っていた独鈷杵を上空の小角へと投げ放った。


空中で針と独鈷杵が交差する。


浄玄は、小角の放った針を僧衣の袖を振るって全て叩き落とした。


だが空中にある小角には、浄玄の投げ放った独鈷杵を躱す術が無い。


小角の目前に、再び独鈷杵の尖端が迫る。


今度ばかりは小角を貫くと思われた独鈷杵は、またしても空を裂き向こう側の樹の幹に突き刺さった?


「何!」


浄玄が目を剥く!


小角は、独鈷杵が自ら身体を突き貫く瞬間、今度はもう一本あった革紐を後ろの樹の太い枝に巻き付け、その場所から更に高く舞い上がる事で独鈷杵を躱したのだ!


舞い上がった小角は、まるで猿の様に革紐を巻き付けた枝の上に軽々と降り立った。


この身体能力、人間を遥かに超えている。


いや、野生の猿でもこの様な真似は出来まい。


だが小角の人間離れした攻撃を、ここまで躱し切るとは、この浄玄も只者ではない。


流石は元高野山三儀天の一人だけの事はある。


更に言えば、流石はこの小角の師と言うべきであろうか。


だが実際には、浄玄は舌を巻いていた。


自分が鍛えた弟子ではあったが、今の小角は、自分が鍛えていた頃の小角とは比べ物にならない。


「小角、よくぞここまで“飛燕”を積み上げた」


浄玄は、枝の上に立つ小角を見上げて言った。


その表情には、弟子の成長を喜ぶ師の温もりが満ちている。


“飛燕”とは、高野山三儀天に伝わる武術の一つで、浄玄やその弟子である小角が得意とする技だ。


革紐と戦輪をまるで生き物の様に器用に操り敵を攻撃するのが特徴だが、その本質は猿や小型の野性動物の如く、素早く身軽な動きにある。


先程小角が、浄玄の腕を踏み台にして高く舞い上がったのも、“飛燕”の技の一つだ。


中国拳法の“軽身功”に似て、身体を木の葉の様に軽くする内功を極めた技である。


まさに小柄な小角にはうってつけの技であった。


「師匠……」


小角が、小さく洩らした。


小角の表情からも、先程までの険しい物が落ちている。


浄玄は、ゆっくりと足首に巻き付いた革紐を外し、 落ちて泥だらけになった戦輪を拾い上げた。


「ほう……。この戦輪、それにこの革紐も、お前が三儀天に就任した際に儂が授けたものであったか……。良く手入れしておる様だな」


浄玄は、戦輪の泥を僧衣の袖で拭いながら、穏やかな眼差しで懐かしむ様に言った。


「お師匠様、もうお止めください! 私と共に座主様の下に赴き、全てを打ち明け許しを請うのです!」


小角は、すがる様に叫んだ。


「許しを請う……か……」


浄玄は、ぼそりと呟いた。


三儀天として吸血鬼との激闘を繰り返す内に、奴等の恐ろしさは嫌と言う程身に染みている。


仲間であった道山も、奴等との闘いで失った。


この先、奴等が真の三種の神器を手に入れれば、間違いなくこの国は奴等が支配する事になる。


それは、高野山や『C・V・U』が幾ら足掻いても、どうにもならない事だ。


それ程までに、奴等の力は強大なのだ。


自分は、命欲しさに恩ある御山を、我が宗派を裏切ったのだ。


しかし……、今の小角の技を見ても、小角達であれば、奴等と互角以上に渡り合う事が出来るかも知れない。


更に今、真の天叢雲剣探索の為に山を降りている円角は、この小角やもう一人の大角すら上回る体術と法力の持ち主だ。


何と言っても、自分達の代の三儀天最強と謳われたあの慈海が、その才を認め手塩に掛けて育て上げた傑作である。


歴代の三儀天の中でも最強と謳われる円角と、吸血鬼を素手で殴り殺す大角、そしてこの小角が居れば、奴等の野望を挫く事も可能ではないのか?


しかも昨夜来訪していたらしい李周礼は、その円角すら上回る現代最強の武人であり最強の仙道士だ。


更に、あの絶滅した筈の獣人の生き残りが存在し、李や『C・V・U』に力を貸していると言う……。


吸血鬼と闘うには、まさに今が好機ではないのか……。


自分は早まった事をしたのか……。


しかし……。


浄玄は、一瞬自らの判断を悔やんだ。


だが今更何を悔やんでももう遅い。


どの様な後悔も自責の念も、全て後の祭りなのだ。


「小角、儂は許しなど請うつもりは無い。儂を捕らえたくば、お前の全てを持って掛かって来るが良い」


浄玄は、きっぱりと言った。


「師匠……」


「だがな小角、ただ飛んだり跳ねたりしておるだけでは、決して儂を捕らえる事は出来ぬぞ。お前が儂の弟子である以上、お前も儂も互いの手の内は知り尽くしておる。そう言った闘いの中では、相手を殺す覚悟の有るか無いかが勝敗を決める。お前が、儂を生きたまま捕らえようなどと手心を加えれば、地面に醜い屍を曝すのはお前の方だ。儂は、お前を殺す事に何の躊躇いも迷いも無い! 死にたくなければ、お前も全力で儂を殺す気で来い!」


「……」


「それに、もう一つだけ言っておいてやる。確かにお前の動きは素早く、そして身も軽く技も切れる。だがな、闘いに於ける至高の境地は、その様に飛んだり跳ねたりせずとも、たった一つの動作から繰り出される一撃により、相手を確実に倒す事だ。儂ではその境地に辿り着く事は出来なかったが、もしもお前が儂に勝って生き残る事が出来たならば、いつかはその様な曲芸ではなく、唯一無二の境地に辿り着くよう“武”を極めるのだ。分かったな」


そう言って浄玄は、小角の戦輪を構え腰を僅かに落とした。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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