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部屋の中は、緊迫した空気に覆われていた。


重々しい空気が、沈殿してぴくりとも動かない……。


そんな重苦しい雰囲気が漂っている。


豪勢な設えの広いリビングで、床には毛足の長いふかふかなペルシャ絨毯が敷かれ、家具も古く趣のあるアンティークばかりで統一されていた。


窓はぴっちりと閉じられ、分厚い遮光カーテンで覆われている。


時刻は、昼の十二時を回ろうとしていた。


だが昼間だと言うのに、外からの明かりが一切射し込まないこの部屋には、今も天井から吊り下がった豪華なシャンデリアの黄色みを帯びた柔らかく穏やかな灯りが、部屋中を隅々まで照らしている。


だが今は、そのシャンデリアの灯りさえ凍らせる様な緊張感が、部屋の中を満たしていた。


広いリビングの中央には、部屋の設えに合わせた味わい深いアンティークな一人掛けのソファが四つ置かれ、四人の男女がそれぞれのソファに座っている。


その内の一人は闇御前だ。


相変わらず漆黒の着物を身に纏い、小柄な身体でゆったりとしたソファに深く座っている。


闇御前の両脇を固める様に、左右のソファにはそれぞれ夜叉姫と“語り部”の果心が座っていた。


夜叉姫は、長い黒髪をアップに結わえ、黒いワンピースを身に纏っている。


見た目には、喪服を纏った貴婦人とでも言うべきであろうか?


黒く統一され、死を連想させる装いでありながらも、妖艶な雰囲気は些かも失われてはいない。


寧ろ、てらてらと血の色に塗らた唇の紅色が際立ち、淫靡さが更に増したかの様にも見える。


一方の果心は、闇御前と同じく漆黒の着物を纏い、顔半分を白く伸びた髭で覆われ、ギロリとした鋭い眼光を覗かせていた。


三人と対峙する様に、中央に座る闇御前の正面には、黒のダブルのスーツに身を包んだ光牙が脚を組んで座っている。


光牙は、三人の鋭い視線を受け流すかの様に、いつもの涼しい笑みを口許に浮かべていた。


この四人の他には、黒の詰襟を着込んだ十兵衛が闇御前の背後に立ち、少し離れた場所には、四人の屈強そうな男達が四人とも仕立ての良い黒いタブルのスーツに身を包みアンティークな木製のテーブルを囲む様に座っている。


四人の内の二人は、先日執り行われた“謁見の儀”で夜叉姫の後ろに控えていた藤原千方と松永弾正だ。


後の二人も、“謁見の儀”に於いて果心の隣に並び座っていた男達だが、名前までは分からない。


他には、部屋の出入口の左右に二人と、部屋の四隅にそれぞれ一人づつの計六人の男達が、皆黒のシングルススーツを身に纏い、両手を後ろ手に組み緊張した面持ちで立っていた。


まるでSPそのものである。


そして此処に居る全員が、皆一様に青白い顔をしていた。


つまりは、この部屋に居る全員がヴァンパイアと言う事だ。


その日に焼けていない青白い顔に緊張の色を称え、闇御前と光牙を注視していた。


闇御前は、光牙を厳しい表情で見詰めている。


どうやら光牙は、闇御前達三人に詰問されている様だ。


「先程、『内調』の久保と首相の梶浦から連絡がありました。どうやら先走った真似をしてくれた様ですねぇ」


闇御前は、実の息子に対する言葉とは思えぬ程、冷ややかな口調で言った。


口調だけではなく、態度まで何処かよそよそしさを感じる。


「申し訳ありません」


光牙は、ただ一言謝罪の言葉を述べた。


だが謝罪の言葉に反して、あまり反省の色は見られない。


「昨夜私が、首相の梶浦と法務大臣の大八木と会う事になっていたのは、貴方も知っていた筈ですね。なのに貴方のお陰で私の面目は丸潰れです。まあ面目などはどうでも良い事ですが、これでは私が根回しした意味が無くなってしまったではありませんか。何故その様な先走った真似をしたのですか?」


闇御前が訊ねた。


「先走った真似などとは心外です。結果としては、私の部下が不甲斐ないため作戦は失敗しましたが、相手は曲がりなりにも高野山です。それに奴等が強力な結界を張ったのは御前もご存知の筈。あれがあっては、我々は手の打ちようがない以上、事前の下準備はしておいて然りと思いますが」


光牙はさらりと言った。


「無論下準備は必要です。ですがその下準備をする前に、綿密な計画と根回しが必要な事くらい貴方にも分かるでしょう。未だ残る真の天叢雲剣の在処も分からぬ以上、高野山を攻めるにしても我々の存在が公になる事だけは避けなければなりません。その為には、マスコミや警察を抑え、世論を誘導する為の根回しは確実にしておかねばなりません。その為に小飼の政治家を政府要職に就け、今まで奴等に餌を与え飼い慣らして来たのですよ」


「それは十分承知しております」


「よいですか、政治家と言う人種を侮ってはいけません。今は我々に従順になる事が、奴等の利益や保身に繋がる為大人しく従っていますが、自分達の身が危うくなれば、いつでも手のひらを反す連中です。もしも奴等が我々を裏切り、人間の敵として『内調』や『C・V・U』だけでなく、自衛隊や警察まで総動員すれば、幾ら夜の眷族たる我々でもひとたまりもありません。昨夜の失敗は、今後の高野山攻めを難しくしただけではなく、我々の存在自体を危険に晒す行為なのですよ」


闇御前が険しい表情で言った。


「そんな事は、十分承知しております。ですが、その様な弱腰が、人間共を増長させて来た原因だとはお考えになりませんか?」


光牙は、さらりと言って退けた。


「光牙、何て事を!」


夜叉姫が、目の端を吊り上げて怒気を顕に叫んだ。


「良いのです。控えていなさい」


闇御前が、夜叉姫を制した。


「光牙、お前はまだ分かっていない様ですね。確かに我々は、人間と比べ強い肉体と永き寿命を持っています。しかも古の昔より人間は我々を恐れ、我々もこの国の闇を支配して来ました。しかし人間は、我々の家畜ではありません。人間は、共存すべき他者なのです。今回我々が真の三種の神器を揃える目的も、真の三種の神器の能力によりこの国を一つに纏め上げ、武力や国力を高める事で迫り来る脅威からこの国を護る為なのですよ。決して我々夜の眷族による支配が目的ではありません。真の三種の神器を手に入れる為に、高野山や『内調』・『C・V・U』と事を構えるのは致し方ありませんが、政府や他の人間と敵対するのは決して本意ではありません。この事は何度も言って聞かせた筈ですよ」


闇御前は、我が子を諭す様に言った。


「はい……」


光牙が答える。


「それで光牙、この始末はどう着けるつもりかえ?」


再び夜叉姫が口を開いた。


「今夜中にも高野山を襲撃し、真の八咫鏡を手に入れます」


「今夜中にですと!」


これには果心が驚きの声を上げた。


また離れた場所に座っている千方達からは、“オオッ”と歓声が上がる。


だが闇御前は、皺の様な目をギロリと剥いた。


「その様な命令を下した覚えはありませんよ。当初の計画では、高野山を襲撃するのはまだ先の筈です。貴方、それ程までに何を急いでいるのですか?」


闇御前が、不信感を顕にして訊ねる。


「別に何か他意あって急いでいるのではありません。寧ろ事を急ぐ様に仰ったのは御前ではありませんか? その為に、時期を待たずして姉上達を眠りから目覚めさせたのでありましょう。私は御前のご意志に従っているだけです」


光牙はぬけぬけて言った。


「確かに事を急ぐ様に言ったのは私です。人間と共存を唱えながらも、久しぶりの戦に心沸き立つものを感じているのもまた確かな事です。ですが、これはあまりにも性急過ぎます。現に、襲撃を行う手筈は整っているのですか?」


「はい。昨夜の失敗により一部変更を余儀無くされましたが、襲撃の手筈、人選は既に済んでおります」


そう言って光牙は、先程藤巻から渡された資料を闇御前に手渡した。


闇御前は、資料を受け取ると厳しい表情で資料を捲った。


資料を読む内に、更に闇御前の表情に厳しさが増す。


「どうされました?」


隣に座る果心が、怪訝な表情で訊ねた。


「この人選はどう言う事ですか?」


闇御前が、資料を握り締め険しい表情で光牙に訊ねた。


「どうもこうも、高野山襲撃に最適の人選だと思いますが」


光牙は、しれっと答えた。


「千方に弾正、それに阿防と、皆私や果心、それに夜叉姫の重臣ばかりではありませんか? お前の小飼の部下達はどうしたのですか?」


闇御前は、少し声を荒げて言った。


それと同時に、自分達の名を呼ばれ、千方達から“オオッ!” と再び歓声が上がる。


「これは光牙殿も良い人選をなさる!」


「久々の戦じゃ! 血が滾るわい!」


別のテーブルに着いていた千方や弾正が嬉々として声を上げた。


ただ残る二人は、黙したまま光牙をじっと睨んでいた。


「阿防殿も、久しぶりにひと暴れ出来て宜しゅう御座ったなあ」


千方が、向かい側に座る剃髪で強面の男に声を掛けた。


どうやらこの男が“阿防”らしい。


「……」


阿防は、以前黙ったまま光牙を睨み付けていた。


もう一人の名前を呼ばれなかった男も、光牙の顔をじっと見詰めている。


「私の部下達も、そこにある通り参加させますよ。ただ此度の高野山襲撃は、是非とも成功させなければなりません。それには、千方殿や弾正殿、それに阿防殿の御力が何より必要なだけです。それと陸自のゾンビ部隊にも襲撃に加わる様既に命令を下してありますので、戦力としては十分かと……」


光牙は、顔色一つ変える事無く、涼しい表情のまま答えた。


だが実際は、持てる能力を振り絞り、思考の全てに結界を張り巡らせていたのだ。


闇御前と果心の“読心術”、つまりリーディング能力によって本心を読まれない為である。


目に写る事象とは別に、光牙は闇御前や果心と精神的な攻防を繰り返していたのだ。


最も光牙は、心や思考を読まれない様に結界と言う壁を張り巡らせるだけでなく、光牙の放つ言葉が本心であるかの様に自分自身を信じ込ませ、偽りの思考を闇御前や果心に読ませるよう計っていたのである。


闇御前の皺の様な目が、光牙の思考を読み取ろうと鋭い光を放った。


「御前……。いや父上、私に他意はありません。御前もご承知の通り、私の部下は阿防殿や千方殿、弾正殿の部下に比べれば皆まだ若く、能力に於いても劣る者ばかりです。しかも屍鬼ばかりでは、高野山の法力僧の張る結界を破る事は叶いません。ここは是非とも、阿防殿達の御力をお借りする他無いのです」


殊勝な態度で、光牙は阿防達に目を遣り言った。


「果心、夜叉姫、貴方達はどうします?」


闇御前は、果心と夜叉姫の双方を見遣り訊ねた。


「父上、此度の高野攻めは是非とも成功させねばなりませぬ。さすれば、ここは阿防や千方達に行って貰う他無いでしょう。阿防、千方、お前達もそれで良いな?」


夜叉姫は、闇御前にそう答えると共に、阿防と千方に視線を送る。


阿防と千方が、黙ったまま頷いた。


「私も、この状況では一刻も早く高野山を攻め落とし、真の八咫鏡を手中に納める事が何よりも肝要と思われます。政治家共には、真の八咫鏡を手に入れた後で事後処理をするよう、また御前様にご尽力頂く他ありませぬが、奴等も真の三種の神器の事を知ってしまった以上、我らの手元に真の八尺瓊勾玉と八咫鏡の二つが在る事が、逆に我らの強みにもなりましょう」


果心が言った。


「分かりました。では光牙、お前に阿防達の兵力を貸し与えましょう。ですがこれだけは言っておきます。これ以上の失態は、幾ら我が子なれど許しません。必ずや真の八咫鏡を手に入れ、我らの宿敵たる高野山を討ち滅ぼしなさい。分かりましたね」


闇御前は、禍々しいまでの妖気を立ち上らせ、厳しい表情で念を押した。


「分かりました。必ずや真の八咫鏡と高野山の座主の首、御前の前にお持ち致します」

そう言って光牙は頭を下げた。


「それともう一つ……。今回だけは許しますが、これ以上勝手な真似は許しませんよ」


闇御前は、頭を下げる光牙に更に強く念を押した。


「はい……」


光牙は、再び頭を下げて答えた。


「では、高野攻めの準備を急がねばなりませんので、これにて失礼致します」


そう言って光牙は立ち上がった。


そして阿防達に目を遣り、


「千方殿、弾正殿、それに阿防殿も、それぞれ御自分の部下達を纏め、高野攻めの準備をお願いします。全部隊が揃い次第出発しますので、急いでお願いしますよ」


そう言い残して、光牙は部屋を後にした。


「では我々も、高野攻めの準備がありますので、これにて失礼致します」


阿防と千方、弾正の三人はそう言って立ち上がると、闇御前達に深々と頭を下げてその場を後にした。


部屋には、闇御前と果心、それに夜叉姫の三人と、護衛役をしていた十兵衛他六人の部下が残された。


十兵衛は、一言も発っさぬまま厳しい表情で闇御前の背後に立っている。


「果心、光牙の動向をそれとなく探りなさい」


闇御前は、敢えて果心に視線を向ける事無く、ぼそりと小声で告げた。


「父上!」


それを耳にした夜叉姫が、思わず声を上げる。


「黙っていなさい。先程光牙の心を読もうとしましたが、奴は心に結界を張って本心を読ませませんでした。今は奴の本心を知らねばなりません」


闇御前は、重い口調で言った。


「父上……」


夜叉姫は、細い声で一言洩らした。


「才蔵、聞いていましたね」


闇御前は、阿防達が去ったテーブルに一人残った男に声を掛けた。


才蔵と呼ばれた男は、その場で立ち上がった。


背の低い痩せた体躯の男で、見た目だけで言えば、四十は当に過ぎた中年の男だ。


長い髪を後ろで一つに束ね、痩けた頬に眼球だけが異様に大きい。


才蔵は、隙の無い視線を闇御前へ向けた。


「才蔵、今後光牙の動向を密かに探りなさい。分かりましたね」


闇御前が才蔵に命じた。


「畏まりました」


才蔵が低い頭を下げる。


「あと、どうやら何者かが我々の動きを探っておる様じゃ。其奴も密かに始末しておきなさい」


更に果心が、才蔵に命じた。


「心得ております……。申めにもそう伝えておきましょう」


才蔵は、そう答えるとその場から忽然と姿を消した。


立ち去ったのではなく、消えたのだ。


何の前触れも無く、一人の男が、その場から姿を消したのである。


最早魔法としか思えなかった。


「流石は霧の才蔵……。見事なまでの穏形の術よ」


果心が感嘆して言った。


「我らにも分からぬ様に姿を消すとは、やはり恐るべき能力よな……」


闇御前も果心に同調した。


ただ十兵衛だけは、黙したまま視線だけで才蔵の跡を追っていた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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