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第十六章1:策動

    第十六章

    『策動』

      1

長い間降り続いていた雨は、一時的に止みはしたが、相変わらず鈍よりと鉛色をした雲が、空を一面を覆っていた。


この天候のせいで湿度が高く、じっとしていても汗ばんでくる。


先程まで雨が降っていたにも関わらず、気温そのものは、あまり下がっていない様だ。


街を行く人々は、皆蒸し暑そうに汗を拭い、手にしたハンカチを団扇代わりにパタパタと顔を扇いでいる。


そんな街の様子を、光牙は涼しい車内の後部席から、濃いスモークの張られた窓越しに眺めていた。


艶やかで柔らかな革を使用した高級なソファーが備え付けられた車内は、まるで高級ホテルのリビングを思わせる。


今光牙は、新宿の街を『帝都ビル』へと向かっていた。


全長約8.7mに及ぶ白いハマーH2のリムジンが、他の車を押し退けて疾走する様はまるで小魚を蹴散らす白鯨の様だ。


太いタイヤが、濡れた路面をゴリゴリと踏み締めて行く。


運転席と間仕切りで仕切られた広い後部席で、光牙は細身のシャンパンフルートに注がれた液体を口に運んでいた。


微かに褐色がかったピンク色の液体には、無数の微細な泡が弾けている。


ヴーヴ・クリコのクリュッグ・ロゼだ。


繊細でいちごや花の様な香りに、辛口でありながら滑らかで絹の様な口当たりの官能的な味わいが、口一杯に広がり緩やかに鼻孔を抜けて行く。


光牙は、優雅な仕草で更に一口飲んだ。


優雅な振る舞いが妙に様になっている。


そんな光牙の隣には、神経質そうな顔の藤巻が座っていた。


硬質な細身のシルバーフレームの眼鏡が、この男の神経質な雰囲気を更に助長している。


藤巻は、この後の行動を考えて、シャンパンではなくトニックウォーターのペリエをシャンパンフルートに注ぎ飲んでいた。


藤巻は、手にしていたグラスを、後部席の中央に備え付けられた大理石のテーブルの端のカップホルダーに、ゆっくりと置いた。


「こちらが、高野攻めの人員名簿と作戦の概要を記した書類です」


藤巻は、脇に置かれた書類用のバッグから、資料を取り出し光牙に差し出した。


「流石に仕事が早いですね」


そう言って、光牙は資料を受け取った。


光牙もグラスを置き、資料に目を通す。


資料に目を通して行く内に、光牙の表情が険しいものに変わった。


「藤巻、この人選は何ですか? これでは斎賀や強化人間の存在が、御前や他の者に知れてしまうではありませんか?」


光牙が、怪訝な表情を浮かべて訊ねた。


「はい。最初は光牙様がお考えになられた通り、強化人間と光牙様小飼の屍鬼にしようと考えたのですが、急遽変更致しました」


藤巻は冷静に答えた。


「どう言う事ですか?」


更に光牙が訊ねる。


光牙は、この藤巻が考えた人選に不満が有る様だ。


「南部達のミスのお陰で、当初の計画だった強化人間の部隊のみでの攻撃では、こちらの戦力不足は否めません」


「そんな事は分かっています。だから貴方に屍鬼達も参加させるよう、屍鬼達の人選をお願いしたのですから」


「はい。それでこの際、今後光牙様の障害となる芽を早めに摘んでおこうと思いまして……」


「障害となる芽を摘む……?」


「そうです。南部の失敗で『C・V・U』まで乗り出してくる事になった以上、奴等も必死で抵抗してくる筈です。そうなれば、こちら側にもかなりの被害が出る事は確実でしょう。しかし今回の高野攻めで光牙様の大切な戦力を減らしては、今後の計画にも大きな支障をきたす恐れがあります。ならばいっその事、御前様や夜叉姫様の小飼の戦力を投入する事で、高野山や『C・V・U』の奴等と相討ちになって貰うのです。そうすれば、光牙様直属の戦力を温存したまま、同時に今後支障となる者達の数を減らす事が出来ます」


藤巻は、神経質そうな顔に悪意の籠った老獪な笑みを浮かべた。


「ククク……なるほど。我々の戦力は温存したままで、真の八咫鏡を手に入れ、且つ高野山を潰し、更に『C・V・U』の戦力を削いだ上で、今後の障害となる御前や姉上の煩い小飼の部下達を減らしておこうと言う腹なのですね」


「はい、その通りです」


「これだけの戦力なら、真の八咫鏡を手に入れる事も、高野山を潰す事も容易いでしょう。それでもしも生き残る者がいた場合、強化人間や斎賀に始末をさせると……」


「はい……」


「しかし他の者はともかく、弾正と千方、そして阿坊の三名はちと面倒ですね。特に阿坊は、曲がりなりにも正真正銘の『貴族』ですからねえ……」


「……」


藤巻は、押し黙ったまま頷いた。


「まあ良いでしょう。ではこの計画をより確実にする為にも、このリストにある者達とは別に、信用出来る者を何人か密かに送り込み、向こうで斎賀と合流させましょう。あの男には、今回の失敗を償わせる意味でもせいぜい高野攻めに張り切って貰うつもりでしたが、奴には同朋の始末をお願いするとしましょうか」


「はい……。その方が、あの男にお似合いかと……」


「あの男も因果な星のもとに生まれたものですねえ」


光牙は、残酷な笑みを浮かべた。


「まったくです」


同じく藤巻も、陰湿な笑みを浮かべた。


「ですが、御前や姉上を説得するには骨が折れそうですねえ」


残酷な笑みを元に戻し、光牙は辟易した表情で言った。


「申し訳ありません。こればかりは光牙様にお願いするしかありませんので……」


藤巻が頭を下げる。


「いえ構いませんよ。ただ最近、御前も私に対し何か感じている様なので、少し面倒に感じているだけです」


「……」


「とにかく今は時間が有りません。御前や姉上には必ず承諾させるので、貴方は部隊を送り込む準備と手配を急いで下さい」


「はい。分かりました」


藤巻がそう返事した時、後部席に備え付けられた受話器が音を立てた。


光牙が受話器を取る。


『光牙様、間も無く到着致します』


電話は、運転手からであった。


車内は、完全な防音で運転席側と後部席側に隔てられている為、運転席側とのやり取りは、全て内線の電話にて行われるのだ。


光牙は、目前に聳える『帝都ビル』の建物を、下卑た笑みを浮かべ見上げた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

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